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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.71

女子にモテモテになる方法、教えます。軟派少年の実話物語『ソフトボーイ』

softboy01.jpg常識なんかブチ破れ! 退屈な日常に対し、反乱を起こした
革命児たちの熱血コメディ『ソフトボーイ』。佐賀県の公立高校を舞台にした実録ドラマだ。
(c)2010「ソフトボーイ」製作委員会

 どんな君でも、たちまち女の子にモテモテになる! うさん臭い通販グッズのキャッチコピーのようだが、男子なら気になってしまう文句だろう。映画『ソフトボーイ』は、そんな甘い言葉にまんまと釣られて集まった軟派な高校生たちの物語だ。舞台は佐賀県の小さな田舎町。佐賀出身のはなわが「SAGA」で歌ったように、若者が夢中になれるようなものはまるでない。だが、公立牛津高校に通う高校3年生のノグチくん(賀来賢人)は、重大なことに気づく。佐賀県には男子ソフトボール部が一校もない。ということは、今すぐ男子ソフトボール部を創部さえすれば、無条件で全国大会に出場できるではないか! 佐賀の何もなさを逆手にとったナイスなアイデアだ。田舎で退屈な日常を送っている高校生にとって全国大会出場は大ニュース。部員は否がおうにも女子にモテモテ(のはず)。ノグチくんはさっそく親友のオニツカくん(永山絢斗)を巻き込んで、男子部員を集め始める。まるで漫画のようなストーリーだが、牛津高校男子ソフトボール部創部の実話がベースとなっている。

 楽して全国大会に出場しよう。そして女子にモテよう。動機は恐ろしく不純だ。それに仮にも全国大会。そう簡単に出場できるのか。そんな問題はさておき、ノグチくんは高校最後の夏を最大限に楽しもうと猛ダッシュ&猛チャージ。学校中の、まだ部活に入っていない男子生徒に声を掛けまくる。ノグチくんとオニツカくんが『七人の侍』(54)の島田勘兵衛と片山五郎兵衛に見えてくる。そうしてノグチくんの元に集まった七人の侍ならぬ、九人のソフト部員たちは、鼻つまみ者のヤンキー野郎、運動神経ゼロのメタボくん、女子マネージャー目当てのミスターガリ勉、まったく状況を理解できていない海外からの留学生……。こうしてソフトボール未経験者ばかりの即席凸凹チームが誕生する。ついでにノグチくんの幼なじみのクサナギ(波瑠)が女子マネージャーを務めることに。

 部員たちは、ソフトボールはおろかスポーツもろくに経験していない。もちろん、女子にモテモテになりたいんだけど、何より、お祭り男のノグチくんに声を掛けられたのが単純にうれしかったのだ。教室と自宅を往復するだけの単調な生活を過ごしていた彼らにとって、自分を必要としてくれる人間が現れたのだ。ピッチャー、レフト、ライト、女子マネージャー、と誕生したばかりのまっさらなチームで各自に役割が与えられる。楽して人気者になろうという不純な動機から始まったチームだが、グラウンドに集まって体を動かして汗を流すうちに、次第に気持ちよくなってくる。ひと夏、みんなでお祭りに夢中になってもいいんじゃないかという気になってくる。

softboy02.jpgノグチくんに巻き込まれるようにして男子ソフト
部を創部することになったオニツカくん(永山
絢斗)と女子マネージャーのクサナギさん(波瑠)。
青春だなぁ。

 現代社会において、時代をクリエイトするヒーローは果たして存在するのだろうか。『アイアンマン』や『スパイダーマン』といったアメコミのヒーローは基本的にアメリカの国益にかかわる事件にしか出動しない。力道山や長嶋茂雄といった日本のヒーローはテレビというメディアが生み出した、高度経済成長期のヒーローだ。事なかれ主義が幅を利かせる現代において、新しいヒーローの出現をただじっと待つのはムダというもの。それよりはお祭り野郎を神輿に担いで、一緒にお祭りをやるほうが現実的だし、自分自身も楽しめるではないか。ノグチくんは九州に多い、お調子者のお祭り野郎気質。イチローや中田英寿のように運動神経に秀でたスーパースターではないが、家族や級友たちが気づかなかった各メンバーの隠れた長所を引っ張りだすスーパープロデューサーなのだ。後先考えない無責任さがノグチくんの欠点だが、それは言い換えれば人並みはずれた行動力でもある。

