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【沈黙する、もうひとつの発電所事故】後編

「補償については、相応の対処を検討したい」福島・原町火力発電所原油流出事故

haramachikahatsu0004.jpg発電所近辺にあがった、油にまみれた鳥の死骸。

前編はこちらから

 福島県の東北電力原町火力発電所で容量9,800キロリットルの重油タンク2基から大量の重油が流出した――。この情報の真偽を確かめるべく取材を開始したタイミングで、「30キロ圏外は漁OKに 漁業者の被曝安全基準を初設定」(5月8日朝日新聞)というニュースが報じられた。

 震災発生後の東京電力福島第一原発の事故で放射線量が増加したことで、原発から半径20~30キロ圏内では屋内退避勧告が出されていた。原町火力発電所の位置はおよそ25キロ地点に当たる。


 5月に入ってから避難していた住民たちも自宅に戻り通常の生活を始めようとしていたが、漁業に従事していない住民たちは一様に原油流出事故を「知らない」と答えた。そこで、被害の当事者となる漁業関係者に重点を置いて取材をしていくことにした。

 最初に問い合わせたのは、県漁連(福島県漁業協同組合連合会)に設置された福島県漁業関係東日本大震災対策本部だった。漁業の専従組織にとって原油流出は大きな問題であるはずだ。当然、怒りの声を聞くことができると思っていた。

 ところが、返答は私の予想とは異なるものだった。電話で対応してくれた担当者は「原油流出の報告は受けていません」「大変な問題かもしれませんが、現在は非常時であり報告がない以上、そこに注力することはできません」と事務的な口調で語るのみだった。

 確かに漁業が本格再開していない状況では、沖合に出る船もなく、漁協として被害状況をつかむのは難しいだろう。被害報告がなければ、対応のしようもないことも事実。そこで、すでに通常通りの操業に戻り福島よりは落ち着きを見せている茨城県の漁業関係者をあたることにした。

 連絡を入れたのは、茨城県農林水産部漁政課の庶務だった。対応してくれた担当者は「報告は受けていません。通常、原油流出のような問題は海保から報告があった後に対策協議会が立ち上がりますが、連絡がない以上は動きようがありません」とした上で、「現状では油が海上に浮いているとの報告は漁業関係者はもちろん海上保安庁からも受けていません。ただし、これが事実だとしたらきちんとした対応(流出原油の対策)をしなければなりません」と厳しい姿勢で臨むことを表明した。福島、茨城と空振りしたことで、この事故について漁業関係者には通達がいっていないことが判明した。

 そこで、海上保安庁に「重油の流出を洋上で確認したか。または通報があったか」を問い合わせることにした。海保が情報をつかんでいれば取材の裏付けにもなると期待していたが、担当者は「そのような報告は受けていません」と短く言い切ると、すぐさま電話を切ってしまった。

 対応の善しあしはともかく、海保が確認していないとなると、海上での原油流出を確認することは難しいだろう。そこで別の視点から取材を重ねていくことにした。

 まず、発電所を管轄している行政、南相馬市は事実関係をどこまでつかんでいるのか。南相馬市役所内にある災害対策本部に行き窓口にいた職員に用件を伝えると、丁寧に応対してくれた。「少々お待ちください」と責任者らしき男性を呼び、こちらの質問を伝えてくれたのだが、「東北電力から報告は受けていません。詳しい話は東北電力に聞いてほしい」と申し訳なさそうに言われてしまった。明言を避けるためにたらい回しにしているわけではなく、本当に知らない様子だった。

 そこでもう一度取材の原点に立ち返ることにした。爆発火災事故があったとされる当日、原町火力発電所では本当のところ何が起きていたのか。私は相馬地方広域消防本部に連絡を取った。

 消防本部の担当者によると「震災発生後に火災はありました。これは、すでに県からも発表があったように重機(クレーン車)が燃えただけに過ぎません。火災の原因は我々(消防)が調査していますので間違いはありません」とのことだった。特に取材に対して警戒している様子もないので、もう少し突っ込んで質問を重ねた。

