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『ヘイトフル・エイト』は何を告発するのか? タランティーノ最高傑作が描くアメリカの闇

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美術監督・種田陽平によるミニーの紳士服飾店図面(c)Copyright MMXV Visiona Romantica, Inc. All rights reserved.

 本作の山小屋を構築する横軸が「アメリカの地理」であるならば、縦軸は「アメリカの歴史」になるだろう。いつにも増してスーパーバッドな役柄のサミュエル・L・ジャクソンが、二挺拳銃による「無情撃ち」を披露し、血や肉を飛び散らせる銃撃シーンは、爽快感を超えてスプラッター的である。そこで起こる暴力的な出来事は、そのままアメリカで起こった、陰惨な暴力と復讐の歴史として描かれ、次第に明かされていく事件の真相部分では、先住民を迫害し土地を奪ったという、アメリカ合衆国のそもそものルーツまで暗示している。『ヘイトフル・エイト』が描いたものは、腐りきったアメリカの状況そのものであり、腐りきった暴力の歴史そのものである。ナチスドイツや奴隷商人達を批判してきたタランティーノは、今までの演出スタイルを応用し、ここではアメリカ全てをひっくるめて告発しているということになるだろう。こんな描き方で、アメリカの恥部を大きく語りきってしまう途方も無い娯楽作品が、かつてあっただろうか。ここに至って、タランティーノが本作を「最高傑作」と表現する意味が理解できてくる。

 なかでも凄まじいのは女性に対する暴力だ。賞金稼ぎと手錠で繋がれ、ことあるごとに殴られ続ける賞金首の女の姿は、男性優位社会のなかで結婚制度により男に繋がれなければならなかった、自主性を剥奪される女性の歴史の比喩となっているだろう。また、古い価値観の映画や文学のなかで、女は、男の都合良い目線による隷属的な存在として、もしくは男を悪の道に誘う悪魔として描かれてきた。だが、彼女はどんなに虐げられようと絶対に媚びようとしない。罪の無い者を殺戮してきたであろう悪党だが、悪党なりに尊厳を守りきるという痛快さを見せる。本作では、背後の美術を利用して、彼女の背に翼が生え、天使のように見える象徴的な姿が一瞬、映される。あらゆる陰惨な仕打ちが与えられ、悪魔として扱われた女であるからこそ、彼女は演出の中で祝福され、浄化されるのである。『ヘイトフル・エイト』が、悪魔的に絶望と退廃を描きながら、どこか暖かさを感じるのは、このような優しいまなざしが存在するからだ。

 最後に、劇中に登場する「リンカーンの手紙」について考えたい。20世紀アメリカで黒人文学の先駆者として知られ、「ブラックパワー」という言葉を作った黒人作家、リチャード・ライトは、ミシシッピの公立図書館で本を借りるとき、白人が書いたように見せかけた自作の紹介文を図書館司書にいちいち渡して、本を借りていたという。この「白人による紹介文」は、ある時代まで、アメリカのごく一部の黒人にとっての生きる知恵だった。本作に登場する手紙の中で捏造されるリンカーンの高潔な人物像は、真実の姿ではないのかもしれない。だが、キリストの人物像が分からなくとも、その教義が人々に信仰されているように、ここでのリンカーンの慈愛に満ちた人間性は、それが勝手に理想化された姿であるからこそ、アメリカという、血にまみれた地獄の窯のなかで最後に残った、かすかな希望として輝くのである。(小野寺系(k.onodera))

最終更新:2016/03/05 09:00
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