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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.297

入江悠監督のメジャーでの所信表明『日々ロック』たった一人の聴衆に捧げる屋上ライブの愚直さ

hibi_rock02.jpg『パズル』の野村周平、『桐島、部活やめるってよ』の前野朋哉、黒猫チェルシーのドラマー・岡本啓佑が“ザ・ロックンロール・ブラザーズ”を結成。

 入江監督とは『劇場版 神聖かまってちゃん ロックンロールは鳴り止まないっ』(11)ですでにタッグを組んでいる二階堂ふみは、今回のアイドル役を実に楽しそうに演じている。「雨あがりの夜空に」を熱くシャウトした後は、宇多川咲としてのオリジナルナンバー「サンライズ」「ラブリーサマータイム」をポップに歌い上げる。カワイイということは、それだけで充分にメジャーたりえる価値があるようだ。園子温監督の『地獄でなぜ悪い』(13)でコミカルな魅力を、熊切和嘉監督の『私の男』(14)で妖しい美しさを披露した二階堂ふみが本作でまたまた新しい顔を見せる。酒乱で凶暴という破壊願望丸出しなアーティストとしての一面をさらす一方、ステージを降りてひとりぼっちになった彼女の素顔はとてもナイーヴで、ちょっとした衝撃でバラバラに壊れてしまいそうな弱々しい女の子でしかない。メジャーとインディーの狭間で揺れる人気アイドル・宇多川咲は、今の二階堂ふみにぴったりの役だろう。

 宇多川咲は天使なのか悪魔なのか? 女性偏差値が限りなくゼロに近い日々沼にとって、宇多川咲はまるで遠い星からやってきた異星人のような存在だ。でも、そんな宇宙人、いや宇多川咲とコンタクトできる手段がある。それがロックだ。消耗品であるアイドルは寿命がとても短いことを自覚している咲は、ロックバカの日々沼に「私のために曲を書いて」と頼む。日々沼にとって初めてのオファーであり、ザ・ロックンロール・ブラザーズがメージャーシーンと接点を持つ絶好のチャンスだった。だが、そのことが原因で、バンドは解散の危機を迎える。みうらじゅん原作、田口トモロヲ監督によるロック映画の金字塔『アイデン&ティティ』(03)の中で、ヒロイン(麻生久美子)は主人公の中島(峯田和伸)に「君は私のことをマザーだと思っているでしょ? でもマザーって、君が思っているような安定型じゃなくて破滅型と隣り合わせなんだよ」と静かにすごんで見せた。宇多川咲も日々沼にとって単に美しく、創作意欲を掻き立ててくれるミューズではない。女とは、男に多大なる試練を与える邪神、魔神でもあることを『日々ロック』は描いている。

 邪神、魔神、宇宙人でもかまわない。自分の曲を、自分たちの演奏を初めてちゃんと聴いてくれた宇多川咲に、今の想いをすべてブチまけた曲を捧げたい。遠い世界へ旅立とうとする彼女のためだけに、日々沼は新曲を演奏する。ギャラリーは咲以外は誰もいない。強風と豪雨が吹き荒れる悪天候での屋上ライブだ。それまでのぐだぐだ、うだうだぶりの一切合切が、この屋上ライブで一気に反転する。自分自身の才能のなさに対するコンプレックス、成功者に対する妬み、生きていくことの息苦しさ、夢を見続けることの耐えがたい重み……。そういったすべてのネガティヴな感情を全部プラスに転じて、日々沼は絶唱する。たったひとり、咲だけに届けばいいと願いを込めて。それは、絶望というとても深い暗黒の淵に架ける、小さな小さな頼りない橋だった。

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