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「日本に人種差別はない」という誤解。Black Lives Matterは対岸の火事か

文=日刊サイゾー編集部(@cyzo

 アメリカ・ミネアポリスでジョージ・フロイドさんが警察官に首を押さえつけられて亡くなった事件をきっかけに、人種差別の撤廃を訴えるBlack Lives Matterが全米、そして全世界で再燃している。

 日本でも今月7日に大阪、14日に東京で抗議活動が行われ、ミュージシャンや俳優など多くの芸能人がSNSでBlack Lives Matterへの支持を表明している。ミュージシャンの宇多田ヒカルさんは5日、Twitterに「日本で生まれ育った日本人からすると人種差別っていまいちピンと来ないかもしれないけど、今アメリカで起きていることは未来の世界史に載るような歴史的な局面かもしれない……というかそうであってほしい」と投稿していた。

 しかし、こうした動きに複雑な思いを抱えている人たちの声も聞こえてくる。「日本で起きている差別の問題が見過ごされていないか」ということだ。

 Black Lives Matterが盛り上がる今だからこそ、自らの足元を見つめ直すことが必要なのではないか。作家の金村詩恩さんにご寄稿いただいた。

あの子たちを忘れないで
 雲ひとつない澄んだ青空なのに、図書館のなかは薄暗かった。ひとの数はいつもより多く、土日で暇なひとが多いのかと思いながら、検索機で印刷した番号を片手に、ガルシア=マルケスの『百年の孤独』があるコーナーへ向かったが、目当てのものはなかった。

「なんだよ。所蔵ありってなってたじゃん。」

 どうしても読みたくて、貸出可能な場所を調べていたら、自転車で45分ほど走ったここがヒットした。裏切られた気持ちを静かにつぶやき、せっかくだから、館内をうろつきはじめた。

 いつも通っているところよりも広いのは知っていたが、思った以上だった。奥へ行くにつれて、人気がなくなり、より暗くなっていった。本棚を眺めながら歩いていると、『ぼくもう我慢できないよ ある「いじめられっ子」の自殺』と題された背表紙が目に入った。いったいなんだろうと、茶に変色した本を手に取った。見返しには学校の図書室で見かけるようなカードがあった。合併前の市の名前で、昭和の終わりぐらいに借りられた記録が最後で、あまり読まれてなかったんだなと思った。棚の横に小さな椅子があった。腰かけて、ページを開いた。

“1979年9月9日の早朝、埼玉県上福岡市で1人の少年が12階建てのマンションの屋上から飛び降り自殺した。”

 冒頭の一文にどきりとした。

 いまから30年以上前、朝鮮籍の在日コリアン2世の父と日本人の母を持つ、13歳の林賢一さんはクラスメイトとの喧嘩をきっかけにいじめられるようになった。登校したがらない彼に、両親は事情を聴いた。驚いた彼らは担任に対策を求めたが、手のかかる子だと思っていただけで、なにもしなかった。やがて、ほかのクラスやおなじ部活の生徒たちからも嫌がらせを受けるようになり、賢一さんは自殺を図った。重大な事態に、彼女はいじめていた数名を呼び、生命を絶とうとしていた事実を告げ、注意した。しかし、帰ってきた彼に待ち構えていたのは「この自殺未遂野郎!」「林死ね!死ぬ勇気もないくせに変なことしやがって!」との心ないことばだった。いじめがますますエスカレートするなか、強くなろうと思い、空手を習いはじめたが、耐え切れず、道着を着て、街で一番高い場所から身を投げた。

 両親は真相究明のため、授業で書いた追悼文の公開を要求したが、学校は悪評が出回るのを怖れ、求めを拒否し、校内で、はやく忘れるよう生徒指導を行うなど、もみ消しにはしった。それでも事実を知りたい彼らは、加害者や父母たちに話を聴きに行ったが、冷たい対応だった。そして林さんの家は嫌がらせを受けるようになり、生活の場を変え、真相を調べつづけた。

 ページをめくるたびに、怒りがこみあげる。だが、どうしてここまでされるのか理由が知りたくなった。感情を抑え、読んでいくうちに、最終章に辿り着こうとしていた。

 賢一さんの友人だった少年に両親が話を聴きに行った。彼は「いじめっ子のなかで『林は朝鮮人だからいじめてもいい』と思っている子もいました。」と証言した。

 残酷な理由が語られるくだりに、遠い昔を思い出した。

***

 まだ小学生だった。いつも一緒にいた友人に「俺、韓国人らしいんだよね。」といった。

「洪明甫といっしょか。かっけぇな。」

 サッカー好きの彼は答えた。

 嬉しくなって、夕食のとき、話した。

「なんで、そんな余計なことをいったんだ!」

 父は怖い顔をして、怒声を上げた。

 あれは日本の学校の通っていたわたしを守るためだったのか。もし、あいつの反応がちょっと違ったら……。

 目の前の窓から西日が差し込み、薄暗い部屋が気持ちばかり明るくなった。壁にかけられていた時計の秒針は夕方を知らせていた。さっきまで読んでいた本を持って、貸出カウンターに行った。何度も読んで、だれかに伝えたかった。外に出たら、陽が落ちかけていた。オレンジと紺色が混ざった空に星が光っていた。

