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 >   > 「二十年経ってやっと自分の写真になった」 森山大道が見た東南アジア
写真集『THE TROPICS』発売記念インタビュー

「二十年経ってやっと自分の写真になった」 森山大道が見た東南アジア

daidomoriyama01.jpg「次はメキシコシティを撮りたい」と語る森山氏。御年72歳とはとても思えない。

「僕は街頭スナップ写真家だから」

 写真家・森山大道氏は、自身のことをそう呼ぶ。モノクロでコントラストが強く、ギラっと締まった印象的な黒。粒子の粗さ、躍動感、ダイナミックな構図。犬、子ども、人、野菜、動物、商店……。街のあらゆる存在が森山氏の撮影対象となり、一枚一枚の写真から街の呼吸が伝わってくる。世界中の街を歩き回り、その姿をカメラに収めてきた森山氏。今回上梓した写真集『THE TROPICS』は、自身が二十数年前に撮影した、タイ・ベトナム・ラオスなど東南アジアの写真をまとめた一冊。なぜ、当時の写真をこの時期に本にまとめたのか。写真集出版の経緯と併せて、森山氏の街の歩き方について、写真についてお話を伺った。

──まずは、写真を撮影された当時のお話をお伺いしたく。なぜ東南アジアに行かれることになったのでしょう?

森山大道氏(以下、森山) 最初は、僕の写真学校の教え子だった写真家の瀬戸正人くんという人がいて。彼はタイ生まれということもあって、よくタイに行っていて、その話を聞いていたんです。本の後書きにも書いたんだけど、当時の僕は北方思考を持っていて、何かと北に行きがちだった。だけど、瀬戸くんからの話を聞いて、南の方にも少しだけ惹かれる思いがあって、まずは行きたいという気持ちが湧いてきたんですね。僕は暑いところが好きじゃなかったんだけど(笑)。撮りたいというよりも、行きたいと。

──東南アジアに降り立った時の印象はどうでしたか?

森山 まあ、当然のように面白かったわけ(笑)。何が面白かったかというと、常に僕が興味あるのは「人間が渾然といる場所」。街を歩いていると、子どもがゴロゴロたくさんいて、犬も猫もごちゃごちゃいる、人もいる生活もある。その雑多にいろいろなものが混在している感じが面白くなっちゃったの。もちろん街を歩くときにはカメラを持って撮影していたけれど、積極的に撮って本を出そうとは思っていなかった。でも、歩けば歩くほど面白くなっちゃって、たくさん撮ってしまった。最初にタイに行った後も、瀬戸くんに案内してもらってタイやラオス、ベトナムにも行って、結構撮りました。だけど、写真集を作るとか、自分の表現として発表しようとは思えなかった。

──撮りたいけど本にはしたくないと。なぜそう思われたのでしょう?

daidomoriyama02.jpg

森山 変な話だけどさ、面白い写真が撮れ過ぎるの(笑)。それは妙な感じで、自分の身体にきちんと入っていないっていうのかな。あの当時はまだ面白いとか珍しいとか、そういう気分で撮っていたから自分の撮った写真の実感みたいなものがなくて、写真と僕がまだ繋がっていなかった。当時、僕は渋谷の宮益坂に小さなプライベートギャラリーを持っていて、そこでプライベートに20~30点展示するという、小さな展覧会をやりました。それで、自分の中で東南アジアは一回終わっていたんです。

──久々にネガを見て、このように写真集にまとめようと思われたのは何かきっかけがあったのでしょうか?

