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【ルポルタージュ】氏賀Y太 リョナ・グロとマンガに人生を全振りする男のスケッチ

 でも、絶え間なく原稿依頼がある生活は、長くは続かなかった。2000年代も半ばを過ぎると、雑誌からの依頼が減った。自由に描けた「フラミンゴ」は雑誌休刊後、アンソロジー『フラミンゴR』として復活するが、作家に自由に描かせすぎて潰れた。

 雑誌は、どんどん保守的になっていた。どの雑誌も限られたパイを奪い合おうと、冒険的な作品の掲載を嫌うようになっていた。だから、氏賀のような作品を載せる余地はなくなっていた。最後に「好きなように描いてください」と、依頼してきた出版社からは、連載中にワンマン社長の「こんなグロいのを載せるんじゃない。二度と、描かせるな」という鶴の一声で打ち切られた。

 幾人もの編集者に同じことを言われた。

「氏賀さんのマンガが載っているというだけで、フツーのエロマンガを読みたい読者が逃げちゃうんで掲載する場所がないんですよね……」

「でも、一定数、単行本は売れるので単行本を出しません?」

 はみ出している自分が活躍する場は限られている。同人誌で描いた作品をオンラインで販売する。同時に、それを出版社で単行本にしてもらう。そういう形を取らざるを得ないと悟った。

 子どもは成長していた。共働きだから食べるに困ることはなかった。それでも、時代の変化に親しもうとした。天童一斗という別ペンネームで、リョナ・グロを封印した純粋なエロマンガを描くことに挑戦した。

《天童名義の時は、地獄でした……》

 マンガを描いている時は、いつも本気。だから、自分の考えるエロいと思う要素を、これでもかと原稿用紙に叩きつけた。真剣に、自分の考えるエロスで読者を勃起させようと考えた。でも、通用しなかった。全力で描いても、まったく評価は得られなかった。嫌になって、やめようと思った。それより先に、依頼してくる編集者がいなくなった。

 かえって、自分はリョナ・グロを描かなくてはいけないのだという決意は固まった。

 大抵の描き手は、依頼を失い、老いさらばえて朽ち果てていく。かつては売れていたのに、落ちぶれたものだと冷たい視線に晒されることに耐え切れなくなる。何がしかの飲み会や、SNSで大言壮語を吐き、新しく浮上してきた才能に的外れな批評を加えて、やがて誰も近寄る人がいなくなる。でも、氏賀はそうはならなかった。なおも単行本は発売され、現役感を保ったままだ。

《自分は子どもっぽいんで、年を取ってる自覚がないんです。言うたびに笑われますけど、30代半ばまで、ついこないだまで高校生だという感覚がありました。今、47歳になって身体の衰えた感覚はあるけれど、年を取った感覚はありません》

 今もなお意識の中の氏賀は、20代半ばの青年。だから、マンガ家生活を長く続けている感覚もない。一時は芽生えた新しい才能への嫉妬も、若いやつらに虚勢を張りたくなる気持ちもなくなった。

《いろいろな感情と向き合いました。そうしているうちに、人間が不幸になる唯一の理由は、自分が不幸だと思った時なんだと考えるようになりました。突き詰めれば、自分と誰かを比べたら、途端に自分が不幸になる……だから、それはやらないことに決めたんです》

 一人ひとりの描き手には、それぞれの持ち味があり、魅力がある。むしろ、画力のある若い描き手は、自分がさらに進歩するための絶好の素材。自分が劣っているところばかりを比べてなどいられない。

《誰か自分よりも若くて可愛い絵でリョナ・グロを描く人がいたとします。その人と比べて、自分が自信をなくして筆を折ったとしたら……自分のマンガを好きでいてくれた読者に、すごく失礼なことだと思うんです。だから、諦めるのではなく、それぞれに良さがあるのだと考えをまとめたんです。自分と他人を比べた時に生じる劣等感は、一切捨てました》

 * * *

 苦難からの解放の過程で、読者に対する意識も変わった。リョナ・グロを描き始めた当初、氏賀の心は妖刀のように切れ味鋭く、近寄るものをすべて切り捨てようとしていた。自分の作品を愛読してもらう気持ちなど微塵もなく「どうやって読者に嫌われようか」そればかりを考えていた。机にかじりついて、一生懸命描いた作品で、読者がショックを受けてくれればよい……そればかりを考えていた。でも、次第に考えは変わった。

《今は、読者が増えてほしいと思っています。お金が欲しいからではありません。昔は読者にショックを与えたかったけど……今は、ショックを受けながらも読んでほしいんです》

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