サイゾースタッフ
チーフエディター/佐藤彰純
エディター/平野遊
エディター/山田裕子
エディター/北村千晶
デザイナー/cyzo design
Webデザイナー/石丸雅己※
広告ディレクター/甲州一隆
ライター(五十音順)
竹辻倫子※/田幸和歌子※
長野辰次※/平松優子※
プロデューサー/川原崎晋裕
パブリッシャー/揖斐憲
※=外部スタッフ
新旧グラビアアイドル対談 青木裕子×仲村みう(後編)

前編はこちらから。
──話は変わりますが、グラビアをやっていて街でヘンなファンに声を掛けられたことは?
【青】 意外かもしれませんが、そういう経験ってほとんどないんですよ。
【仲】 え、ホントですか? 私はグラビアのイメージが強いからか、変なことを求められるんです。握手していると「思いっきりツメを立ててください」、ツーショット写真を撮るときに「すごく怒ってください」ってお願いされたり(苦笑)。一応、良識の範囲内でこたえるようにしていますが、さすがに「蹴ってください」って言われたときは、お断りしました(笑)。
──じゃあ、グラビア撮影中に、カメラマンから言い寄られたことはあります?
【青・仲】 ないです、ないです!
【青】 あ、今だから言えますけど、嫌だった撮影はありますよ、11月の日本海で撮影をしていたときなんですが、貝殻だらけの海岸なのに、カメラマンが「そこに座って」って言うんです。おかげで、足が血まみれになっちゃって......。しかも、用意された水着が小さくて、それをスタイリストさんに言ったら「フリーサイズだから大丈夫」だって。センスがいいとは言えない魚柄だったし、ホントに最悪でしたよ。
【仲】 私は初日の出をバックにグラビアを撮るっていう企画で、初雪が降るなか漁船に乗りました(涙)。すっごい寒くて、今までで一番大変でしたね。
──反対に事務所に内緒にしていたことって何かありますか?
【青】 う~ん、彼氏と一緒に住んでいたことかな(笑)。
──マジですか!!
【青】 「フライデー」にツーショットを撮られたこともありますよ。相手は一般の方で、デビュー前から付き合っていたんです。記事のほうは事務所がなんとかしてくれたみたいで、恋人ではなく"親しい友人"になっていましたけど(笑)。
──さすがですね(苦笑)。大ブレイク中のその頃は、彼氏とかなり収入の格差があったんじゃないですか?
【青】 いやいや、とんでもない。全然、彼氏のほうが多かったですよ。私は当時、月給制で大体10万円くらいかな。あとは衣装代が5万円くらい出て、ボーナスがちょびっと。家にいることが少なかったので、それでもちゃんと生活できていましたね。
──それは世知辛いですね。最近は、芸能人やアイドルの方がヌードやAVに挑戦することも増えました。そのことについては、どう思われますか?
【仲】 それなりの年齢になって、ヌードのオファーが来たら本気で悩むと思います。別にハダカになって何が悪いんだって思っているので。でも、いざ現実的に考えると、ウチの親の顔が浮かぶんですよね。
【青】 それ、すごくわかる。私がグラビアを始めたときも、そう思っていたもん。AVに出る芸能人が増えたことに関しては、人それぞれだと思いますよ。ただ、私は絶対にお断りします。
──では、最後に今後の展望をお願いします。
【青】 私は音楽を中心に活動していきたいですね。復活グラビアですか? 同年代のほしのあきさんを見ているとスゴいって思いますけど、私はカラダの老化がひどくてもうムリですよ(笑)。
【仲】 私はグラビアが好きなので、周りから「もう見たくない」って言われるまで続けていきます!
(構成・高篠友一/「サイゾー」10月号より)
青木裕子(あおき・ゆうこ)
1977年2月5日、山形県生まれ。95年にグラビアデビューし、翌年フジテレビビジュアルクイーンに選出。グラビア活動の傍ら、テレビ、CM、Vシネマなどに出演。00年7月にグラビアを卒業し、02年よりミュージシャンとして活動を再開、ファーストアルバム『Blue』をリリース。
仲村みう(なかむら・みう)
1991年3月14日、岩手県生まれ。05年にデビューし、お菓子系アイドルとして人気を獲得。06年、「ミスヤングマガジン」に選出され、一気にブレイク。9月27日にはエコロジーをテーマにしたドラマ「精霊少女隊」(BS-i)に出演。ブログはhttp://ameblo.jp/nakamura-miu/
青木裕子、唯一の映像作品。
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