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宗教者の最大の特徴は衣服なのか? 袈裟は先鋭的な“衣装”だった――仏教の宗教ファッション考現学

――日本人であれば、一度は葬儀などで、豪華絢爛の袈裟を身に着けたお坊さんの姿を見たことがあるだろう。その立場を誇示するようなこれらの袈裟には、ファッション的な視点でひもとくと、どのような意味合いがあるのだろうか?

 宗教者は、いかなる要素をもって宗教者であると他人から認識されるのだろうか? もちろん、宗教者とは、寺院や教会で宗教者となる修行をし、聖典を読み込み、自らの中に宗教者たるアイデンティティを形成させてゆく。だが、ほかの人々がその人を宗教者として認識するに至らしめる最初にして最大の要素として、その衣服を抜きにして考えることはできないだろう。

 仏教の僧侶やキリスト教の神父、神道の神主など、宗教者はそれぞれにその宗派が定める衣服を身にまとっている。そして、それらの衣服を身に着けているからこそ、我々は一目でその宗教者が所属する宗教を特定することができる。それが衣服が宗教者のアイデンティティに深く関わっているゆえんである。

 後述の袈裟の一種「糞掃衣」を研究する国際日本文化研究センタープロジェクト研究員の松村薫子氏は、その著書『糞掃衣の研究』(法蔵館、2006)の中でこのように述べている。

「宗教に携わる立場の者を宗教者として見る共通認識が存在する社会において、宗教服を着ると、その人は、一般の人と区別され、〈宗教者〉として認識されるようになる。(中略)宗教服は、他者に対して、その衣服を着ている人が宗教に携わる宗教者であるということを示し、何の宗教者なのか、宗派は何か、ということを示す。また、それぞれの宗教の理念によって衣服についての規定があることから、その宗教の特色を表すものでもある。宗教服を身に纏うと、纏ったその人は、宗教的世界とつながりを持つ人として一般の人と区別される。つまり宗教服を着ることにより、聖なる人あるいは聖性を帯びた人として他者に認識されるのである。このように一般の人と区別し、聖なる人に変身させる機能を持った服が、宗教服であるといえる」

 宗教における宗教服の役割は、極めて大きいものであることが理解できるだろう。本稿では、宗教服のなかでも特に仏教の袈裟に焦点を絞り、宗教における衣服の役割を考察する一助としたい。

 宗教服は服装史全体から見ても、もっとも古代の衣服が保存されている分野であり、それらが安置された神社や寺は、染織史のアーカイブともなっている。そう解説するのは、宗教染織史が専門の、京都国立博物館学芸部教育室長・山川曉氏だ。

「東大寺の正倉院や法隆寺に代表されるように、日本では社寺に、世界的に見ても珍しいほどに古い時代の衣服が多く保存されています。通常、衣服というのは汚れたら着用できなくなったり、使い古したら布を再利用したりしてなくなってしまうのですが、これらの社寺では誰が着用していたのかという目録とともに、当時のままの姿で保存されている。外国の研究者と話しても、これだけ古い時代の衣服が多く残っている国は日本以外にないようです」

 日本において社寺などの宗教的な場所は、最古のファッションが保存されているタイムカプセルでもあった。その中でも特に重要な位置を占めるのが仏教の袈裟だという。

「キリスト教では聖遺物といって聖人の遺体や身に着けていたものを信仰の対象とする伝統があったり、神道では古神宝といって神様のために奉納された装束が古い神社に保存されていたりもしますが、美術史を学ぶ人間にとって、一番研究の基準になるのは仏教の袈裟ですね。どのような社寺でも大抵ひとつか2つは保存されているし、誰が誰にあげたものなのかといったことが記録されているケースが多い。これ以上ない貴重な研究資料の宝庫となっています」

 仏教諸宗派の中でも、袈裟を尊び、大切に保存している傾向が強いのは、山川氏によると禅宗だという。そこには、禅宗に伝わってきたある教理的伝統が関係している。

「なぜかというと、禅宗ではほかの宗派と比べても特に師匠と弟子の人間的な出会いによる相伝を大事にしているからなんです。禅宗では不立文字と言うように、教えの真髄は文字では伝えられないという考えがあり、本当に大切なことは師匠が認めた弟子との関係によってのみ伝えられる。そして印可といって、師が弟子に教えを授けたことの証しとして、師が身に着けていた袈裟を弟子に譲り渡すのです。弟子にとってはこれが教えを受け継いだ証明になりますから、いつ誰から授かったかという記録とともに、お寺に大切に保存されているのです」

 かつて日本から中国に渡った僧が師から授かって日本に持ち帰った袈裟は各地の寺に存在していると、山川氏は説明する。そこでは、まさに袈裟が単なる衣装ではなく、法脈の基盤として機能し続けているのである。

『岩波仏教辞典』で袈裟の項を引いてみると、以下のような記述を目にすることができる。

「比丘(僧侶)の衣は塵埃の集積所または墓地などに捨てられていた布の断片を縫い合わせて作った糞掃衣が原則であったから、衣服についての欲望を制するために、一般の在家者がかえりみない布の小片を綴り合わせて染色したものが用いられたのである。

 仏教の伝播と共に、気候風土や衣服の慣習の相違から種々の変形を生じた。中国・日本では日常の衣服としての用法を離れ、僧侶の装束として法衣の上に着用し、特に儀式用の袈裟は金襴の紋様、縫い取りが施されて華美で装飾的なものとなった」

