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 >  >   > ハチは”失われた少年時代”のアイコン  ハリウッド版『HACHI』に涙腺崩壊!
深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.26

ハチは”失われた少年時代”のアイコン  ハリウッド版『HACHI』に涙腺崩壊!

hachi1.jpgオリジナル版を遥かに上回る感動作となった『HACHI 約束の犬』。
飼い主のパーカーを待つという行為は、ハチにとって最大の愛情表現な
のだ。秋田犬のストイックな表情を愛犬家のリチャード・ギアは「まる
で禅僧のよう」と語っている。(C)Hachiko,LLC

 87年の大ヒット映画『ハチ公物語』が米国版『HACHI 約束の犬』となり、逆輸入公開される。動物もの、人気作のリメイクと知っていぶかしむ人もいるだろう。確かに”犬の十戒”ブームに乗じて製作された『犬と私の10の約束』(08)は”犬の十戒”を守れない人間の身勝手さが目に余る、犬にとっては悲惨な映画だった。しかし、本作は犬好きな少年の成長を描いた感動作『マイライフ・アズ・ア・ドッグ』(85)で人気を博したラッセ・ハルストレム監督によって、犬と人間との根源的なパートナーシップについて掘り下げた、”ひとりの人を想い続ける”幸福な犬の物語となっている。

 本作を企画したのは日系プロデューサーのヴィッキー・シゲクニ・ウォン。20年前に来日した際に渋谷のハチ公像のエピソードを知り、帰国後にはハチコーと名付けた日本犬を飼い始めた愛犬家。16年間飼っていたハチコーが亡くなり、そこで本家ハチ公の映画化を思い立ったそうだ。オリジナル作で仲代達矢が演じた教授役に選ばれたのは、やはり愛犬家でシェパード犬っぽい雰囲気を持つリチャード・ギア。7月の来日会見では「脚本を読んで涙がボロボロ流れ、体調が悪いんだろうと翌日読み直したら、また泣けてきた。友人に『こんな企画が来たんだ』とストーリーを説明しているうちに、また泣いてしまったんだ」とにこやかに語っていた。人見知りの激しいとされる秋田犬とうまく共演できたこともご機嫌の理由らしい。リチャード・ギアのお尻に尻尾が生えていたら、きっとグルグル回っていたことだろう。『サイダーハウス・ルール』(99)、『ショコラ』(00)などの秀作を撮り続けている愛犬家のハルストレム監督には、ギアからオファーしたそうだ。製作、監督、キャスト、とここまで愛犬家ぞろいの作品も珍しい。

hachi2.jpg『プリティ・ウーマン』(90)でジュリア・
ロバーツの引き立て役を見事に演じたリチャード・
ギア。今回もハチの引き立て役に徹している。
それでこそ、プロの役者である

『HACHI』の舞台は米国東海岸の地方都市。大学で音楽を教えるパーカーは駅で迷子の子犬を拾い、首輪に付いたプレートの「八」という数字から「ハチ」と名付ける。最初は犬を飼うことに反対していた妻のケイトだが、ハチと戯れるパーカーの無邪気な笑顔についつい許してしまう。賢いハチがパーカーを駅まで送り迎えする幸福な日々が始まるが、パーカーがボール拾いを教えようとしてもハチは芸事を覚えようとしない。秋田犬はプライドが高く、人間に媚びるようなことは一切しない種族なのだ。ところがある朝、ハチはパーカーの前でボール拾いを始めた。そんなハチをパーカーは「帰ってから、また遊ぼう」と押し止めて、出掛けてしまう。

 スウェーデン出身のハルストレム監督のあざとくない演出が心地よい。また、劇中でパーカーと妻ケイトとの出会いについては描かれていないが、多分パーカーは若い頃は作曲家かアーティスト志望だったのではないかと思われる。だが、ケイトと出会い、娘のアンディが生まれ、パーカーは音楽家として自由に生きる道ではなく、大学の講師という安定した選択肢を選んだのだろう。ニューヨーク・ヤンキースの大ファンで、芝生でハチと抱き合ってゴロゴロ転がるパーカーは”かつて少年だった男”そのものだ。パーカーはハチと遊ぶときだけ少年時代に戻る。野原を駆け回り、日が暮れるまで遊び、お腹をすかせ、すぐ立ちションしてしまう。少年と犬は、似た者同士の親友なのだ。

