日刊サイゾー トップ > エンタメ  > 日本のノワール映画は“エグいジャパンクール”ーー菊地成孔が『木屋町 DARUMA』を読み解く

日本のノワール映画は“エグいジャパンクール”ーー菊地成孔が『木屋町 DARUMA』を読み解く

各キャストの演技について

 「やりすぎ」の体現者は、原作者もそうでしょうし、監督もそうでしょうが、まずはなんといっても俳優でしょう。

 主演の遠藤憲一さんはそもそも濃厚な顔立ちなので、これまでの映画の中ではそれほどオーバーアクトをしてこなかったと思うんですよ。ちょっと睨みを利かせるだけで充分に怖いから。ところが今作では「俺がオーバーアクトしなけりゃ誰がやる」という勢いで、完全にアヴェレイジ突破の凄まじい怪演を見せている。

 遠藤さんは役者としても、個人としても大変素晴らしい方だと信じた上で、ディスではなく断言しますが、遠藤さんは「グロテスクでエグい表情」をやってはいけないんです。何故か? 雨上がり決死隊の宮迫博之さんにシュミュラクラ(簡単に言うと「似ている」「見えてしまう」こと)を起こしてしまうからです。

 目をひんむいてヨダレは流すは、糞尿は垂らすは、セクハラはするは、怒り狂うは……とにかくすごい迫力で、途中から宮迫さんとのオーバーラップと闘う事になりました。寺島進さん演じる債務者の家に文字通り「転がり」込んで、はいつくばり、のたうちまわり、傍若無人の限りを尽くす様は、世の中にこれほど悪質でグロテスクな借金取りの方法があるのかと驚くばかりで、しかもこれが実話ベースだというから衝撃的です。

 しかし一方、これは演者同士のアンサンブルなのかも知れませんが、舎弟である坂本健太役を演じた三浦誠己さんは、非常に良かった(遠藤三が悪い訳ではない。悪いも良いも無い位凄まじいので)。彼はこの映画のもう一人の主人公ともいえる役柄で、キャリアの中で培った余裕が感じられる、素晴らしい演技を披露しています。単なる抑えた演技でもない、静かな中にあらゆる複雑な感情が(劇中、最も複雑な感情を持つのが彼であることは間違いありません。だって、どんな仕事よ)、少ない台詞と、軽妙と言って良い程の軽い動きの中で、雄弁に伝わって来ます。 

 氏を含め、脇を固める人たちはみんなすごく上手なのですが、ほとんどの人が『ガキ帝国』『岸和田少年愚連隊』などの大阪の不良映画でデビューして、その後もVシネ一本槍というタイプの役者さんなのも、本作の興味深いところです。井筒和幸監督の大きな業績と言えるのではないでしょうか。この作品がある限り『ゲロッパ!』は許す。としか言いようがありません。

 ただ、主人公の旧友であり組長である古澤武志を演じた木村祐一さんに関しては、これははっきりと明確にディスりですが、もうシリアスな劇映画に出ないほうが良いんじゃないかと思いました。

 周囲の人たちの演技が圧倒的に上手なのもあって、どうしても素人感が目立ってしまっています(すげえ主要な役ですし)。木村さんは、坊主で細目でヒゲも生やしている強面で、映画監督もしているし、お人柄も良さそうなので、ついつい、映画に出演させたら名脇役になるんじゃないか、と自動的に判断したのは、この制作チームの犯した致命的な失敗だと思います。

 繰り返しますが、氏の、コントの作家やダウンタウンの側近としてのお笑い芸人としては、未だに才覚は薄れていないように思うので、そちらに集中されるのが得策ではないでしょうか。

 吉本興業は、かつて映画産業に参入しようとして木村祐一さんや板尾創路さん等「作家も出来る芸人に、がんがん映画を撮らせる」という、映画界参入計画に頓挫し(まあ、まだ続いてるんですけどね沖縄で。と、これ以上書くと、当連載が実話ナックルズになりそうなので自粛しますが)、結果としてテレビタレントさんに映画の制作費を与えてしまったのですが、残念ながら惨憺たる物です。

