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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.61

スコセッシ監督の犯罪アトラクション『シャッターアイランド』へようこそ!

syatter01.jpg連邦保安官のテディ(レオナルド・ディカプリオ)と新相棒チャック(マーク・ラファロ)は、”シャッターアイランド”で行方不明となった女性を捜索する。島の住人たちは精神病院の院長(ベン・キングズレー)をはじめ怪しい人物ばかりだ。
(c)2010 by PARAMOUNT PICTURES. All Rights Reserved.

 孤島を舞台にした作品に触れると、妙に鼓動が高まる。ミステリー小説なら江戸川乱歩の『パノラマ島奇談』、コミックなら諸星大二郎の代表作『マッドメン』、さらにキノコ大行進映画『マタンゴ』(63)、牧歌的ムード満載のカルト映画『ウィッカーマン』(73)にドキドキしてしまう。『キング・コング』(33)は南の島の”守り神”が都会に連れていかれてパニック死してしまう哀しい物語だ。最近ではエマニュエル・ベアール主演の『変態島』(08)、水川あさみが色っぽい『彼岸島』(10)なんて映画もある。本土から遠く離れた孤島は、独自の文化や宗教がコミュニティーを支配する異空間。どこかインモラルな雰囲気が漂う。島には島のルールがある。お客さん、島に上陸するなら島のルールに従ってもらわないと困りますよ。レオナルド・ディカプリオ主演作『シャッターアイランド』も、怪しさ漂う作品なのだ。

 マーティン・スコセッシ監督が『ギャング・オブ・ニューヨーク』(02)、『アビエイター』(04)、『ディパーテッド』(06)に続いてディカプリオと組んだ本作。『ミスティック・リバー』(03)の原作者として知られるデニス・ルヘインのミステリー小説を映画化したものだ。単行本発売時、結末が分からないよう最終章が袋とじで発売されたことで話題を呼んだ。時代は1950年代、”シャッターアイランド”と呼ばれるボストン沖の孤島が舞台。その島には犯罪者専門の精神病院があり、四方は断崖で覆われているため脱出不可能な監獄島となっている。ひとりの女性患者がこつ然と姿を消し、連邦保安官のテディ(レオナルド・ディカプリオ)は新しい相棒チャック(マーク・ラファロ)と共に島に上陸し、捜索を始める。しかし、というか案の定、院長(ベンズ・キングスレー)をはじめ、島には怪しい人物ばかり。病院のスタッフたちは表向きは捜査に協力すると言っているものの、どうも口裏を合わせて何か隠している様子。患者たちに証言を求めても、真実を語っているのか狂っているのか判別がつかず、お手上げ状態なのだった。

syatter02.jpgテディは愛妻ドロレス(ミシェル・ウィリアム
ズ)を火事で失ったという深いトラウマを抱え
ていた。テディの前に現われるドロレスは幽霊
か妄想なのか?

 テディはテディで行方不明になった女性患者を捜すと言いながら、まったく無関係のレディスなる人物の情報を集め出す。レディスとは連続放火魔で、テディの妻は放火事件に巻き込まれて焼死。テディはシャッターアイランドにレディスがいると聞きつけ、復讐の機会を狙っていたのだ。そのことを知った相棒のチャックは「あんたは逆におびき出されたんじゃないのか? これは巨大組織が仕掛けた罠だよ」と言い出す。相棒であるはずのチャックでさえ、怪しく思え始める。はたしてテディは島の秘密を暴くことができるのか、それとも逆にテディは島に呑み込まれてしまうのか。現実と狂気の境界線がグラグラと揺らいでいく。

 ディカプリオがかなりいい感じだ。妻を殺した放火犯をとっちめてやろうとヒーロー気取りで島にやって来たものの、精神病棟を捜査しているうちに自分自身を見失っていくというキャラクターだ。『レボリューショナリー・ロード』(08)でも”若い頃は期待されていたけど、社会に出たらフツーの人になっちゃいました”という役柄で、演技とは思えないほど実に自然体の演技を披露していた。純然たるヒーロー映画が成立しなくなった現代において、今回のようにミイラ獲りがミイラになってしまう役は、今のディカプリオにぴったり。『タイタニック』(97)の栄光に溺れず、自分自身の立ち位置に自覚的であることが彼の長所だろう。

 遠藤周作の『沈黙』の映画化がかねてから予定されているスコセッシ監督だが、本作は職業監督に徹した完全なるエンタテイメント作品。映画というよりも観客参加型のアトラクション的な趣きの作品となっている。ゴシック調のオドロオドロしい島への上陸シーンから、ラストの謎解きまで退屈させずに引っ張っていく。また、得意のバイオレンス描写を活かし、愛妻を火事で失ったテディの心象風景をうまくビジュアル化している。さらに洞窟に潜む謎の女性、逆らう患者は脳手術してしまうと噂される廃灯台など、思わせぶりな設定が続々登場。スコセッシ監督が手掛けた豪華ミステリークルーズに乗り込んだような面白さがある。

 長年、NYにこだわり続けたスコセッシ監督だが、ディカプリオと組むことで巨額の予算を任されるようになり、香港映画のリメイク『ディパーテッド』でアカデミー賞作品賞&監督賞を受賞し”無冠の帝王”の称号を返上、興行的成功も収めた。本作もかつての『タクシードライバー』(76)や『レイジング・ブル』(80)のような社会への怒りや抑圧されたエネルギーの爆発といったテーマ性とは無縁のものだ。ハリウッドのルールに従って、人気俳優を主演に据え、話題性のある原作を用意すれば、予算はたちどころに集まり、映画を撮ることができる。もしかして、スコセッシ監督自身がハリウッドという名の”シャッターアイランド”に取り込まれてしまったのではないか? ラストのドンデン返しを観ながら、ふとそんなことを感じた。

 孤島を舞台にした作品に触れると、ドキドキする。島独特の奇習や秘祭もさることながら、作家や監督の脳内迷宮を探索しているかのようなスリリングさが楽しめるからだ。島には島のルールがある。お客さん、島に上陸するなら、島のルールに従ってもらわなくちゃ困りますよ。
(文=長野辰次)

shutter03.jpg
『シャッターアイランド』
原作/デニス・ルヘイン 脚本/レータ・カログリディス 音楽/ロビー・ロバートソン 監督/マーティン・スコセッシ 出演/レオナルド・ディカプリオ マーク・ラファロ、ベン・キングズレー、ミシェル・ウィリアムズ、パトリシア・クラークソン、マックス・フォン・シドー、エミリー・モーティマー、ジャッキー・アール・ヘイリー、イライアス・コティーズ 配給/パラマウントピクチャーズジャパン 4月9日(金)よりTOHOシネマズスカラ座ほか全国公開

ディパーテッド 特別版

一級クライムサスペンス。

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最終更新:2012/04/08 23:01
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