【近親相姦】8歳で父親に強姦され、性に目覚めて… 8人の赤ん坊を殺した女=仏
■父親を男として愛してしまったドミニク
なにも理解できなかった子供の頃は、嫌悪感もあった父親とのセックスだが、次第にドミニクは快感を得るようになり、父親を男性として愛するようになった。警察の取り調べに対して、ドミニクは「父親との性交渉は合意のもとで行っていた」と断言し、「夫よりも父の方を愛していた」と語った。
しかし、どんなに愛していても実父の赤ん坊を出産することがこの上なく恐ろしい罪であることをドミニクは知っていた。また、父との関係を隠している夫や子どもたちとの生活を壊すだろうと恐れた。ドミニクは取り調べで、「最初に父の子を妊娠したと確信したのは1989年のことだった」と供述。体重130kg近いかなりの肥満体で巨体だったドミニクは、妊娠していることを隠し通せたとのこと。夫も子どもたちも近隣住民たちも、看護助手として働いていた病院の同僚も医師も、誰ひとりとして彼女が妊娠しているとは思わなかった。あっという間に臨月をむかえ、産気づいたドミニクは一人で赤ん坊を出産。産んだらすぐに殺そうと、遺体を入れるビニール袋を用意していた彼女は、元気に生まれてきた男児の顔をシーツで覆い、窒息死させた。そして計画通りビニール袋に入れ、クロゼットの奥に押し込み父親に連絡した。そして父親と共に、赤ん坊の遺体を家の庭に埋めた。
意外と誰にも気がつかれなかったと安心したのか、ドミニクはその後も避妊せず父親とセックスしまくり、再び妊娠。また臨月になるまで放置し、てんかん発作の治療で入院していた病院で産気づき、病院の女子トイレで出産した。産声を聞かれるとまずいと思った彼女は自分の体内から出てきた赤ん坊の首をキュッと絞めて殺害。ビニールシーツとタオルで遺体をぐるぐる巻きにし、入院していた部屋のクロゼットの中に入れ、なに食わぬ顔でいた。遺体は退院時にバッグに入れて持ち帰り、父親と一緒に庭に埋めた。
■赤ん坊を殺すことがある意味避妊
その後、ドミニクは父親の子だと思われる赤ん坊を6人出産し、全員殺して埋めているのだが、いつ、どこで出産し、どのように殺害したかは記憶があいまいだと供述している。釈放中に地元の新聞紙の取材に応じたドミニクは、「殺した赤ん坊には名前すらつけなかった。最初に殺した赤ん坊は男の子だと確認したけど、ほかの赤ん坊は顔すら見なかった。でもゴミ袋に入れた遺体がどんどん冷たくなっていったので、ブランケットをかけてあげたのよ」と語っている。なお、最後の出産は2000年だったそうで、父親が亡くなる2007年まで近親相姦は続いたという。
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