日刊サイゾー トップ > 連載・コラム >  パンドラ映画館  > 伝説の男・松田優作は今も生きている 20回忌ドキュメント『SOUL RED』
深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.39

伝説の男・松田優作は今も生きている 20回忌ドキュメント『SOUL RED』

matsudayusaku01.jpg1989年11月9日に亡くなった松田優作、享年40歳。浅野忠信、アンディ・ガルシア、
森田芳光監督、さらに松田龍平、松田翔太らが”優作伝説”を語る。
(C)2009 SOUL RED Film Partners

 11月6日は松田優作の命日だ。ハリウッド進出作『ブラック・レイン』(89)が10月に日本で公開された直後の1989年11月6日午後6時45分に亡くなり、今年は20回忌となる。身内の冠婚葬祭のことはうっかり忘れても、松田優作の命日と聞くと身を正して、自然と背筋が伸びる。多分、『太陽にほえろ!』(日本テレビ系)のジーパン刑事なり、『探偵物語』(日本テレビ系)の工藤ちゃんなり、彼の出演作に一度でも触れた人間なら共通することだろう。「2009年は、優作の20回忌なのよね」という松田美由紀夫人の言葉に端を発し、松田優作の姿を映像に収めたフィルムメーカーたち、その存在に多大な影響を直接的、間接的に受けた俳優たちが呼応して、不世出の俳優・松田優作の最初で最後となる公式ドキュメンタリー『SOUL RED 松田優作』が完成した。

『SOUL RED』の冒頭を飾るのは、『ブラック・レイン』のオーディション用ビデオ素材。最終候補に残った松田優作が、ビデオカメラに向かって演技をする。オーディション段階から、すでにヒットマン・佐藤が内包する狂気が垣間見える。そして『ブラック・レイン』本編へ。公衆の面前で佐藤が殺戮ショーを繰り広げるシーン。オーディションでチラ見させていた狂気が、フィルムを回すカメラに向かって全開する。フィルムの中の松田優作は水を得た魚だ。重力から解き放たれた魂のように、緩急自在なアクションと細やかな表情を見せつける。まるで、フィルムのひとコマひとコマに、己の魂の刻印を押しているかのようだ。そして畳み掛けるように、『蘇る金狼』(79)、『野獣死すべし』(80)、『ヨコハマBJブルース』(81)と名シーンの数々が続く。合間を繋ぐように、脚本家の丸山昇一氏、カメラマンの仙元誠三氏ら”優作伝説”の共犯者たちが証言する。一連のハードボイルド系代表作はスクリーンや深夜テレビ、ビデオで何度も観ているはずなのに、「やっぱり松田優作はすごい!」と田舎の中学生に戻ったかのように呟く自分がいる。

 亡くなって20年が経つが、当然ながらフィルムの中の松田優作は年をとらない。常に狂気という名のダイナマイトを抱え、観る者が火傷をしそうなほどの熱エネルギーを全身から放出し続ける。カメラマンの仙元氏は「ボクが現場であくびをしただけで、その日の撮影を中止させられた」とインタビューに答えているが、観客ですらスクリーンの前で眠くなることを松田優作は許さない。一瞬でもこちらが気を緩めたら、スクリーンから飛び出してきて、グーパンチで殴られてしまいそうなほどだ。でも、どうせなら『リング』の貞子みたいに、松田優作がスクリーンから飛び出してきたら……などと夢想してしまう。

matsudayusaku02.jpg音楽活動にも積極的に取り組んだ松田
優作。生前に8枚のアルバムを残して
いる。『ヨコハマBJブルース』の劇中
歌「Yokohama Honky Tonk Blues」を
はじめ、痺れる曲ばかりだ。

