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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.373

記憶は思い出となり、やがて物語へ昇華していく。園子温監督が本当に描きたかった『ひそひそ星』

hisohisoboshi02『ひそひそ星』のロケ地は、福島県の浪江町・富岡町・南相馬市。アンドロイドの鈴木洋子は廃墟に宅配便を届けに向かう。

 鈴木洋子が何十年もかかって宅配便を届けに行く先となるが、福島の被災地だ。園監督は東日本大震災直後に『ヒミズ』(12)のロケを釜石で行なって以降、原発問題を正面から描いた『希望の国』(12)の撮影を福島で行なうなど、被災地に積極的に関わってきた。昨年公開された4作品の中で唯一のオリジナル作だった『ラブ&ピース』(15)の人々に飽きられたオモチャや棄てられたペットたちが一緒に暮らす下水道奥のユートピアは、福島原発事故によって無人化した帰宅困難区域を連想させるものだった。『ひそひそ星』では津波によって内陸に打ち上げられた船やところどころに廃墟が残る荒涼とした更地に、鈴木洋子は黙々と思い出を届けに行く。受け取るおじいちゃんやおばあちゃんたちには被災地で今も暮らす地元の人たちが起用されており、SF作品なのにドキュメンタリー的な味わいがある。園作品では『自殺サークル』(02)をはじめ、過激なバイオレンスシーンが描かれることが多いが、静謐さを極めた『ひそひそ星』は、かつてこの地でとんでもなく不条理な暴力が人々を襲ったという事実を我々の胸に突き付ける。

 鈴木洋子は被災地で暮らす人々に思い出を届けているわけだが、スクリーンの中に広がる被災地の光景もまた貴重な記憶である。多分、陸に上がった船や廃墟はもう撤去され、ロケ地は完全な更地となっていることだろう。園監督は風化して、のっぺらぼうとなっていく記憶を、人間の脳みその代わりにスクリーンの中へと取り込んでいく。かつて、この場所で人々が暮らしを営み、そこから数々の記憶が生まれ、人々が共有する思い出へと育っていった。被災地に通った園監督はそんな思い出を受け止め、物語へと昇華させていく。人間は記憶を、そして思い出を持つことで自身のアイデンティティーを保つことができる。思い出が積み重なることで、コミュニティーの歴史が作られていく。そして物語が奏でられる土地から、文化や文明が生まれていくことになる。園監督は感情を持たない女性型アンドロイドに、記憶を持つことによる心の痛みや温かさを体験させようとする。園監督は新しいスタートを切る大事な記念作を、耳を澄まさなくてはスルーしてしまうような、とてもミニマムな作品として完成させた。

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