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佐々木俊尚の「ITインサイド・レポート」

最後に勝つのは、実はアマゾンか?ハードベンダーの限界を見据える

【サイゾーpremium】より

進化の歩みを止めないIT業界。日々新しい情報が世間を賑わしてはいても、そのニュースの裏にある真の状況まで見通すのは、なかなか難しいものである――。業界を知り尽くしたジャーナリストの目から、最先端IT事情を深読み・裏読み!

「アップル神話」に陰りが見え始めたと、囁きあう声が聞こえてくる──。最近、アップルの株価が急落した。一時は時価総額世界1の座にまで就いたものが、どうしたのだろうか? これには、同社だけに限った話ではない「ハードベンダーの限界」という問題が密接に関わっているのだ。アップルの株価が急落している。2012年9月の最高額から4割近くも下落したというから尋常ではない。

 アップルのティム・クックCEOはこの原因について、市場の不振に加え、MacとiPadの「共食い(カニバル)」があったと説明している。つまりパソコン市場が縮小して、タブレットに食われている。それがアップルの中でもMacからiPa dへの移行として表れているのだという説明だ。

 クックはこうも発言している。

「カニバルは数字はマイナスだが、大きなチャンスでもある。われわれの基本方針はカニバルを恐れないということだ。もしカニバルを恐れれば、ほかの企業がその部分に食らいついてくる」

 これは正しい認識だ。これまでもさまざまな企業が、自社内でのカニバルを避けるために新しい市場創出を尻込みし、結果としてその先の市場を他社に奪われてしまうというようなことを引き起こしてきた。それに対して、自社の製品が売れなくなる可能性も承知で、タブレットやスマホの市場創出に向かっていったアップルはあっぱれというしかないし、Macの売り上げが落ちていることを悲観材料にする必要はない。

 しかし一方で、この先のアップルがどうなるのか? を考えると、かなり厳しいともいえる。なぜならハードベンダーであるアップルは、常に新製品によってイノベーションを繰り返していく必要があるからだ。

 アップルはiPhoneとiPadによって、スマホとタブレットという、これまで存在しなかった新しい市場を創出した。これは素晴らしいイノベーションだ。しかし一方で、いったん作られた市場はどんどん進化し、拡大し、それまでの製品をコモディティ(日用品)化していく。サムスンやHTCなどの追い上げでAndroidをベースにした安価な機器が大量に投入されていくと、アップルの製品は高級さやデザインの良さでは相変わらず他社の上を行っているとはいえ、市場全体でのシェアは当然ながら低下していく。

 すでに先進国のスマホ市場は飽和してきていて、今後期待される市場は中国やインド、東南アジアなどの新興国に移ってきている。ところがこういう市場では、iPhoneやiPadのような高価な製品はなかなか売れない。Androidベースの安価な韓国製、台湾製のスマホのほうが、圧倒的に競争力が高いのだ。そしてこういう新興国市場に今一番食い込んでいるのが韓国のサムスンで、世界市場全体では同社の市場支配力がどんどん高まっている。

 実際、12年の第4四半期の数字を見ると、サムスンのスマホ販売台数は6300万台とトップで、アップルより1500万台あまりも多かった。市場シェアではサムスンが29%でアップルが22%。この差は、徐々に広がってきている。これは明らかに新興国マーケットに主軸が移ってきていることの表れだ。

 アップルはサムスンなどに対抗するため、廉価版のiPhoneを出すのではないかという噂もある。真偽は定かでないが、高級イメージのブランド戦略で戦ってきたアップルが、サムスンと同じような安価なブランドイメージに対抗して果たして大丈夫なのか? という懸念もある。

 これはハードベンダーが成長して巨大化していくと必ず抱えてしまうジレンマで、アップルとしては難しい選択になるだろう。iPhoneやiPadの先にさらに先進的な製品を出し、ユーザーを惹きつければいいのだが、そんなことはジョブズが生きていたってそう簡単ではない。