 愛犬家の映画監督として日本代表に挙げたいのが、この秋に実写リメイクされる『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦』(02)の原恵一監督。『クレヨンしんちゃん』シリーズでおなじみ野原家の愛犬シロだけでなく、『河童のクゥと夏休み』(07)では犬のオッサンが大活躍する。また、原監督のブレイク作『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』(01)では”匂い”が重要なモチーフとなっているが、このストーリーは犬の鋭い嗅覚をヒントに思い付いたそうだ。「仕事を終えて家に帰ると、犬がボクを待っててくれるのがうれしいんです」と原監督は語る。そんな話をするときの原監督は、少年のような笑顔を浮かべる。

 実在した渋谷のハチ(1923~1935)についても触れてみよう。現在の東急文化村あたりにあった農学博士・上野英三郎教授宅から、ハチは道玄坂を昇り降りして渋谷駅に上野教授を迎えに通っていたそうだ。上野教授が亡くなった後も10年間駅に通い続けた理由を、「駅前に焼き鳥屋があったから」とする説はハチが銅像になった1934年当時からあったものの、その頃の日本は軍国主義に傾いており、社会の風潮が”忠犬”という美談一色に塗り潰してしまった。一方、生前のハチを幼い頃に見ている林正春氏が91年に自費出版した労作『ハチ公文献集』には”焼き鳥説”だけでなく、小さい頃は病弱だったハチを上野教授は我が子のように可愛がったことから、子どもが親と過ごした思い出の場所を懐かしむようにハチは自然と駅に向かったとする”上野教授&ハチ=親子説”なども併せて紹介している。

 結局のところ、ハチがなぜ駅に通ったのかは、ハチ本人に聞いてみないとわからない。そしてハチは仮に生きていたとしても人間の言葉でその質問に答えることはない。でも、ハチ、そして犬(猫もそうだが)たちは人間の言葉をしゃべらないからこそ、人間と仲良しなのだ。人間のように嘘をついたり、思ってもいないおべっかを使うことなく、見栄を張ることもない。多分、人間と犬とが1万年以上にもわたってパートナーシップを築くことができているのは、そのためだろう。

 犬と少年は似た者同士だ。でも犬と違って、少年はいつか大人になる。体の変化だけでなく、内面も変わってしまう。しかし、犬のハチは変わらない。ロボットではないので、毛並みが汚れ耳は垂れてしまうが、ハチはいつまでもハチのままだ。指切りげんまんして「また、明日も一緒に遊ぼうね」と約束した少年時代のいちばんの親友のままなのだ。

 雨の日も風の日も、ひたすらパーカーを待ち続ける劇中のハチを観ていると、涙腺が壊れたかのような状態に陥る。しかし、自分はその涙は美しいものではないことを知っている。いつの間にか大人になった自分は、ハチのようにひとりの人を疑いの気持ちを持たずに待ち続けることも、『走れメロス』のメロスのように心臓が破れるまで走り続けることもできないことを知っている。そして、「約束は破るためにあるのさ」とうそぶく自分がいることも知っている。流れる落ちる涙は、そんな汚れ切った自分を少しでも浄化するために起きている生理現象に過ぎないことも知っている。

 渋谷のハチ公像前では、今日もたくさんの人たちが約束の相手が現われるのを待っている。その中の何人が会うことができ、何人が会うことができないまま別れていくのだろうか。ハチはただ黙って見守っているだけだ。
(文=長野辰次)

hachi3.jpg
『HACHI 約束の犬』
監督/ラッセ・ハルストレム 出演/リチャード・ギア、ジョーン・アレン、ケイリー=ヒロユキ・タガワ、サラ・ローマー、ジョイソン・アレクサンダー、エリック・アヴェリ、ダヴェニア・アクファデン、ロビー・コリアー=サブレット 配給/松竹 8月8日(土)より丸の内ピカデリーほか全国ロードショー公開

マイライフ・アズ・ア・ドッグ

ライカ犬→ハチ公という。。

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