森山 ネガのケースにはタイトルが書かれているから、写真を整理する度にその文字を見ていて。中身を見たい気もするけど、なんとなくそのままにしてしまうってことを繰り返していて。ある時ふとネガを見て、写真から伝わってくる印象が変わって見えたんです。二十年以上の時間を経て自分と対面しているから、当時の自分の心情みたいなものがどこか薄れていて、写された対象だけが浮かび上がってきた。つまり写されたものだけが、しっかりと定着されていたように思えた。そんな風に自分の写真を見られるようになった。それで、東南アジアの写真集を作ってみようと、講談社の方に相談して実現しました。

──写真って改めて見るとその当時の思い出が蘇ると言いますが、森山さんのそれはちょっと違うのでしょうか。時間を経て改めて見た時に、感情がなくなって写真を客観的に見られる。物質として写真が残るというのが面白いなと。

森山 全ての写真、特にスナップ写真というのは、最終的にはすべて記録として収れんされるんです。撮った時は撮った時の勢いや温度感があるけど、時間が経つと違った見方ができる。自分が撮ったものでも、再び出会った時に、違うコンテキストを見出すことができる。その構造が写真の一番の強度で面白いところだと思う。

──撮影時に街に向かっていく時はどんなお気持ちなのでしょう?

森山 現場にいるときには暑いしさ、混沌としていて、そんな中で撮影すると既に自分が、ある種感電している状態で、街を探るセンサーみたいになっているから、あんまりいろんなことは考えないよね。身体的な感覚でヒートした状態になっている。もちろん撮る瞬間の思考はあるんだけど圧倒的に体感しながら撮っている。

──写真を撮るときに街の人とのコミュニケーションはあるのでしょうか? それとも消えた存在になって撮っているのでしょうか?

森山 僕はほとんど対話はしないからね。理想は自分の存在を消したいところだけど、実際はカメラ持ったおじさんが単にいるってことだからね(笑)。小さいカメラを使ったりするくらいで。人間は、カメラのレンズという冷たい機械的なものに結構敏感なんだよね。深夜の新宿歌舞伎町でも、カメラを持って撮っていると、一瞬みんなふっと警戒する。視線を反らされたり、睨まれたりするよね。カメラっていうのはそういうヤバイ装置でさ。

moriyama001s.jpg<画像をクリックすると拡大されます>
『THE TROPICS』より (c) Daido Moriyama

──写真を見ていると、ふっと写真家がいない瞬間があると思いました。

森山 写されたもの、その時に写された対象のエッジが際立つんだろうね。さっき話したその時の写真家の思いや気持ちがそぎ落とされて対象だけが浮かび上がってくる。撮るときの理論とか理屈とかはあるかもしれないけど、十年、二十年経つとそんなもんはさっと消えちゃうわけよ。特に街頭スナップ写真の場合は。

──撮った写真を写真集に組んでいく時の作業というのは、どういう気持ちでページにしていくんですか? 本をめくるというのは時間を伴うものだと思うんですが、そういう時間軸のようなものは意識されてはいないのでしょうか?

森山 僕の場合はすべてではないけれど、基本的にストーリーを作るということはしない。もともとストーリーのある写真を撮っていないからね、街頭のスナップだから。だからページを繰るときの、ある種のインパクトやダイナミズムを大切にしている。時間はほとんど意識していなくて、あんまり重要じゃない。時間軸というよりも、すべてをシャッフルして、街の渾然、渾沌とした感じを見せる。今回はアートディレクターの町口覚さんに全部任せています。僕は数点この写真は入れて欲しいという話をしただけ。町口さんは町口さんで自分の哲学があって、それがとてもうまくいったということですね。

──撮影される際に、惹かれる土地の特徴みたいなものはあるのでしょうか?

森山 それはね、人間が渾然といる場所。そうすると生活が見えるとかあるからね。圧倒的に街。街以外に興味はないよね。雑多に混在している場所。ということですよね、街であり都市である。そして野良犬がいっぱいいて、子どもがうろうろしているような。最近はそういう街も少なくなったけどね。日本でもちょっとローカルに行くと、街に人がいない。昔はもうちょっと人がいたよね。

──いま興味のある街はどこでしょう?