 映画の学校を出て、才能があり、映画を撮りたい一心でクラウドファウンディングを行っている人が数多くいる世界で、お笑い芸人に、出来高と関係なくポンと映画を撮らせ、上映するのはかなりの悪徳です。いまはネットで毎日いろんなニュースが出てくるから、過去のこともすぐに忘れてしまいがちですが、「木村祐一監督作品」の存在を我々は忘れてはいけません。

 もうひとつの「やりすぎ」は、正に歌舞伎、「血糊の量と勢い」です。さっき近松の歌舞伎に例えたばっかりの口で言うのもなんですが、こういう映画は作っているうちにスタッフも興奮してトランス状態になってくるのでしょう。ラストに向け「これじゃ懐かしの80年代。スプラッター映画だよ」というほど血を噴きます。

 債務者の娘である不幸な少女を演じた武田梨奈さんは、主人公2人を、鯨漁利用かと思われるほどの厚身の長刀で一気に(文字通り)串刺しにします。

 その設定自体は素晴らしいんだけど、そのあとの血糊の扱いが、「ちょっとお(笑)」というぐらいやりすぎで、刺された男が口から溢れ出た血を彼女の顔に、グレートムタみたいに噴きかけるわ、シャワー状に吹き上げるわ、まったくリアルではありません。完全な大歌舞伎です。ラストに向けて、花火みたいにドカンドカンやりたくなってしまったのだと思います。

 次回扱う、韓国ノワールの『無頼漢』なんて、出血シーンは100ミリリットルに満たないです。その代わり、犯人宅に突入する際、刑事が金属バッドを握ってたり、テキに馬乗りになって、ダイヤル式の黒電話で顔に青あざができるほど何度も何度もゴンゴン殴るのは、暴力として震え上がる程リアルだし、ホントに恐怖心を煽ります。

 それに比べると本作のバイオレンスシーンは、これぞクールジャパン爆発といえるのかもしれません。せっかく「木屋町という京都の美しい街に流れる、清流に、地の底を這って来た男2人の、毒のような血が流れ、しかし、それも清流は清めて行く」という本当に素晴らしい設定があるのに、そのまえに笑っちゃってるので(笑)ちょっと残念でした。でも、しつこいようですが、それが歌舞伎かも知れないですね。

 監督もキャストも「まさか映画館で上映出来るとは思ってなかった。こんな強烈な映画」と口を揃えるのですが、全然そうでもないです。「タイトルでさえ、マスメディアでは言えないんですから」なんて言ってるんですけど、別に「ダルマ(四肢欠損者)」をタイトルに入れる必要性もなし、ほかのタイトルにすれば、もっと広く訴えかけることができたかもしれない。志の高い良い映画なのだから、全国ロードショー目指しても良いと思いました。何せ、ジャパンクールなのだから。

1234
ページ上部へ戻る

配給映画

トップページへ
日刊サイゾー|エンタメ・お笑い・ドラマ・社会の最新ニュース
  • facebook
  • twitter
  • feed
特集

【4月開始の春ドラマ】放送日、視聴率・裏事情・忖度なしレビュー!

月9、日曜劇場、木曜劇場…スタート日一覧、最新情報公開中!
写真
インタビュー

『マツコの知らない世界』出演裏話

1月23日放送の『マツコの知らない世界』(T...…
写真
人気連載

山崎製パンで特大スキャンダル

今週の注目記事・1「『売上1兆円超』『山崎製パ...…
写真
イチオシ記事

バナナマン・設楽が語った「売れ方」の話

 ウエストランド・井口浩之ととろサーモン・久保田かずのぶというお笑い界きっての毒舌芸人2人によるトーク番組『耳の穴かっぽじって聞け!』(テレビ朝日...…
写真