 

「ほんま、ありえへんやろ。」

 拇印つきの領収書の提出を補助金申請の担当者に求められたと、海外へのフィールドワークを頻繁に行っている研究者の友人が、缶チューハイを片手に、関西弁で嘆いていた。並んで座っていた駅前のコンビニにあったイートインには、ほかのお客さまがご迷惑になるような行為はお止めくださいと注意書きがあったけど、これぐらいの声の大きさなら大丈夫だろうと思いながら、聴いていた。

「タクシーの運ちゃんに押させてくださいって、いえるか!」

「指紋押捺拒否運動とか知らないんですかね。そのひと。」

 生まれるすこし前にあった日本に住む外国人たちの大きな運動を思い出しつつ、缶ハイボールをあおった。

「さぁ、日本に差別はないと思ってるんちゃうの?」

「そういえば、こないだ、あるバーで飲んでたら、隣のおっさんが『アメリカと違って、人種差別がない、いい国だよな』っていってて。昔、日本の学校の通ってた在日の子が朝鮮人だからって、いじめられて自殺したのを知らねぇのかって、思いましたよ。」

 強いイントネーションにつられそうになりながら、数日前に見た光景を話した。

「『エルクラノはなぜ殺されたのか?』って読んだことある?」

 さっきまで酔っ払いの調子だった彼が、急に真剣な口調になった。

「まだですね。どんな本ですか。」

 はじめて聴いたタイトルが気になった。

「愛知の小牧で日系ブラジル人の子が日本人の少年グループに殺されてしまったんですよ。1997年のことやで。つい最近や。なのに、だれも憶えちゃいない。」

 小学1、2年のころに起きた痛ましい事件を知らず、恥ずかしさを感じていたら、ある転校生を思い出した。

「そういや、日系の子が、おなじクラスにいましたね。たしか、お母さんとふたり暮らしでした。日本語ができなくて、よく泣いてましたよ。すぐにどっかへ引っ越したんですが、名前はいまでも憶えてますよ。いま、なにしてんのかなぁ。」

 彼がなにかいおうと口を開いた瞬間、となりでコーヒーを飲んでいた中年の女性が、わたしたちを睨み、席を立った。マズいと思って、そのまま解散した。

 帰りの電車に乗り込むと、足がふらついて、酔いが回ってきたのに気づいた。座席に座り、スマホで聴いた本の取り寄せを予約したあと、あの子の名前を検索したが、なにも出てこなかった。車窓に三日月が映っていた。青白い輝きを、どこで観ているかなと思った。

「こちらでよろしかったですか?」

 『エルクラノはなぜ殺されたのか』と書かれた表紙を見せながら、笑顔の司書は尋ねてきた。2日後の昼下がり、指定した最寄りの図書館に到着を知らせるメールが届いた。早く読みたくて、すぐに受け取りに行った。自室へ戻り、本を開いた。

 1997年10月4日。日本人少年が運転する自動車のボンネットが何者かによって叩かれた2日前の出来事が事件のきっかけだった。以前から素行が悪いと噂されていた日系ブラジル人の3人組が駅前広場にいると聴き、20余名の仲間を集め、凶器を持ち、「よし!今からガイジンをやっつけに行くぞ!」といって、向かった。

 着くと、「何しに日本に来とるんや!自分の国に帰れ!」といいながら、その場にたまたまいた日系人のグループを襲った。ほとんどは暴行を受けながらも逃れられたが、14歳のエルクラノ・ルコセビシウス・レイコ・ヒガさんは駅で捕まってしまった。そのまま公園まで拉致され問い詰められたが、なにも知らないので答えられない。少年たちは凶器で全身を殴り、携帯電話を差し出して連絡させようとした。彼は呼ぶふりをして、家に電話し助けを求めた。太ももをバタフライナイフで刺すなど、暴行は容赦なくつづいた。

 偶然、だれかが通りかかり、リンチしていた彼らは退散し、傷だらけのエルクラノさんだけが残った。その後、病院へ搬送された。息子の悲痛な叫びを聴き、探していた両親が手術を受けている集中治療室の前に着いた。やってきた警官は開口一番、「ビザを持ってるか?」と尋ねた。運び込まれて3日後、息を引き取った。事件は報じられたが、警察は捜査をなかなかはじめない。両親は署名活動をはじめたが、「さっさとブラジルへ帰れ」との嫌がらせ電話や無言電話がかかってくるようになった。しばらくして、主犯格の5人が逮捕された。だが、事件には多くの人間が関わっていたはずだ。遺族たちは納得できず、父のマリオは日本全国を車で回り、暴力追放キャンペーンをはじめた。そこでエルクラノさんが好きだったX JAPANのTearsを流した。