 素人ばかりで全国大会に出場できるのか。出場できても、恥をかくだけじゃないのか。男子ソフト部に対する校内の目は冷たい。でも、頭であれこれ考えているだけじゃ、何も始まらない。人生はヴァーチャルゲームじゃないんだから。ノグチくんは言う、「やってみらんとわからんばい」。常識なんて誰が決めたんだ? やってみなくちゃ、わからない。わかならいからこそ、面白いんだよ。映画『ソフトボーイ』は、そんな極めてシンプルなメッセージで貫かれている。ノグチくんたち牛高ナインが周囲にバカにされればされるほど、彼らの輝きは増していく。前例がないなんて言葉は自分たちには関係ねぇ、常識なんてブタに食わせろっ。

 本作でメガホンをとった豊島圭介監督は『怪談新耳袋 ノブヒロさん』(06)などホラー系の作品で知られる存在。さわやかなスポーツものを描くのも初なら、全国公開のメジャー作品を撮るのも初。でも、ノグチくんの「やってみらんとわからんばい」を監督自身が体現してみせた。ホラー系作品で怪事件に巻き込まれた人々の心理を描いてきた演出力を生かして、田舎の高校生たちの心の揺れ動きやおバカなことに熱くなる楽しさといったポイントを押さえて、軽快なテンポの青春コメディ映画に仕立てることに成功している。豊島監督もそのことは実感できたらしく、「笑って、グッと来て、ちょっと泣ける、という王道のような作品を(たぶん)作れたことに自分でもびっくりしてます」とコメントしている。

 さて、部員が9人集まれば、すぐに全国大会に出場できるのかといえば、そー甘くはなかった。出場の手続きをしようとしたところ、出場校の少ない県は他県との代表決定戦をクリアしなければいけないことが発覚する。がーん。当然だが、対戦校は付け焼き刃の牛高よりもずっと長い間、真面目に練習に取り組んでいる。でも、ノグチくんは動じない。「やってみらんとわからんばい」。校外へ飛び出した牛高ナインはビギナーズラックに恵まれる一方で、それ以上の試練にも遭遇する。いつもは強気のノグチくんも、たまに心が折れそうになる。有明湾に沈む夕日を見て、ひとりで泣きたくなることもある。でも、もうその頃には牛高ナインはノグチくんにすっかり感化されており、ノグチくんにこう言うのだった。「やってみらんとわからんばい」。

 大ヒット作『ROOKIES 卒業』(09)のような大勝利がラストに待っているわけではない。牛高ナインは実戦で大恥をかくはめになる。しかし、その大恥も「やってみなくちゃわからない」貴重な体験なのだ。ノグチくんに騙されるようにしてソフトボールを始めたナインは、ノグチくんとひと夏、共に汗を流したことでその後の人生が大きく変わっていく。お祭りの陶酔感をもう一度味わおうと夢を追いかけ続ける者もいれば、平穏な日常に戻ってしっかり根を張って生きることを選択する者もいる。では、彼らはノグチくんが言ったように「女子にモテモテ」になったのか? 本作はその疑問に対する答えをちゃんと用意している。少なくとも彼らは「モテモテ」になるのと同じくらい大事なことを、あの夏から学んだ。現実はヴァーチャルゲームよりも、ずっと面白いんだということを。
(文=長野辰次)

softboy03.jpg

●『ソフトボーイ』
監督/豊島圭介 脚本/林民夫 主題歌/倉木麻衣 出演/永山絢斗、賀来賢人、波瑠、大倉孝二、加治将樹、中村織央、斎藤嘉樹、西洋亮、加藤諒、松島庄汰、タイラー、平山真有、鎌田奈津美、いしのようこ、広澤草、白石みき、綾田俊樹、堀部圭亮、上野由岐子、はなわ、山口紗弥加 6月19日(土)より全国ロードショー
(c)2010「ソフトボーイ」製作委員会
http://www.softboy.jp

紺野さんと遊ぼう ウフフの巻

知る人ぞ知るこのシリーズも豊島作品。

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[第2回]『チェンジリング』そしてイーストウッドは”映画の神様”となった
[第1回]堤幸彦版『20世紀少年』に漂うフェイクならではの哀愁と美学

最終更新:2012/04/08 23:00
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