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町山智浩の「映画がわかる アメリカがわかる」

アメリカ軍部が隠蔽した英雄の死と味方の誤射

■『THE TILLMAN STORY』

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 02年、9.11の悲劇を受けて、NFLのスター選手にもかかわらず、多額の契約金を蹴ってまで陸軍に志願したパット・ティルマン。だが、訓練を終えた彼は”アメリカの正義”を疑いつつも、祖国のために戦地に赴くことに。その結果、不幸にもアフガンで名誉の戦死を遂げた。ところがその後、彼の死が味方の誤射によるものだと調査部隊により発表されたのだ。国家への不信と隠蔽工作を疑うティルマンの親族は、軍の高官を公聴会に引きずりだしたが……。アミール・バーレヴ監督のドキュメンタリー映画。※日本での公開予定はありません。

「バットは神になんか召されていない」

 アフガニスタンで戦死した兄パット・ティルマンの葬儀で、弟のリッチ・ティルマンは、列席した軍や政治、スポーツその他各界の名士たちに向かって、吐き捨てるように挨拶した。「兄貴は宗教なんか信じちゃいなかった。あんたらがどんなに彼を聖人にしたてようとも、兄貴はただ死んじまっただけだ!」

 そして彼は泣き崩れる。ドキュメンタリー映画『ティルマン・ストーリー』に集められた数々のフッテージのなかで最も強烈で、最も悲痛な映像だ。

 戦場に行く前、パット・ティルマンはNFLアリゾナ・カージナルズのスター選手だった。しかし、2001年9月11日に同時多発テロが起こり、アフガンにアメリカが攻撃を開始すると、彼は祖国のために戦おうと決意した。そして、カージナルズから提示された次期の契約金360万ドルを蹴り、02年5月に陸軍に入隊した。
 
 全米が驚いた。政治家やマスコミは「お国のために戦おう」と呼びかけていたが、自ら戦場に行く有名人は誰もいなかったからだ。ティルマンは入隊について取材を一切受けなかった。戦意高揚プロパガンダに利用されるのを嫌がったからだという。

 レンジャーとしての訓練を終えたティルマンの、最初の任務はイラク侵攻。「行きたくない」と彼は周囲に漏らしていた。「俺はアメリカを攻撃したタリバンと戦うために軍隊に入った。でも、イラクはテロと関係がない」。ティルマンはブッシュ政権のやり方に疑問を持ち、ノーム・チョムスキーの政治的著作を読むようになった。

 バグダッド陥落後、ティルマンはアフガンに派遣されたが、04年4月22日、家族の下に戦死報告が届いた。タリバンの待ち伏せにあって撃たれたという。

 軍はティルマンにシルバースター(勇敢な戦闘を讃える勲章)とパープルハート(戦闘での死傷者に授けられる勲章)を授与し、陸軍葬を行った。列席した軍関係者や政治家たちは挨拶の中でティルマンを「愛国者」「英雄」と讃え、「神を愛し」「神に召され」と「神」を連発した。軍や政府だけでなく、保守系コメンテーターたちもテレビでティルマンを「キリスト教とアメリカ政府を信じた愛国者」へと祭り上げようとした。それで冒頭に挙げた弟の「兄貴は宗教なんか信じてなかった」発言が飛び出したのだ。

 実は、それよりももっと悪質なデッチ上げが進行していた。葬儀から数週間後、遺族は驚くべき事実を知らされた。ティルマンを殺したのはタリバンではなく米兵だったというのだ。

最終更新:2010/10/30 15:30
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