『SOUL RED』は松田美由紀出演作『世界はときどき美しい』(07)でデビューした御法川修監督の手によるもの。御法川監督は松田優作の唯一の監督作となった『ア・ホーマンス』(86)に衝撃を受けたという37歳。『ア・ホーマンス』は松田優作が超人的な能力を発揮する不死身の男”風”を演じた、今見直すと感慨深いストーリーだ。予定していた監督が撮影直前で降板するという不測の事態の中で、主演を務める松田優作が急遽、監督も兼任することでお蔵入りを免れた作品でもある。松田美智子著『越境者 松田優作』(新潮社)によると、すでにこの頃の優作は血尿で苦しんでいたそうだ。それでもかつて文学座に籍を置き、舞台への出演や演出も手掛けていた彼にとって、「ショー・マスト・ゴー・オン(幕を降ろすな)」は役者としての金科玉条だった。そして、その鉄則を『ブラック・レイン』の際も守ってしまった。

 10月23日、東京国際映画祭「映画人の視点」の中で松田優作特集上映が組まれ、トークゲストとして”優作の一番弟子”を自認する松田美由紀夫人が登壇した。「優作の話をするときは、今でもニヤニヤできない」とのことだが、作家の林真理子の書いた映画評に「お前に映画の何がわかる」と怒って電話を掛けたこと、優作が亡くなった後、知り合いから「今、優作さんが夢で逢いに来てくれました」といった電話が深夜によく掛かってきたことなど、伝説の男との尽きることのない思い出を語った。家庭でも基本的に、映画やTVドラマで観る松田優作のまんまだったらしい。オールナイトイベントながら、TOHOシネマズ六本木ヒルズで最大キャパを誇るスクリーン7の客席は満席に近い入り。松田優作が肉体を失ってから20年が経つが、人気は衰えてないことを実証していた。

 遺作となった『ブラック・レイン』以降、ハリウッドではキャストのメディカルチェックが義務づけられるようになった。治療よりも撮影を優先した松田優作の選択は今の時代讃えられるものではないが、また誰もが真似できるものでもない。松田優作は現世で生きることよりもフィルムの中で生きることを望み、そしてそれを実行した。『ネバーエンディング・ストーリー』(85)の絵本の世界に魅了された主人公のように、スクリーンの向こう側へと行ってしまった。とても陳腐な言い回しとなってしまうが、松田優作はフィルムの中で今も生き続けているのだ。そして彼は上映される度にスクリーン上で甦り、スクリーンの向こう側から客席を凝視し続ける。松田優作に睨まれ、自分はただもう「一体、オレは何をやっているんだ」と自問自答するだけだ。今年もまた襟を正す日が近づいてきた。
(文=長野辰次)

matsudayusaku03.jpg

●『SOUL RED 松田優作』
エグゼクティブ・プロデューサー/松田美由紀、河井真也 監督/御法川修 出演/浅野忠信、香川照之、宮藤官九郎、仲村トオル、アンディ・ガルシア、黒澤満、丸山昇一、筒井ともみ、仙元誠三、今村力、関根忠郎、森田芳光 配給/ファントム・フィルム 11月6日(金)より新宿ピカデリー、11月7日(土)より丸の内ピカデリーほか全国公開
<http://www.yusaku-movie.com>

