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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.35

“負け組人生”から抜け出したい!! 藤原竜也主演『カイジ 人生逆転ゲーム』

kaiji_top.jpgどっぷり”負け犬生活”に浸かっていたカイジ(藤原竜也)は
借金をチャラにして余りある大勝負「Eカード」に挑む。
Eカードとは、失うものは何もない奴隷だけが皇帝に唯一勝てる
という”革命”を示唆したカードゲームだ。
(c) 福本伸行・講談社/2009「カイジ」製作委員会

 ざわざわざわ。福本伸行原作のベストセラーコミック『カイジ』(講談社)が藤原竜也主演で実写映画化された。自堕落なフリーターだった青年カイジが命を張ったギャンブルによって眠っていた生命力、洞察力、判断力、勝負度胸を覚醒させていくサバイバルストーリーだ。原作コミックはシリーズ累計1300万部を越え、現代の若者たちにとって一種のバイブルとなっている。今回の実写映画『カイジ 人生逆転ゲーム』は、第1シリーズ『賭博黙示録カイジ』全13巻を中心にしたもの。裏切り上等! の「限定ジャンケン」、負け=死を意味する「電流鉄骨渡り」、蛇と蛇が騙し合う究極の心理戦「Eカード」の3大勝負にカイジは”負け犬”返上のために挑む。どの勝負も『カイジ』オリジナルゲームなので、麻雀や競馬のように専門知識がなくても即理解できるところがナイスだ。

 松山ケンイチ主演で映画化された『カムイ外伝』の正伝である白土三平の時代コミック『カムイ伝』は”史的唯物論”を分かりやすく紐解き、楳図かずおのSFホラー『漂流教室』は子どもたちの中で”国家”が自然形成されていく過程を描き、手塚治虫のライフワークだった『火の鳥/未来編』では種の進化と絶滅が箱庭的世界の中で繰り広げられた。いずれの作品も当時の読者たちの”人生の哲学書”となった名作コミックだ。『カイジ』のファーストギャンブルである「限定ジャンケン」のエピソードも、船の中という限られた空間の中でひと晩のうちに株式相場が成立していく様をドラスティックに原作では描いている。現代社会はイデオロギーや哲学では生きていけない、経済至上主義の世の中であることをヒリヒリと実感させる。

 現代の若者たちにとって、『カイジ』は名言の宝庫だ。「限定ジャンケン」をはじめ、数々のギャンブルを主宰する帝愛グループの幹部・利根川(香川照之)がダメ人間たちに向かって、次々と痺れるような名ゼリフを吐く。「世間はお前たちの母親ではない」「大人は質問に答えない」「金は命より重いのだ」等など。教科書には載っていない社会の真理、学校の先生が教えてくれなかった金言が並ぶ。生まれて初めて実のある言葉に触れた負け組の若者たちは、利根川のセリフに感極まって泣き出すほどだ。

kaiji02.jpg「限定ジャンケン」を主宰する帝愛グループの
幹部・利根川(香川照之)。「勝ちもせず、
生きていくことこそ論外!」など素敵な名ゼリ
フの数々をカイジたちに投げ掛ける。”地獄の
説教師”と呼ばせてください。

 映画『カイジ』は上映時間2時間9分の中に『賭博黙示録カイジ』全13巻+第2シリーズ『賭博破戒録カイジ』での地下帝国のエピソードもギュウギュウに詰め込んでいる。そのため駆け引きの面白さをフィーチャーしたギャンブル映画というよりは、ダメ人間の代表・カイジが利根川という”劇薬”と出会うことで刺激を受け、底なし沼のようなダメダメ人生から脱出するサクセス談としてまとめられている。カイジにとって真逆の人間である利根川は宿敵であると同時に、得難い恩師でもあるのだ。

 高層ビルの谷間を渡る「電流鉄骨渡り」は、原作コミックはいい意味でリアリティーのない絵柄のため、”ダメ人間がダメ人間のままでいると、社会の闇に呑み込まれちゃうよ”という有り難い教えを象徴したものになっていたが、カイジ同様に負け犬人生からの脱却を願った石田(光石研)、佐原(松山ケンイチ)たちが高層ビルから次々と墜落死していくシーンが実写化されると正直かなりグロい。その代わり、実写化されたことで『賭博破戒録カイジ』で描かれる地下帝国建設の強制収容施設のシーンは説得力が増したように思う。カイジに「頑張った自分へのご褒美だよ」と猫なで声で缶ビールを勧める班長の大槻を演じた松尾スズキが好演。炭坑に近い荒々しい気性の北九州市で文化系人間として育ったからか、松尾スズキはこーゆーイヤ味な演技をやると抜群にうまい。

 また、地下帝国での大槻の振る舞いを観ていると、良識ある大人が口にしない社会の真実に再び気付かせられる。ダメ人間は自分よりもダメダメな人間から金を搾り取って生きているということを。自分で考えることを面倒臭がるダメダメな人間たちからお金を剥ぎ取ることが一番楽な稼ぎ方であるということを。実際に新興宗教の教祖たちは、ビンボーな人、不幸な人たちのトラウマにつけ込んでなけなしの金をせしめているわけだし。

 映画『カイジ』のクライマックスは、カイジと利根川がサシで向かい合う「Eカード」対決。香川照之と藤原竜也がお互いに蛇人間と化した顔面大バトルがスクリーンいっぱいに繰り広げられる。「限定ジャンケン」「電流鉄骨渡り」で心身共にボロボロに傷ついたカイジはそれでも過去2戦の教訓を胸に刻み込み、エリート人間の利根川に捨て身で挑み掛かる。億単位の金が掛かった人生の一大勝負を制し、カイジは負け犬人生から本当におさらばできるのか? 

 当然だが、『カイジ』はフィクションの世界であって、現実にはギャンブルでバカ勝ちして、借金を返済しようなんてのは無理なお話。すべてのギャンブルは親が損をしないような仕組みになっていることを忘れ、「カイジのように俺も一攫千金を」なんて甘い考えが湧いてきた時点でもうアウツです。まぁ、カイジのようにギャンブルに熱くならずとも、人生には就職、恋愛、結婚、転職……と心がざわざわする様々なギャンブルが待ってますから。
(文=長野辰次)

kaiji03.jpg

『カイジ 人生逆転ゲーム』
原作/福本伸行 脚本/大森美香 監督/佐藤東弥 出演/藤原竜也 天海祐希 香川照之 山本太郎 光石研 松山ケンイチ 松尾スズキ 佐藤慶 配給/東宝 10月10日(土)よりTOHOシネマズ日劇ほか全国ロードショー。
<http://www.kaiji-movie.jp>

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●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX
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[第2回]『チェンジリング』そしてイーストウッドは”映画の神様”となった
[第1回]堤幸彦版『20世紀少年』に漂うフェイクならではの哀愁と美学

最終更新:2012/04/08 23:08
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