日刊サイゾー トップ > カルチャー  > 「カストリ書房」に見る郷愁

なぜ、人はそこに集うのか? 新店舗には喫茶ルームもできた「カストリ書房」に、サウダーデを見た

 けれども、そこには単に今は失われた「売春」が行われた地域を訪問して、珍しい建物の写真を収めるというような意識はない。覗き見趣味のようなものや、ノスタルジーを喚起するものとは違う。それを通じた魂の旅を、彼は「面白い」という言葉で表現しているのだと思う。

 そのことが端的に現れているのが、カストリ出版で復刻された渡辺寛の『全国女性街ガイド』である。1955年に季節風書店から出版されたこの本は、一部の探訪者の中では知られた本であった。けれども、それをコピーであっても入手するのは困難。全国の図書館でも、所蔵しているのは山梨県立図書館と東京大学農学部図書館だけ。もし、読みたければ、どちらかを訪れなくてはならない稀覯本であった。

「東大の図書館に閲覧しに行くことは、地方の人はできない。そんなことを思って、本をつくったんです」

 戦後、売春防止法で赤線が消滅する数年前に出版された本だけあって、記されている内容は、現代に近い。けれども、その資料性以上のものが、この本にはある。それは、この本が単なるデータを記したものではなく、著者の渡辺が実際に現地を訪問して、体験して描いた旅の記録にもなっているからだ。

 少しページをめくってみると、著者の率直な気持ちがうかがい知れる記述が、すぐに見つかる。

「押しかけると千円でオンの字、情緒なし」

「ここの方がまだ始末がいい」

「おかいこさんの不振で色里もふるわず」

「早く寝よう寝ようという、ほかに魅力も何もないところを、ちやんと知っている妙な女たちが多い」

「但し、病気には責任が持てない」

「どちらもどっこいですれつからし族。大阪からがたがた来て教育するから一人一人の女の味なんてものはゼロ」

「性情は南国的、愛情はむき出しだから、気取りがなくてよい。性交後のむタバコはうまいという」

「この土地を好き嫌う人が激しいのでもわかるように、女の子にもムラがあって、女の味では採点のむずかしい色里である」

 ひとつひとつの色街の記述は極めて簡潔なのに、次第に著者と共に、いや、自分自身が色街を巡って旅をしている感覚を与えてくれる。ここに記されている色街には、もう姿形も失われ、まったく別の街に変貌したところもある。

 なのに、この本を通じて読者は、あたかも、それらを訪れて体験したかのような感覚を得ることができるのだ。それと同時に、たとえ何も残ってないとしても、その土地を訪れてみたいという新たな興味も。やはり、それは単なるノスタルジーではない。

 そんな旅の果てに、今の仕事へと至った渡辺であるが、読者にも自分と同じ気持ちを持ってほしいとはいわない。

■100人が読んで20人が行ってくれれば

「あんまり、読者に共感してほしいという意識はないんです。でも、たぶん僕が感じていることは、ほかの人も感じているだろうと思います」

 そんな、自分もほかの人も感じているだろう気持ちの中に、渡辺は「フラストレーション」という言葉を使った。

 これまで、多くの時間を費やしてきたが、まだ全国の遊郭・赤線跡を網羅することはできてはいない。渡辺によれば、全国に最大で550カ所くらいはあったという。その中には、もうどこにあったかわからないものもある。今は、過疎地となっていて80歳を過ぎているであろう老人に聞いてもわからないところもあるという。

 土日の休みのみでは決してすべてを回ることはできない。ならば会社員を辞めよう。今の仕事を始める時に、渡辺はそんな意志も持っていた。けれども、今は少し考えを変えている。

「客商売を始めたら、ホントに出る時間もなくて……。勤め人の頃のほうが回ってますね。これは、自分個人で考えれば残念です。でも、僕が見ない代わりに、100人が本を読んでくれて20人が行ってくれれば、伝播しているとは思うのです」

 もう一つ、渡辺が『全国女性街ガイド』のような本を復刻しようとした理由が、一人ではとても調査しきれないと考えたということがある。

「どうやったら、調査できるかなと考えました。それで、調査に有用な一次資料に足るようなものを本を出して、やってもらったほうが進むんじゃないかなと思ったんです」

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