森山 やっぱ東京だよ。僕が日本人だということの掛け値を抜かしたとしても、世界的に見ても東京なんじゃないかな。NYから帰ってきても、イタリアから帰ってきても、東京って変な街だねって思う。その「変さ」っていうのは僕にとっては魅力なわけ。今も、来年出そうと思って、東京の町を撮っているけど飽きないな。あと、外国ではメキシコシティに行きたいね。

──常に好奇心を持って街に向かっていく、森山さんが放つエネルギーみたいなものを私たちは本から受け取っているような気もします。

森山 それは、エネルギーっていうよりも欲望なんじゃない? 僕の中には欲望があるんだよ。そこから出てくるんだよね、撮りたい気分、撮る対象との一瞬の衝突もね。だからスタティックな写真なんか撮ってたら街なんか撮れないのね。街にひっかき回されるからね。そうした外からの刺激を受けながら、それにリアクションしていって写真を撮る。

moriyama002s.jpg<画像をクリックすると拡大されます>
『THE TROPICS』より (c) Daido Moriyama

──自分たちが普段生活していると慢心してしまって、外からの刺激に対して敏感に反応できない。写真を撮るという行為を通してそういった刺激に対して敏感になっていくというか。

森山 さっきエネルギーって言ったじゃない。もしそこにエネルギーがあるとしたら、そのエネルギーを作るのは街に出て写真を撮ることなんだよね。その中にしかエネルギーって生まれてこないから。あの、とにかく圧倒的にいろんなものがあるでしょう。だからちょっと理屈っぽくなるけれど、日常ってのは異常が集積している世界だから、どこ見ても異常なわけ。一枚変わればね。そういうところの行ったり来たりが面白い。写真ってのはその人のその時の経験だからさ。また、見る人ですべて解読のコードが変わる。自分の写真でも、見るタイミングによっても見方が変わる。それが面白いんだよね。

──なるほど。確かに同じ写真でも、自分の精神状態で見方が全然違いますよね。そういう意味でも、この写真集はいろんな見方ができると思います。

森山 そうだね。パラパラとどこから読んでもいいし。だってさ、いろいろと考えてみたってしょうがないじゃない? 僕の写真は昔から難しいって言われていたんだけど、写っているのを見ればいいじゃないって思うわけ。シンプルに感じてもらえればいいと思う。もちろんコンセプチュアルな写真家の作品は、解読するためのコードがあると思うんだけど、スナップはね、目に入った部分だけを見ていればいいんだと思う。この写真集は、現代のタイの人たちにも見てもらいたいなと、現地の人の感想を聞いてみたいね。

──ありがとうございました。森山さんの精力的な活動を見ているとこちらも元気が出てきます。

森山 だってさ、他に面白いことないじゃない。ごちゃごちゃした街に入っていって写真を撮ることだけがいちばんワクワクできる。ゴールデン街も飽きたしさ、俺、酒飲まなくなっちゃったから。勝手なもんで。写真がつまんなくなって酒が面白くなるよりいいんじゃない(笑)。
(取材・文=上條桂子)

●もりやま・だいどう
1938年大阪府生まれ。高校在学中から商業デザイン会社に勤め、後にフリ-の商業デザイナ-として独立。1960年、22歳の時に写真家・岩宮武二のスタジオに入り、翌61年に上京。細江英公の助手となる。以後「カメラ毎日」や「アサヒグラフ」「アサヒカメラ」などで活躍。「アレ、ブレ、ボケ」と形容されるハイコントラストや粗粒子画面の荒々しい写真表現は60~70年代の日本の写真界に一石を投じた代表作に『日本劇場写真帖』(68)、『狩人』、『写真よさようなら』(72)、『光と影』(82) 『サン・ルゥへの手紙』(90)、 『Daido hysteric』シリーズ(93~97)、『新宿』(02)、『記録』シリーズ(72~)など。
オフィシャルサイト<http://www.moriyamadaido.com/>

THE TROPICS
1980 年~90 年にかけて、東南アジアで撮影されながらも未発表のままお蔵入りしていた写真を集めた写真集。人々の息遣いや臭いまでもが感じられる森山節炸裂の圧倒的で濃密な世界。リアルで過酷な日常、ダイナミックな生命力にあふれた二十 年前のアジアの姿。
定価:本体7,500円(税別)/講談社刊
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