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男の娘の妊娠は、始まりにすぎなかったのか……?

新作『女装千年王国』も大好評! 西田一が語る、ただひとつの“愛の物語”

 そんな西田が、持参した手土産が、また興味を引いた。西田には馴染みであるバーで、ほかの客にも振る舞ったそれは、ケーニヒスクローネのはちみつアルテナの抹茶味だった。決して安くはない。かといって、慇懃無礼なほどに高額でもない。それでいて、一口食べれば、神戸ならではの上品さが感じられる味。上京にあたって、それを選ぶ優れたセンスは、一朝一夕にできるものではないと思った。

「もしかして、実家はお金持ちなのでは?」

「いや、お金持ちの知り合いはいるけど、うちはそうじゃないし」

 西田が人生の初動部分を長く過ごしたのは、阪神のある都市。新興住宅地にあるマンションだった。両親は公務員の、ごくごく一般的な中産階級。ただ違うのは、自身の祖父のことだった。

 熱心なキリスト教の信仰を持っていた祖父は、多額の寄付を欠かさず、ついには献堂までして先祖代々の財産を使い潰したという。そんな祖父と比べれば、両親の信仰心は、さほど篤くはなかった。ただ、食事の前にお祈りを欠かさない程度であった。それでも、西田はキリスト教に対する「親愛の情」はあるという。でも、その情は極めて複雑なものだ。

「『女装千年王国』のヒロインの一人は女装聖女なのですが、彼女が神様の子どもを孕む<受胎告知プレイ>は、書かずにはいられなかったんです。でも、同時に、とてつもない背徳感がありました。それがどうしようもなくて……声を収録する時には、スタジオの隅で十字を切っていたんです」

 幼い頃から育まれてきた道徳観。いかなる信仰に拠ろうとも、それを汚すような行為をする時、人は漠然とした恐怖心を抱くものだ。私も、建物の中に入って人の話を聞くときには帽子を脱ぐ。和室であれば、勧められるまで褥することはない。神社仏閣の前を通るときには一礼するし、茶碗の中にご飯粒を残したりはしない。そんな根源的な道徳観に畏れを抱きながらも、西田の男の娘への情熱は、抑えることができなかった。

 西田の記憶の最深部にある、男の娘との出会い。それは、中学生の時に何度も足を運んでいた、エロ本が立ち読みできる書店だった。ある日、いつものようにエロマンガ雑誌を立ち読みしていた西田は、ある作品を見て身体を震わせた。それは、ひんでんブルグの短編であった。タイトルは忘れてしまったのに、自身を興奮させた細部だけは、心に焼き付いて離れることがない。

「あの人、時々ショタ同士のセックスを描くじゃないですか。まさに、それだったのです。『魔神英雄伝ワタル』のワタルと虎王のような少年が、女のコに好き放題にされた挙げ句に、2人でセックスするように命令されるんです」

 自分が男同士のセックスで興奮していることには、うしろめたい気持ちも芽生えた。でも「すげえ興奮する」という正直な気持ちが、それを遙かに凌駕していた。人には絶対にいえないかもしれない。けれども、興奮する。もっとこんな作品を読みたい衝動を、抑えることはできなかった。エロマンガ界の最大多数である男女間の営みとは違うジャンルで覚えた興奮……。

 現在よりも、そうしたジャンルの市場が小さかった1990年代。その昂ぶりに応えてくれる作品に出会うのは、容易なことではなかった。高校生になった頃、茜新社から発売された男性向けショタアンソロジー『アンダーカバーボーイズ』は、幾度も読み、使った。

 西田が幸運だったのは、青春の真っただ中で、そうした昂ぶりを隠さなくてもよい仲間たちに出会えたことだった。

 大学に進学した西田は、ギターマンドリンクラブに入部した。どうしたわけか、そこは、音楽と共にアダルトゲームにも青春を捧げる男たちが集う場だった。

「なぜか、サークルのメンバーは男ばかりで……」

 ロリ好きもいれば、熟女好きもいて当たり前の空間で、西田も自分の好きなものを隠すことはなくなった。

「その時は、変態キャラと開き直っていたんです。でも、言い始めたら薄れますよね」

 2回生になってから、西田は実家を出て一人暮らしを始めた。誰かが、新しいアダルトゲームを買えば、狭いアパートの一室に集まって攻略を繰り広げる濃密な青春の一時が、過ぎていった。

 * * *

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