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形のない物、信じられますか? 雫井脩介が挑む新境地『つばさものがたり』

tsubasamonogatari.jpg『つばさものがたり』(小学館)

 雫井脩介は1999年、『栄光一途』(新潮社、第4回新潮ミステリー倶楽部賞受賞)でデビューし、05年には『犯人に告ぐ』(双葉社)で第7回大藪春彦賞を受賞、今もっともノッているミステリー作家の一人である。『犯人に告ぐ』『クローズド・ノート』(角川書店)は映画化もされるヒット作となった。

 その雫井氏の拓いた新境地が『つばさものがたり』(小学館)。

 君川小麦は26歳のパティシエール。東京のパティスリーで修行に励んでいたが、乳ガンを患い、自分の余命が長くないことを知る。決心の末、店を辞め、亡くなった父の夢「家族で小さなケーキ屋を開く」ことを叶えるために、実家の北伊豆へと帰ってくる。町外れのテナントを借り、君川洋菓子店をオープンさせるが、小麦の兄・代二郎の息子で5歳の叶夢(かなむ)は「ここは流行らないよ」と言う。何故かと問いただせば「レイという天使がそうが言った」と。小麦たちは身を粉にして働くが、レイの言ったとおり、店は立ち行かなくなり……。

 ミステリー作家らしい明瞭な構成で、非常に読みやすい作品となっている。作中人物を通して、作者の人間愛を垣間見ることが出来る優しい物語だ。訪れるラストには涙を禁じえない。

 この物語は、叶夢とレイの物語でもある。レイは叶夢以外の人には見えない。子どもとは、誰もが等しく”レイ”を抱えている、不可解な存在だ。それが本当にいようがいまいが、周りの大人たちがその存在を肯定してあげることで、子どもは初めて羽ばたくことが出来るのではないだろうか。夢も同様に形のないものだが、信じることでその存在はにわかに輪郭を帯びてくる。この『つばさものがたり』は、つらいとき、挫折しそうなときに読みたい小説である。小麦や叶夢、レイの生きる姿に、つばさを羽ばたかせる自信と勇気をもらえるだろう。
(文=平野遼)

・雫井脩介(しずくい・しゅうすけ)
1968年愛知県生まれ。専修大学卒。00年に第4回新潮ミステリー倶楽部賞受賞作『栄光一途』でデビュー。05年に『犯人に告ぐ』で第7回大藪春彦賞を受賞。他の著書に『クローズド・ノート』『犯罪小説家』(双葉社)『殺気!』(徳間書店)などがある。

つばさものがたり

読書の秋ですから。

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最終更新:2010/10/08 18:00
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