ブラック・レイン デジタル・リマスター版

これぞ、松田優作

amazon_associate_logo.jpg

●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX
[第38回]海より深い”ドメスティック・ラブ”ポン・ジュノ監督『母なる証明』
[第37回]チャン・ツィイーが放つフェロモン爆撃 悪女注意報発令せり!『ホースメン』
[第36回]『ソウ』の監督が放つ激痛バイオレンス やりすぎベーコン!『狼の死刑宣告』
[第35回]“負け組人生”から抜け出したい!! 藤原竜也主演『カイジ 人生逆転ゲーム』
[第34回]2兆円ペット産業の”開かずの間”に迫る ドキュメンタリー『犬と猫と人間と』
[第33回]“女神降臨”ペ・ドゥナの裸体が神々しい 空っぽな心に響く都市の寓話『空気人形』
[第32回]電気仕掛けのパンティをはくヒロイン R15コメディ『男と女の不都合な真実』
[第31回]萩原健一、松方弘樹の助演陣が過剰すぎ! 小栗旬主演の時代活劇『TAJOMARU』
[第30回]松本人志監督・主演第2作『しんぼる』 閉塞状況の中で踊り続ける男の悲喜劇
[第29回]シビアな現実を商品化してしまう才女、西原理恵子の自叙伝『女の子ものがたり』
[第28回]“おねマス”のマッコイ斉藤プレゼンツ 不謹慎さが爆笑を呼ぶ『上島ジェーン』
[第27回]究極料理を超えた”極地料理”に舌鼓! 納涼&グルメ映画『南極料理人』
[第26回]ハチは”失われた少年時代”のアイコン  ハリウッド版『HACHI』に涙腺崩壊!
[第25回]白熱! 女同士のゴツゴツエゴバトル 金子修介監督の歌曲劇『プライド』
[第24回]悪意と善意が反転する”仮想空間”細田守監督『サマーウォーズ』
[第23回]沖縄に”精霊が暮らす楽園”があった! 中江裕司監督『真夏の夜の夢』
[第22回]“最強のライブバンド”の底力発揮! ストーンズ『シャイン・ア・ライト』
[第21回]身長15mの”巨大娘”に抱かれたい! 3Dアニメ『モンスターvsエイリアン』
[第20回]ウディ・アレンのヨハンソンいじりが冴え渡る!『それでも恋するバルセロナ』
[第19回]ケイト姐さんが”DTハンター”に! オスカー受賞の官能作『愛を読むひと』
[第18回]1万枚の段ボールで建てた”夢の砦”男のロマンここにあり『築城せよ!』
[第17回]地獄から甦った男のセミドキュメント ミッキー・ローク『レスラー』
[第16回]人生がちょっぴり楽しくなる特効薬 三木聡”脱力”劇場『インスタント沼』
[第15回]“裁判員制度”が始まる今こそ注目 死刑執行を克明に再現した『休暇』
[第14回]生傷美少女の危険な足技に痺れたい! タイ発『チョコレート・ファイター』
[第13回]風俗嬢を狙う快楽殺人鬼の恐怖! 極限の韓流映画『チェイサー』
[第12回]お姫様のハートを盗んだ男の悲哀 紀里谷監督の歴史奇談『GOEMON』
[第11回]美人女優は”下ネタ”でこそ輝く! ファレリー兄弟『ライラにお手あげ』
[第10回]ジャッキー・チェンの”暗黒面”? 中国で上映禁止『新宿インシデント』
[第9回]胸の谷間に”桃源郷”を見た! 綾瀬はるか『おっぱいバレー』
[第8回]“都市伝説”は映画と結びつく 白石晃士監督『オカルト』『テケテケ』
[第7回]少女たちの壮絶サバイバル!楳図かずおワールド『赤んぼ少女』
[第6回]派遣の”叫び”がこだまする現代版蟹工船『遭難フリーター』
[第5回]三池崇史監督『ヤッターマン』で深田恭子が”倒錯美”の世界へ
[第4回]フランス、中国、日本……世界各国のタブーを暴いた劇映画続々
[第3回]水野晴郎の遺作『ギララの逆襲』岡山弁で語った最後の台詞は……
[第2回]『チェンジリング』そしてイーストウッドは”映画の神様”となった
[第1回]堤幸彦版『20世紀少年』に漂うフェイクならではの哀愁と美学

最終更新:2012/04/08 23:09
ページ上部へ戻る

配給映画

トップページへ
日刊サイゾー|エンタメ・お笑い・ドラマ・社会の最新ニュース
  • facebook
  • twitter
  • feed
特集

【4月開始の春ドラマ】放送日、視聴率・裏事情・忖度なしレビュー!

月9、日曜劇場、木曜劇場…スタート日一覧、最新情報公開中!
写真
インタビュー

『マツコの知らない世界』出演裏話

1月23日放送の『マツコの知らない世界』(T...…
写真
人気連載

『24時間テレビ』強行放送の日テレに反省の色ナシ

「愛は地球を救う」のキャッチフレーズで197...…
写真
イチオシ記事

バナナマン・設楽が語った「売れ方」の話

 ウエストランド・井口浩之ととろサーモン・久保田かずのぶというお笑い界きっての毒舌芸人2人によるトーク番組『耳の穴かっぽじって聞け!』(テレビ朝日...…
写真