 現在僧侶の袈裟というと、葬式で目にする金襴で華麗な縫い取りの、高そうな服を思い浮かべるのが一般的だろう。ところが、もともとの仏教の教えによると、僧侶は一般の人が顧みない捨てられたボロ布を継ぎ合わせた袈裟を身に着けるのが正しい教えなのだという。その継ぎはぎの袈裟こそが「糞掃衣」である。そして、この糞掃衣にまつわる伝統は、今も一部の寺と、そこに集う人々によって受け継がれている。それを研究したのが、前出の松村薫子氏の著書『糞掃衣の研究』である。松村氏が言う。

「私は愛知県一宮市の曹洞宗常宿寺で行われている一宮福田会の糞掃衣作りを調査し、研究対象としました」

『糞掃衣の研究』によれば、一宮福田会では、曹洞宗の僧侶と尼僧、寺院の妻や活動に共鳴した一般の主婦ら15~20名が集まり、春秋それぞれ5日間の日程で袈裟を縫う。そのスケジュールは、泊まり込みで、朝4時45分に起床し21時に就寝。座禅や朝のお勤め、お寺の掃除なども行いながら、袈裟を縫う時間を持つという本格的なものだ。袈裟の中でも特別な袈裟とされる糞掃衣は、家庭で不要になった古い着物や帯などの裂を集め、はぎ合わせることによって、一枚の糞掃衣として縫い上げてゆく。松村氏が言う。

「現代の糞掃衣は、特定の僧侶に感謝の意を示すために、有志の人々が集まって縫われています。糞掃衣は集まって縫うだけではなく、裂を各家庭に持ち帰って家でも縫うのですが、一着縫うのにおよそ1年はかかります。その手間がわかるからこそ、糞掃衣を頂いた僧侶は、皆様の気持ちが込められた特別な袈裟であると考えるのです」

 松村氏が調査した福田会はそのようにして袈裟を作っている集まりだが、そこまでして作るのも、糞掃衣などの袈裟こそが仏典に書かれた正しい袈裟だという信念があるからだ。袈裟に関する仏教の教義での決まりについて、松村氏が解説する。

「袈裟は世間の執着を離れた衣を着けるのが基本だと仏典に書かれていて、壊色といわれるわざとくすんだ色を使ったり、点浄といって、袈裟の一部に汚れをつけたりします。裂自体も、もともと大きいほど価値が高いとされる染織品を、切って継ぎ合わせ、価値をなくして使います。世俗的な執着心を起こさない衣を身に着けなさいということなのです」

 そのような決めごとがある袈裟だが、実際の現在の仏教儀礼を見ると、僧侶は法衣店で50~100万円といった値段をつけられている、金襴きらびやかな袈裟を檀家から布施されて、身に着けていることが多い。葬儀などでも、そうした袈裟を身に着けている僧侶のほうが一般的だろう。だが、そうした金襴の袈裟は、本来の仏教の教えでは、欲心を起こす、着けるべきではない衣服とされているという。

「僧侶の方々は、金襴の袈裟が仏教の教えから外れていることはわかっています。しかし、檀家の方から金襴の袈裟を布施して頂いたら、その気持ちを大事に考えるので、着ないというわけにはいきませんし、葬儀でも『なぜうちには豪華な衣を着てくれないのか』と言われる場合もあります。仏教の教えと異なっていることは理解しているが、致し方ないという実情があるようです」(松村氏)

 結果、実態としては仏典に説かれる通りの袈裟よりも、本来は禁じられている金襴豪華な袈裟のほうが一般的になっている。さらには、仏典に説かれる通りの色・形・衣材・製法でつくられた如法衣といわれる袈裟(一般に如法衣といわれる袈裟とは異なる)が質素でありながら、むしろ希少価値を生み、ある逆転現象が起こっているという。

「仏典通りの染め方・縫い方の如法衣を法衣店に特別注文した場合、50~60万円はかかるそうです。そのような如法衣は老師が着ける格式のものなので、若い僧侶は身に着けにくいといいます。金襴のほうが華やかですが、正式な如法衣のほうが格が上というような感覚があるようです」

 まことに摩訶不思議な袈裟の世界だが、そのような奇妙な現象が起こるのも、袈裟に単なる衣服を超えた深い意味が託されているからだろう。松村氏が言う。

「古くから袈裟には功徳という不思議な力があると考えられてきました。袈裟を身に着けるだけで解脱が得られるとか、袈裟をまとうことで仏身と仏心が得られるなどといわれてきたのです。もともと衣服というものにはさまざまな象徴的な意味が込められていて、色で心理状態を表したり、社会的な意味づけがなされたりしているものですが、宗教服、なかでも袈裟は思想が衣服に込められているもっとも顕著な例と言えるでしょう。僧侶にとっての袈裟には、単なる衣服を超えた仏教の思想が織り込まれているのです」

 ファッションとは、本来的にその人がこうありたいと願うイメージや特性を顕現させる機能を持っている。そのことを考えれば、宗教者を宗教者たらしめている宗教服と、その典型的な例である袈裟こそは、ある意味で、もっとも先鋭的なファッションであり続けていると言えるだろう。

(取材・文/里中高志)

最終更新:2016/10/16 16:00
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