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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.399

芸能界の荒波を生きるのんと主人公が重なり合う、戦時下における日常アニメ『この世界の片隅に』

konosekainokatasumini_02すずのことを気に入っているという周作のもとに嫁ぐ。戸惑いながらも、嫁ぎ先で新婚初夜を迎えることに。

 すずは毎日のように小事件を巻き起こすが、そんなすずの天然ぶりを夫の周作は気に入っており、嫁ぎ先の北條家でも笑いが絶えないようになっていく。食料事情は次第に悪くなるものの、すずは近所で野草を摘んでは代用食づくりに励み、ヤミ市に出掛けては縁日気分ではしゃぎ、砂糖の値段が高騰していることにヘコむ。そんなすずを中心にした慎ましい日常生活が、たまらなく愛おしく感じられてくる。だが、70年後の未来から戦時中にタイムスリップしている我々は、これからすずたちの身の上に降り掛かる恐ろしい出来事を知っている。すずのちょっとズッコケた日常生活がいつまでも続けばいいのに。そんな願いも虚しく、広島の街並みを詳細に再現したリアルさで、米軍による大空襲が描かれる。圧倒的な暴力がスクリーンを覆い、そこにはすずを育んできたファンタジー要素が顔を出す余地はまったくない。すずが懸命に築いてきた日常生活はあっけなく破壊されていく。

 すず役を演じたのは、本作が声優初主演となる、のん(本名・能年玲奈)。慣れない声優の世界に飛び込んだのんと、嫁ぎ先の北條家で悪戦苦闘する主人公すずの姿が重なり合う。周作との新婚初夜や幼なじみの水兵・水原(声:小野大輔)と同じ布団に入るなどセクシャルなシーンも用意されているが、すずが周作の職場にまで帳面を届けに行く1シーンが印象深い。帳面は急ぎを要するものではなく、いつも姑や小姑と顔を付き合わせているすずに街の空気を吸わせてやろうという周作の気遣いだった。そのことを知ったすずは、しばらく間を置いてから彼女らしい感情表現を見せる。「しみじみニヤニヤしとるんじゃ!」というすずのひと言から、所属事務所を独立し、ようやく待望の作品に出会えた新生のんの喜びが伝わってくる。

 戦時下の庶民の暮らしをディテールたっぷりに再現してみせた片渕監督は、アニメーション界の苦労人として知られている。日大芸術学部在籍中に宮崎駿監督が手掛けたTVシリーズ『名探偵ホームズ』(84)で脚本家デビューを飾り、「青い紅玉」「海底の財宝」などの名エピソードを生み出したが、途中から製作体制が変わってしまった。続く劇場アニメーション『NEMO/ネモ』(89)では高畑勲、近藤喜文、大塚康生ら熟練アニメーターたちのアシスタントを務めたが、完成した作品は片渕監督とは関係のないものになっていた。『魔女の宅急便』(89)は当初は監督に予定されていたが、宮崎監督が現場復帰し、演出補に回ることになった。世界名作劇場『名犬ラッシー』(96)でようやく監督デビューを果たすものの、長編アニメ『アリーテ姫』(01)はたびたび企画中止に追い込まれ、渾身作『マイマイ新子と千年の魔法』は予算がなく、まともに宣伝することができなかった。本人がいくら頑張ってもどうにもならない、ビジネス上の都合に振り回されてきた。

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