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橋口亮輔監督が傑作『恋人たち』で描く不安と絶望、そして微かな希望

 『恋人たち』と題してはいるものの、そこに際立つのはむしろ、愛する者の「不在」だ。とりわけ先の「冒頭で話し続ける」アツシには胸を引き裂かれるほどの深い哀しみが付きまとう。

 哀しみはいまだ癒されることはなく、他人の何気ない一言によって心をズタズタに切り刻まれることもある。人知を超えるほどの巨大な悲劇に見舞われた時、私たちは一体どうやって乗り越えればよいのか。主人公の心をいまもなお席巻する不安や絶望。それらが本当に苦しい。誰も守ってはくれない。彼を取り巻く社会は極めて無情なやり方で彼を社会の隅っこへと弾き飛ばしていく。この日本をとりまく「空気」は深刻だ。

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 『ぐるりのこと。』と同様、この映画には主人公たちを取り巻く人間関係や社会を通して、現代日本に充満する空気を映し撮ろうとする姿勢が貫かれている。

 その中でもアツシが橋梁の強度を確かめる仕事に従事しているという設定が、本作の寓意性を強めることになる。三面鏡のような群像劇の構造に、さらなる立体的な深みが加わったというべきか。彼は作業服を着て仲間と共に小型ボートに乗り込み、東京の高速道路の足元にあるコンクリートをハンマーで叩いて回る。そうやって反響する音に耳を澄まし、破損箇所がないか、それが後何年耐えられそうかを診断するのだ。

 このシーンには二つの意味が見てとれるだろう。ひとつはさながら深い傷を負った自らの心理構造へと降り立ち、ボートを静かに漕ぎ進めながら、自らの心の柱の強度を確かめるというもの。これは誰もが自己防衛のために自ずとやっていることなのかもしれない。もうひとつは、我々が生きる日本を支える深部構造をチェックするという意味合い。だからこそ彼が口にする「すべてぶっ壊れている!」という言葉は同時代を生きる我々にとっても非常に深刻なものとして重く伸し掛かってくる。

 ただ、本作は決して負の力に苛まれて終わるような脆い構造ではないのだ。人間の力を極限まで信じている。たとえば神懸かり的な「一匙」と言うべきか、本作は息の止まるほどの慟哭のシーンであっても、深刻なセリフの合間にサッと一瞬だけユーモアの光を挿し込ませることがある。この化学反応を受けて、観客の心には絶望ではなく、何かこそばゆくすら思える不思議な感情が芽生えてくることだろう。

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 Akeboshiの奏でる音楽も相変わらずいい。深く沈みがちな主人公たちのこころに、日が昇り、また暮れていくといった日常のささやかなリズムと、微かな祝福を注いでくれる。

 そうやってだんだんと視野が広がり、まるで精魂込めて花を育てるかのように、希望の気配がおぼろげに顔を出し始める。この映画は具体的な結末を描くことは無いが、かといって絶対に希望を放棄することもないのである。

 ちなみに『滝を見にいく』(14)、TVドラマ「天皇の料理番」(15)でも知られる黒田大輔(役名も黒田)が、ずっとアツシのことを見守っている善意のかたまりのような役を演じている。その役柄には片腕がない。きっと壮絶な過去を抱えているのだろう。でも終始ニコニコと菩薩みたいに笑っている。彼は言う。「俺はあなたと、もっと話がしたいよ」。何気ないセリフに思えるが、人を優しく包み込み、そして力強く救う言葉だ。

 きっと今度は、アツシが黒田のような存在になっていくのだろうなと、ふと思った。希望のともしびとはそうやって大切に受け継がれ、次第に強度を増しながら繋がっていくものなのかもしれない。

■牛津厚信
映画ライター。明治大学政治経済学部を卒業後、某映画放送専門局の勤務を経てフリーランスに転身。現在、「映画.com」、「EYESCREAM」、「パーフェクトムービーガイド」など、さまざまな媒体で映画レビュー執筆やインタビュー記事を手掛ける。また、劇場用パンフレットへの寄稿も行っている。
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■公開情報
『恋人たち』
テアトル新宿ほかにて大ヒット上映中
原作・監督・脚本:橋口亮輔(『ぐるりのこと。』『ハッシュ!』)
主題歌:「Usual life_Special Ver.」明星/Akeboshi
出演:篠原篤 成嶋瞳子 池田良 / 安藤玉恵 黒田大輔 山中崇 内田慈 山中聡 / リリー・フランキー 木野花 光石研
宣伝:シャントラパ/ビターズ・エンド 
配給:松竹ブロードキャスティング/アーク・フィルムズ 
製作:松竹ブロードキャスティング
©松竹ブロードキャスティング/アーク・フィルムズ
公式サイト

最終更新:2015/11/23 09:00
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