本多圭の『芸能界・古今・裏・レポート』

爆笑問題・太田光vsぜんじろうの「対決」で思い出す、ビートたけしと上岡龍太郎の“奇妙な関係”

2019/04/30 10:00

ビートたけし

 人気お笑いコンビ・爆笑問題の太田光と、関西のお笑い芸人のぜんじろうが、芸歴を巡って繰り広げていたバトル。23日深夜に放送されたTBSラジオ『火曜JUNK 爆笑問題カーボーイ』にぜんじろうが出演し、“直接対決”で一応の決着を見たが、このバトルで、太田が尊敬するビートたけしと、ぜんじろうの師匠で2000年に芸能界を引退した元上方お笑い芸人の上岡龍太郎の関係を思い出した。

 その昔、横山ノックをリーダーとする漫才トリオ・漫画トリオで一世を風靡した上岡は、その後、ピン芸人として関西で活躍していたが、5年前に亡くなった“浪速の視聴率王”こと故・やしきたかじんさん同様、“東京嫌い”で知られ、「東京では仕事をしない」「全国ネットでやっているお笑いは程度が低い。僕がアホに合わせる必要はない」などと公言していた。

 ところが、その舌の根も乾かぬうちに、関西地区で放送されていた『鶴瓶上岡パペポTV』(読売テレビ制作)が東京で放送されたことをきっかけに、東京進出を果たした。トークバラエティ『上岡龍太郎のもうダマされないぞ!』(フジテレビ系)でブレークした上岡は、上京後も「東京は民度、文化レベルが低い」「東京は田舎者集まり」などといった“東京批判”を売りにしていた。

 これに反発したのが、たけしだった。「東京に来なけりゃよかったのに」と痛烈に批判。結局その後、上岡は東京から撤退した。

 他方、『鶴瓶上岡パペポTV』で上岡と共演していた鶴瓶は、1986年、東京でゴールデンタイムに2番組のMCに起用された。しかし、その裏番組は、当時人気の高かった『天才!たけしの元気が出るテレビ!』(日本テレビ系)や『オレたちひょうきん族』(フジテレビ系)。鶴瓶の番組は、2番組とも視聴率で太刀打ちできず、週刊誌に「東京進出失敗」と報じられ、自信を無くした鶴瓶は、関西に戻ろうかと悩んでいた。

 ところが、それを知ったたけしは、鶴瓶の番組スタッフに「鶴瓶を大阪に戻したら、東京のテレビ局が笑われるぞ」と進言した。たけしは、鶴瓶の芸を当時から高く評価していたのだ。鶴瓶は、たけしに救われたといっても過言ではないだろう。

 鶴瓶が今も東京で活躍を続ける中、上岡が東京のみならず芸能界から去って約20年──。たけしを師と尊敬する太田と、上岡の弟子のぜんじろうが、芸歴を巡ってバトルを繰り広げるというのは、何か因縁めいたものを感じなくもない。

 もっとも、その内容は“どちらが先輩か後輩か”という低次元なもの。その度量の狭さには開いた口が塞がらないというべきか。
(文=本多圭)

最終更新:2019/04/30 10:00

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