■革新性がなくてもいいグーグル、アマゾンの強み

 そもそも、イノベイティブなハードウェアを出し続けなければならない、というところに無理がある。

 例えばグーグルやアマゾンに、革新的な新製品を期待している人はいない。それぞれNexus 7とKindle FireというAndroidベースのタブレットを出していて、よく作り込まれていて速度も速く、使いやすい製品だが、ものすごく先進的というほどではない。しかしだからといって、この2社がタブレットの革新性のなさを批判されることはあまりない。

 なぜなら、2社がハードベンダーではないからだ。アマゾンはオンラインショッピングと電子書籍、それにクラウドサービスが本業。タブレットを売っているのは、その販売で儲けるためではなく、そのタブレットを使って電子書籍を読んだり、オンラインショッピングしてもらうことを狙っているからである。広告が本業であるグーグルは、Androidのモバイルデバイスが普及し、それで人々がブログを読んだり音楽や書籍や動画を楽しみ、SNSのGoogle+を使うようになれば、そこにさまざまな広告を付与できる可能性が高まるという未来像を描いているとされる。Nexusシリーズのタブレットやスマホを販売しているのは、それらの安価なハードウェアによってユーザーのデバイス体験をより増やしていきたいという狙いがあるからだ。

 だからグーグルにしろアマゾンにしろ、販売すべきタブレットやスマホは高級品ではなく、安価で使い勝手の十分に良いもの、という結論になる。実際、両社の製品は非常に戦略的に安い価格で販売されている。そして確かに、売れている。アマゾンやグーグルの優位性は、ユーザーを囲い込むことによって持続可能なシステムを作り出しているところにある。両社がやっているのは、ユーザーが「アマゾン”の”モノを買う」「グーグル”の”コンテンツを観る」ということではなく、ユーザーが「アマゾン”で”モノを買う」「グーグル”で”コンテンツを観る」行動を取らせているということ。つまりは、ユーザー体験の基盤であるプラットフォームを作っているのだ。

 もちろん、アップルもプラットフォーマーだ。iPhoneやiPa d上に垂直統合されたiTunes Storeを通じて、人々は音楽を買い、映画を観、アプリを利用する。しかし問題は、アップルの今の収益構造では、プラットフォームビジネスはあまり大きな割合を占めていないということだ。アップルのiTu nesからの売上高は10%程度でしかない。大半をiPhoneとiP ad、それにMacというハードの売り上げが占めている。特にこの4年ほどの間にiPhoneとiPa dが急成長したため、売上高の6割ぐらいをこの2つが占めるようになり、依存度は急速に高まっている。

 これは素晴らしい結果だが、同時に将来への大きな不安材料である。常に革新的な製品を出し続けなければ、ハードの売り上げはいつかは縮小していく。プラットフォームが囲い込むビジネスのような持続性はハードの世界には乏しい。

 そう考えれば、オンラインショッピングの入口出口をがっちりと握って収益力も高く、同時に「囲い込み」力もきわめて高いアマゾンが、最終的な覇権を奪う可能性が高いのではないか。私は最近、そう考えている。

【佐々木が注目する今月のニュースワード】

■BEACON LOUNGE
赤坂にできた「ビジネスコンビニエンスラウンジ」というコンセプトのカフェ。理容室を併設し、ズボンプレスやスチームアイロン、電源なども無料。ビジネスマンのノマドワーキング向けに、こういう店が今後増えそう。

■鯖江市
行政データをXML形式で提供することを決めた福井県鯖江市。北陸の小さな街だが、メガネの製造では世界的に有名で、IT政策にも非常に力を入れている。オープンガバメント的な方向に日本の自治体がここまで踏み込むのは初めてで、今後注目。

■アーロン・シュワルツ
プログラマーであり、インターネットの活動家としても常にその言動が注目されていた26歳のアメリカ人。検察庁などの不当な訴追を苦に、1月に自殺した。ネット犯罪の捜査や訴追のありかたについて、アメリカで大きな議論に。

佐々木俊尚(ささき・としなお)
1961年生まれ。毎日新聞、アスキーを経て、フリージャーナリストに。ネット技術やベンチャービジネスに精通。主な著書に『電子書籍の衝撃』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『キュレーションの時代』(ちくま新書)、『「当事者」の時代』ほか。

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最終更新:2013/02/25 14:36
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