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韓国で異例の大ヒット『チスル』公開記念監督インタビュー

韓国現代史・最大のタブー 済州島4.3事件から考える、「被害者」と「加害者」の不確かな境界線

DSCF0088.jpgオ・ミヨル監督

 もちろん、韓国政治に向けたメッセージという意味もあります。もともと4.3事件は、権力による犠牲という側面が強い。だから当然、政府は隠蔽しようとしてきた。金大中政権、盧武鉉政権になってようやくオープンになりましたが、李明博政権以降、つまり保守政権に戻って、またこの事件が埋もれようとしています。済州島民に“暴徒”という濡れ衣を着させようということもありました。済州島の人間として、非常に危険を感じたのも事実。そういうさまざまな思いが重なって、映画にしようと思ったのです。

――映画を観ると、まず映像美に驚きました。また、劇中に映し出される洞窟は、当時逃げていた島民が実際に身を隠していた場所だと聞きました。

オ監督 私は『チスル』以前から、済州島で映画を撮影してきました。済州島の空間や空気感、その場所が持つ意味というのが、あまりに大きいことを感じていたからです。なので『チスル』でも、セットを使った撮影を最大限に避けました。実際の洞窟で撮影したのもそのため。空間も俳優なんです。済州という島には、風という俳優、波という俳優がいます。そういう場所が持つ意味が、とても大切な価値を持っている。

 映像に関しては、済州島がもともと美しいという点に尽きます。誰でも写真を撮れば、上手に撮れますから(笑)。絵コンテはほとんど描かず、朝、現場に行ってから感覚で決めました。ありのままの済州島が美しいから、できたことだと思います。

 でも、済州島が美しいからこそ、『チスル』はモノクロにしました。韓国の一般的な人は、済州島に「美しい場所」というイメージがあります。でもその美しさの裏に隠れている、悲しい物語を見ようとはしません。美しい景色で終わってしまうのです。そうならないように、人間が何かを美しいと感じる感覚の中で、最初に目に入る色を抜いたんです。

――済州島の美しさと対照的に、残虐行為も描かれます。ただ、4.3事件の映画ということで虐殺シーンが多いだろうと勘繰っていましたが、思ったより少なかった印象もあります。

オ監督 確かに4.3事件を描くときに、虐殺シーンは意識せざるを得ない部分です。一般的に虐殺事件を語るときに、“何十万人”“何万人”という言葉をよく使いますよね。でも、『チスル』では、そういう抽象的な数字ではなく、生々しく具体的な個々人が亡くなった事実を重視しました。犠牲者数が多いから事件が大問題なのではなく、ある個人が権力によって殺されるということが、この事件の真の恐ろしさだと思います。結果として、映画がミニマムになってしまうかもしれない。でも、物語を持つ一人ひとりの人間が殺され、結果的に数万人も亡くなってしまうということを一番伝えたいと思いました。

 それは、作品を通して亡くなった一人ひとりの魂を少しでも癒やしたかったから。この作品のテーマの一つは、犠牲者を慰霊すること。だから、作品自体をチェサ(祭祀=韓国の法事)形式で作りました。先にモノクロにした理由を述べましたが、韓国で法事を行うときは色物の服を着ないということも意識しました。

――『チスル』は実際の事件を扱った作品ですが、あまりその歴史的背景が語られていないように思います。何かこう、考えさせる空白があるというか……。

オ監督 この映画を見ると、歴史映画でありながら、歴史的な背景についてはほとんど触れず、不親切な映画だと思います。そして、なぜ島民は殺されなければならなかったのか、なぜ死ななければならなかったのかという説明もほとんどしていません。

 4.3事件の本質は、イデオロギーによって多くの人が犠牲になったというところにあると思います。でもこの事件に再び照明を当てるときに、イデオロギーの問題として語るのではなく、人間の問題として語るべきだと思いました。権力によって、誰にでも起り得る悲劇であること。自分自身とかけ離れた問題ではないということ。そんなことを伝えたかった。だから歴史的背景やイデオロギーをなるべく省いたんです。

 4.3事件を人間の問題として見ると、亡くなった人だけが犠牲者ではないことに気づくはずです。当時、命令のために動かざるを得なかった韓国の軍人たちも、殺人を強制された面があると思います。人間の問題として、向き合うまなざしが必要だと考えました。

――劇中、殺戮に反対する軍人を登場させたのは、そういった視点を持たせるため?

オ監督 それは違いますよ。決して意図的ではなく、良心を持った軍人もいたという歴史的事実です。実際に軍隊から脱走して、街に逃げてきた軍人もいたんです。あまりに残酷なこと、不幸なことが多すぎて、これまで軍人の善行や優しさは見えずに隠れていたと思います。済州島でも、軍人はみんな“悪人”と考えてきました。でも、もしかしたら彼ら軍人も、殺害したくてしていたのではないかもしれない。加害者であり、被害者であったのではないでしょうか。

――終戦後の分断が4.3事件に関係しているとすると、日本ともつながりのある事件だと思います。映画でも日本に触れるシーンがありますよね。

オ監督 歴史の話になると、韓国ではいつも日本が加害者です。韓国で暮らしていると、日本が加害者という感覚は一生変わることがないとも感じます。でも、私には一つの転機がありました。それは、何年か前に九州で、第二次世界大戦後の日本に関する演劇を見たこと。タイトルも覚えていないし、日本語での公演だったため詳細はわからなかったんですが、どうやら劇中で彼らは自分たちを慰労していた。私はそれを見て、戸惑い、驚きました。というのも、彼ら日本人が慰めるべき相手は、韓国人ではないのかと思っていたからです。でも時間がたって考えてみると、日本人も被害者だったということを理解できました。

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