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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.252

“食べることと、ただ殺すことはまるで違う!”レース未勝利馬の数奇な運命を追う『祭の馬』

umanomatsuri02.jpg震災を生き延びたミラーズクエスト。ほかの被災馬たちと共に、避難所となった馬事公苑でひっそりと暮らすことに。

 笑いごとではない。ミラーズクエストは大津波をサバイブし、仲間の馬たちが次々と餓死していく悲惨な状況を何とか耐え凌いだものの、傷を負ったペニスが細菌感染によって肥大化してしまったのだ。神経が麻痺して、どうやら元には戻らないらしい。「同じ男として他人事とは思えなかった」と松林監督は厩舎の清掃を手伝う傍ら、ミラーズクエストをカメラで追うようになる。松林監督はミラーズクエストの大きくなった男性器を見て、福島第一原発3号機が爆発したときのキノコ雲を連想したという。スクリーン上に並ぶ、腫れ上がった馬のペニスと不気味なキノコ雲。原発事故が人間だけでなく自然界全体の生態系に大きな影響を及ぼすことを訴えた、あまりにも痛々しくブラックすぎるモンタージュを松林監督は盛り込む。

 震災を生き延びたミラーズクエストたちだったが、原発から20km圏内の経済動物は殺処分するようにと県からの要請が届く。しかし、ここで馬主の田中伸一郎さんは頑なに拒否する。肥育馬として体が大きくなったら屠殺される運命にあったミラーズクエストだが、被災馬となったことから食肉にすることができなくなった。内情を知らない部外者は、食用として屠殺するのと殺処分するのにどう違いがあるのかと思ってしまうが、“馬喰”と呼ばれる職業に就く田中さんからしてみれば、それはまるで違うことなのだ。肥育馬は食べられるために生きているのであって、ただ殺されるために生きているのではない。そこには大きな違いがある。「生きているものをただ殺すわけにはいかない」という田中さんの言葉がずしんと響く。食肉産業に従事する馬主の葛藤と矜持を伝える重要なシーンとなっている。

 被災馬となったことで皮肉にも生きながらえることになったミラーズクエストだが、収入の当てを絶たれた馬主の生活は苦しい。南相馬市は地元の祭「相馬野馬追」に参加する伝統行事馬として扱う特例を認めてくれた。市内の馬事公苑で、ひっそりと避難生活を送るミラーズクエストら被災馬たち。しかし、ここも彼らにとっては決して楽園ではなかった。放射性物質が含まれた草を食べないよう放牧が禁止され、狭い馬房での生活を強いられる。ストレスからか、病気で亡くなる馬が相次ぐ。そんな不健全な状況を見かねて救いの手を差し伸べてくれたのは、馬の産地として有名な北海道日高市だった。フェリーに乗ったミラーズクエストたちは北の大地へと降り立つ。草原へ放牧され、野を駆け巡る馬たちが美しい。生命力に溢れた馬たちの躍動感がスクリーンいっぱいにみなぎる。馬房の中で哀しげな表情を浮かべていた姿はそこにはなかった。北海道での伸び伸びとした生活によって、ミラーズクエストのあの腫れ上がったままだったペニスは元のサイズに戻っているではないか。馬は環境に左右される、とてもナイーブな生き物であることが分かる。

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