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言うことを聞かない母の頬を何度も平手打ち……50代独身男が経験した、ひとり介護生活の限界『母さん、ごめん。』

 そんな介護の経験から、松浦は、介護者本人が「可能な限り楽をする」ということの重要性に気づいた。「体験してはじめてわかったことではあるが、認知症老人の介護は、自分ががんばればなんとかなるような甘いものではなかった。介護をやり遂げるには、『公的介護制度をいかに上手に使い倒すか』という戦略性が必須だった」「『私が犠牲になってがんばればいい』では、介護する側もされる側も不幸になる。介護される側と同等、場合によってはそれ以上に介護する側をケアする必要がある」。失敗を経験したからこそ、松浦の気づきは説得力を持って読者に迫ってくる。

 ヘルパーやデイサービスの利用など、なんとか介護の体制を整えたものの、残念ながら平和な時間は長く続かなかった。母の病状は進行し、失禁の量は増え、満腹中枢が刺激されないことから過食状態になる。台所を引っかき回し、食べられるものをガツガツと際限なく食べてしまうのだ。母は、排泄や入浴、衣服の着脱などにもほぼ全面的な介護が必要な状態という「要介護3」に引き上げられた。過大なストレスにさらされた松浦は、やがて「死ねばいいのに」という言葉が無意識に口をつくようになる。そして、介護生活から2年、追い込まれた松浦は、ついに母に対して手を上げてしまった。

 何度も頬を平手打ちする松浦が正気を取り戻したのは、母親の口から流れる血を見た時だ。だが、母は「なんで私、口の中切ってるの。どうしたのかしら」とつぶやいた。母親の認知症は、暴力の記憶すらもとどめておくことができないほどに進行していたのだ。ケアマネージャーと相談し、母親はショートステイ施設へと送られた。ケアマネージャーは「私から見ても、ここしばらくの松浦さんは、もう限界だなと思っていました。よくここまで頑張られたと思います」と松浦を慰めた。

 そして、運良くグループホームへの入居が決まった母親は、家を出て施設に入ることとなる。

『母さん、ごめん。』というタイトルとは裏腹に、負担のかかる介護を、松浦は献身的にこなした。そんな生活を通じて彼が手にしたのは、介護は「『子どもが、家族が、がんばればできる』というものでは絶対にない」という確信だった。家族だけでなく、行政の制度やヘルパー、デイサービス、ショートステイなどの施設がなければ、松浦もまた介護に押しつぶされ、最悪な結果が待っていたかもしれない。本書あとがきに記されている「今後の少子高齢化をよりよいものにするために、私たちは個人や家族ではなく、『社会全体で高齢者を介護する』ことを意識して実現していく必要がある」という言葉を、介護未経験の読者もまた、心に刻みつけておくべきだろう。
(文=萩原雄太[かもめマシーン])

最終更新:2017/09/06 21:00
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