 翌年から裁判がはじまった。記者の失礼な質問にも答え、家族は傍聴をつづけた。

 5人の被告たちに懲役3年から5年の刑が言い渡された。

「日本の裁判、恥ずかしい!」

 マリオさんは法廷を出るとき、口にした。

 差別もなく、豊かな場所との国の宣伝で海を渡ったが、まったく違う過酷な場所で、多くの死者を出しながら生き延びてきたひとびとの子孫が、90年代になり、日本は豊かで稼げるとのことばを信じ戻ってきた。しかし、受け入れ体制も不十分で、労働力としてのみ扱われ、挙句の果てに凄惨な事件で生命を落とす内容に、転校してきたあの子が無事なのか不安になった。読み終えたら、夜になっていた。窓から覗く満月を観ながら、「頼む。生きててくれ。」と祈った。

 一週間後、Twitterのタイムラインを眺めていたら、日系ブラジル人ではじめて司法試験の合格し、修習生になったひとの記事が流れてきた。クリックすると、背広を着たあの子がいた。

「おお!よかった!」

 喜びの声が出た。彼の名前をコピペして、検索したら、Facebookのページが出てきた。あのときは酔ってたから、間違えてしまったのかなと思いながら、友達申請のボタンを押した。

 仕事のメールを返し、Yahoo!ニュースをチェックしていた。「日本の戻らなければよかった」と題されたNHKのリンクがあった。気になって、開いてみた。

 カナダ人の父を持つ高橋美桜子さんは4歳のとき、日本人の母とともに来日した。私立の中学校に入学したが、嫌がらせを受けるようになった。いじめられていた同級生をかばったり、担任の性差別発言に異を唱えたり、見た目が「ハーフ」っぽくて目立ったからだった。あまりの激しさに、彼女は精神障害を患い、転校してしまった。病と闘いながら、高校に進学したが、2006年8月18日、16歳で自宅マンションの8階から飛び降りた。母は原因を探るべく、学校を相手に裁判を起こした。しかし、2審ではいじめと自殺の関係が認められなかった。

 いつもは斜め読みだが、じっくりと読んでいた。賢一さんとエルクラノさんが頭に浮かんでいた。

「おなじことが繰り返されたのか……。」

 ポツリといって、ブックマークに登録した。

 しばらくして、NHKの朝の番組で海外ルーツの子どもたちを特集するコーナーにゲスト出演した。前室にいた記者に美桜子さんの記事の話をした。

「さまざまな方から反響をいただきました。」

彼女の返事にわたし以外にも忘れないでくれるひとたちがいて、安心した。

***

 新型コロナの影響で自粛生活を送り、執筆や読書がはかどったのに、緊急事態宣言が解除され、日常が徐々に戻るのに名残惜しさを感じていた日の朝だった。テレビからアメリカで黒人男性のジョージ・フロイドさんが白人警官に手錠をかけられ、8分46秒間、膝で頸部を押さえられなくなった理不尽な事件に抗議するデモの様子が流れた。手元のスマホでTwitterを観たら、#blacklivesmatterとハッシュタグのついたツイートがあった。そのまま、タイムラインを眺めていたら、宇多田ヒカルのツイートが現れた。

「日本で生まれ育った日本人からすると人種差別っていまいちピンと来ないかもしれないけど、今アメリカで起きていることは未来の世界史に載るような歴史的な局面かもしれない……というかそうであってほしい」

 「日本でも差別で死んだやつらがいるんだぞ!」

 人種や民族間の不条理が海を隔てた向こうのできごとと思い込む無邪気な彼女のことばに、若くして亡くなった3人を思い出しながら、吐き捨てた。

「ご無沙汰しております!」

 編集者からLINEが来た。彼も宇多田氏のツイートに疑問を抱き、1本書いてほしいとのメッセージだった。いまこそ、あの子たちを書くべきだと思って、快諾した。

 賢一さんとエルクラノさんの本が自転車で45分ほど走った図書館にあるのを知った。曇りひとつない青空の下、クロスバイクを全速力でこいだ。

「コロナ対策のため、30分での退出をお願いしています」

 入口の注意書きを横目に、まだ見ぬ本と偶然出会える機会も無くなるだろうと思った。スマホ画面の番号を頼りに探したが、なかなか見つからない。ようやく2冊を手にしたとき、25分が経とうとしていた。急いで借り、自宅へ戻って、読み返す。凄惨な死を知った衝撃が蘇る。最後にブックマークした美桜子さんのページを開いた。

記事が見つかりませんでした

 反響があったのに、もう忘れ去られてしまうの?とやり場のない怒りに支配された。トップに戻ると、トランプ大統領が抗議デモを左翼の陰謀だと発言した話が報じられていた。

 となりで起きた痛ましい事件には目もくれないのか……。

 無力感に襲われたとき、ふと、机の上にあった本に目が留まった。

生きて、語り伝える

 昨日読んだガルシア=マルケスのタイトルに、あの子たちを忘れないため、伝えつづけるのが、いまを生きる者の役目だと思った。

 鉛筆を握ったとき、自室の窓から西日が差し込んでいた。

林賢一さん
エルクラノ・ルコセビシウス・レイコ・ヒガさん
高橋美桜子さん

 この国の不寛容と忘れっぽさの犠牲になった3人に捧げる。

最終更新:2020/06/20 05:30

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