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亀田誠治にアイドルプロデュース待望論? 万能型音楽クリエイターの遍歴を辿る

【リアルサウンドより】

 亀田誠治は東京事変のベーシストとしても知られているが、もちろん元々は音楽プロデューサーとして数々の優れた仕事を行っていた人物である。そもそも彼が東京事変に参加することになったのも、バンド結成前から椎名林檎の初期作品でアレンジャーを務めていたという経緯によるものだ。付け加えておくと椎名林檎の楽曲は1998年のファーストシングル『幸福論』から2000年の『罪と罰』まではすべて亀田がアレンジを担当しており、同じく全曲アレンジを担当した『無罪モラトリアム』『勝訴ストリップ』という2枚のアルバムはどちらもミリオンセラーになっている。その後、椎名林檎は3枚のアルバムを出しているがこれだけの売り上げを稼いではいない。もっとも、彼女は最近「CDはもうダメ」と語っており、たしかに今年出たアルバムは初週販売枚数4.2万枚という結果になったので、売り上げ不振はプロデュース陣がどうこうという問題ではないのかもしれない。

 話がそれたが、ともあれ亀田が椎名林檎の仕事で名を馳せて、それ以降に多くのJ-POPミュージシャンからラブコールを受けるようになったのは間違いない。とはいえ彼がそれ以前にやっていたのはアイドルや声優の楽曲である。彼が編曲やアレンジの仕事をするようになったのは1989年からなので、いわば彼はアイドル冬の時代にして声優オタク文化が社会的にあまり好ましく思われていなかった時代を支えてくれた重要な作家である。相手もCoCo、西田ひかる、観月ありさ、チェキッ娘、櫻井智、椎名へきる、国府田マリ子など、いずれも楽曲に定評のある者ばかりだし、実際に彼が担当した楽曲を聴くと理論派の彼らしい、ジャンルを自由に横断する面白さのある楽曲を作り続けている。

 90年代といえばもうひとつ、渋谷系のような過去楽曲への参照性のある曲作りが全面的になった時代で、亀田はバンドとして登場したわけではないが、似たような志向性を強く感じさせる。90年代中盤以降、渋谷系を担った作り手たちが声優などのプロデュースへと流れていったのともパラレルなものだと思わせる。そんな彼が椎名林檎と出会ったのは時代の必然というほかない。アイドル文化にもつながるキャラクター性の重視と演劇的な演出、過去のカルチャーに対する参照性の高さなどが90年代後半のディーヴァ系の台頭と結びついて、彼は見事にヒットを飛ばしたようだ。その後、亀田は深い音楽的知識を持つプロデューサーとして、またはチャーミングなベーシストとしてJ-POPのメジャーシーンに迎え入れられ、ヒット曲の構造について分析的に語る姿もよく見られるようになった。しかしだからこそ、個人的には今こそよりハデにアイドルのプロデュースもやってくれたら面白いことになりそうだと思う。90年代から培ったジャンル横断性、越境性をいま全面展開してあらゆる場所で活動することが、音楽シーンの閉塞を越えてくれる……と思うのは、穿ちすぎだろうか。

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