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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.75

“生きる”とは”見苦しい”ということ 藤沢周平の時代活劇『必死剣 鳥刺し』

hissatsu01.jpg豊川悦司主演作『必死剣 鳥刺し』。
海坂藩の藩士・兼見三左エ門は不敗の剣”鳥刺し”の使い手だが、
その剣を抜くときは本人も死を覚悟しなくてはならない。
(c)2010「必死剣 鳥刺し」

 生きるということは、ひどくかっこ悪いということである。藤沢周平の時代小説は、そのことをまざまざと教えてくれる。藤沢作品の原作小説で描かれている主人公たちは、およそ時代劇のヒーローらしくなくビンボーで、見苦しい。義憤に駆られて正義の剣をかざすというよりも、生きるのが不器用で藩内の勢力争いに巻き込まれ、知らない間に窮地に立たされてしまう。できれば、命にかかわるやりとりなどしたくない。他の人に代わってほしい。しかし、上司の命令には逆らえない。渋々と覚悟を決めた主人公はとりあえず女を抱き、そして翌朝には誰も引き受けて手のない任務へと赴く。サラリーマンの多くは藤沢作品のストイックな主人公に自分の姿を投影しながら、小説に読み耽る。


 藤沢周平の人気短編集「隠し剣」シリーズには、さまざまな秘剣・隠し剣が登場する。隠し剣というと聞こえがいいが、基本的にどれも相手の虚を突く、邪剣・だまし討ち剣ばかり。山田洋次監督の『隠し剣 鬼の爪』(04)を最初に観たときは”鬼の爪”の正体にひどく後味の悪さを覚えたものだ。秘剣はどれも武士として他人には見せられない邪道剣ゆえに封印されてきたものであり、またその剣筋を見た者は口外されぬよう息の根を止めなくてはならない。だが、隠されれば隠されるほど、人はその正体を見たくなるもの。寡黙で目立たない性格ゆえに秘剣を伝授された主人公の前に、その噂を嗅ぎ付けた剣客たちが次々と現れる。皮肉なパラドックスの中で藤沢作品の主人公たちはあがき苦しむ。

 平山秀幸監督によって映画化された『必死剣 鳥刺し』は、『隠し剣 孤影抄』(文春文庫)に収録された一編。豊川悦司を主演に起用し、ハードボイルドタッチの本格的時代劇に仕立てている。”必死剣 鳥刺し”とはその剣を抜けば、必ず相手を仕留めるという必勝不敗の剣。しかし、その剣を使うとき、剣の遣い手は半ば死んでいるという。”鳥刺し”はいつ、誰に対して抜かれるのか。緊迫した空気を終止はらみながら、物語は静かに進んでいく。

 東北地方の小藩・海坂藩に仕える兼見三左エ門(豊川悦司)は若い頃に剣術修行に励み、秘剣”鳥刺し”を編み出していた。しかし、愛妻・睦江(戸田菜穂)が病気で亡くなり、兼見は生き甲斐を失ってしまう。そんな折、藩主の側室・連子(関めぐみ)が政事に口をはさむことから藩内に不満が噴出していた。愚直な兼見は藩政を憂うあまり、連子を城内で刺殺。自分も切腹する覚悟だった。だが、藩の上層部からのお達しは、1年間の閉門という極めて寛大な処分。もちろん藩主や藩の上層部は兼見への温情から軽い処分を下したのではない。藩主と敵対する分家の帯屋隼人正(吉川晃司)という剣豪が存在するため、”生きた盾”として生かされているに過ぎなかった。藩のために尽くせば尽くすほど、藩の上層部からいいように利用される。江戸時代の下級武士・兼見の苦悩と上司に恵まれない現代のサラリーマンの悲哀がスクリーンの中で溶け合っていく。

hissatsu02.jpgクライマックスは15分にわたる殺陣シーン
が展開。豊川悦司と立ち回りを演じた吉川
晃司は「グルーヴ感が出るまで、お互いに
徹底的にやりあった」と話す。

 原作者である藤沢周平(1927~97)は、山形県の農家生まれ。苦学の末に鶴岡市で中学校の教員になるが、肺結核のためにわずか2年で休職。生徒たちに慕われる人気教師だったものの教壇に戻ることは叶わず、30歳で上京し食品関係の業界新聞の記者として食い扶持を得ることになる。いくつかの編集部を渡り歩き、59年に同郷の女性・三浦悦子さんと結婚。63年2月に長女・展子さんが生まれるも幸せは長くは続かず、同年10月に28歳の若さで悦子さんが病死。72年に「暗殺の年輪」で直木賞を受賞し、47歳にしてようやくサラリーマン生活に別れを告げ、本格的に作家活動を始めたという大変な遅咲き人生だった。不幸に度々遭いながらも慎ましく生きてきた姿は、『たそがれ清兵衛』(02)をはじめとする藤沢作品の主人公そのものだ。代表作『蝉しぐれ』(文春文庫)では初恋の女性への想いを断ち切って、現実と折り合いをつけていく主人公の姿が切ない。普段は温厚な藤沢作品の主人公たちだが、隠し剣を抜く瞬間だけ、ままならない人生を生きてきた藤沢周平自身の内なる叫び声が聞こえてくる。

 『必死剣 鳥刺し』に話を戻そう。物語の中盤までは兼見の蟄居生活が淡々と描かれる。外部との交流を断った兼見が心を許せるのは亡くなった妻の姪である里尾(池脇千鶴)だけ。里尾の献身的な支えに対し、兼見は報いることができずにいる。帯屋隼人正との対決を控え、兼見はひと晩だけ里尾を抱く。そして壮絶を極めるクライマックスへ。身長186cmの豊川と182cmの吉川、ともに上背のある2人の激突だけに殺陣シーンは見応えあり。さらに2人の決着がついた後に、どんでん返しが待っている。

 『愛を乞う人』(98)でのDVシーン、『OUT』(02)での死体解体シーンで徹底した演出を見せた平山監督が、本作のラスト15分間にわたる殺陣シーンでも兼見のコドクな戦いを妥協なく撮り上げている。男臭いハードボイルド時代劇の中で、池脇千鶴、戸田菜穂、関めぐみの女優陣が適材適所で配されているのも好ポイント。豊川悦司演じる兼見が藤沢作品の主人公にしてはかっこ良すぎるのが難点だが、そこは商業映画なので仕方ない。ただ、兼見が”鳥刺し”を使う相手は原作通りとはいえ、やはりひどく哀しみを覚える。いくら死を覚悟した剣の達人であっても、兼見は自分が属する藩の枠組みそのものからは最後まで解き放たれることができない。サラリーマンのやり場のない怒りと哀しみがラストに漂う。
(文=長野辰次)

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『必死剣 鳥刺し』
原作/藤沢周平 脚本/伊藤秀裕、江良至 監督/平山秀幸 出演/豊川悦司、池脇千鶴、吉川晃司、戸田菜穂、村上淳、関めぐみ、小日向文世、岸部一徳 
配給/東映 7月10日より丸の内TOEIほか全国公開中 <http://www.torisashi.com>

隠し剣孤影抄

人をアゴで使う側に、一度はなってみたいものです。

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最終更新:2012/04/08 23:00
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