「調査をされたということですが、火災現場となった発電所の敷地内のタンクにはかなりの量の原油が入っていたはずですよね。そちらには被害はなかったのですか?」

 火災関連の質問の一環としては不自然ではないだろう。担当者も警戒することなく「(原油)流出はありましたが、引火はしていません」と答えてくれた。

 そこでさらに核心を突くべく「流出した原油は敷地内にとどまったのでしょうか」と聞き返すと、「海に流出した可能性はあります」とのこと。流出を把握しているところはあるかと尋ねると、「福島県ではないか」とのことだった。ようやく光明が見えた瞬間だった。

 福島県には環境問題を取り扱う水・大気環境課がある。原油流出の可能性と、それを管轄する役所が分かった。

 海に原油が流出した可能性がある以上、ここには消防本部の情報のみならず発電所を管轄する東北電力からも何らかの情報伝達があったはずだ。すぐさま水・大気環境課に連絡を入れ、単刀直入に「東北電力から通達はあったのか」と聞いてみることにした。

「火災のときに、県の相双地方振興局環境課の担当者には東北電力から口頭で報告があったそうです。ただこれは例外でして、原油の流出ということになりますと東北電力さんには電気事業法が適用されるため、『水質汚濁防止法』に基づく事故報告は適用が除外されるんですよ」

 やはり県には東北電力から報告があった。しかし、適用される法律が予想していた水質汚濁防止法とは異なる。これで、想定外の方向に取材の舵を切らねばならなくなった。というのも、水質汚濁防止法では、仮に適用される事故が起きた場合には「事故の状況及び講じた措置の概要を都道府県知事に届け出なければならない」とされている。つまり、窓口の担当者レベルに報告ではなく、あくまで県知事に対しての報告義務があるのだ。

 ところが、今回の震災に原因がある事故で適用される電気事業法に基づく報告義務は、経済産業省が管轄になっているため県に対する報告は除外されている。

 東北電力を義務違反と単純に追及することはできない。

 さらに担当者からは「当該地域が屋内退避区域ということもあり、詳細は把握できていません。流出量についても同様で、把握できていません。ですから、今後の対策についてお答えするのは少しお時間をいただけますか」とのことだった。

 ここまで取材を進めて、情報の伝達経路が通常の事件や事故とは異なるために今回の重油流出事故が報道されていないことが明らかになってきた。

 しかし、原則はどうであれ電気事業法に基づく報告義務だからと県知事に伝えていないことは問題ではないだろうか。あくまで私個人の考えだが、震災に端を発する被害は広く知らしめて情報を共有する必要がある。

haramachikahatsu0005.jpg一帯は漏れ出したとみられる重油で、黒い海と化していた

 いずれにせよ、原油の流出が事実であるとの情報を得、外堀を埋めることはできた。いよいよ本丸の原町火力発電所を管轄する東北電力に取材をかけることにした。

 ここまで回りくどく周辺取材を重ねたのは、念入りに裏を取りたかったからだ。「原油流出の事実がある」ことと「関係機関にどのような通達がされているのか」。東北電力のような大きな会社が相手となるからには、この2点をしっかり固めておかないと私のようなフリーランスのジャーナリストは門前払いされてしまう可能性が高い。

 準備が整ったところで正面から東北電力福島営業所に連絡を入れた。フリージャーナリストと身分を明かした上で火力発電所の取材をしていると伝えた。

「原町火力のことならば、私どもの管轄ですので可能な限りお答えします」

 私の警戒心に反して、担当者は想像以上の低姿勢で対応してくれた。そこで、こちらも妙な含みを持たせないように、先の2点のほかに「漁業従事者などへの補償はあるのか」といった今後の対策まで含めて知りたいと最初に明かした。すると、担当者はやや困ったような様子になった。

「発電所のことはですね、確かにそのようなこと(重油の流出)があるかもしれません。ですが、補償などの話はこちらでは判断できないのです。」

 確かに営業所で判断のつく話ではないだろう。そのことは想定の範囲内だ。

「では、対応できる窓口を教えていただけませんか」

 本社広報の連絡先と担当者名を教えてくれた上に、「こちらからも広報に連絡を入れますので」とのことだった。私は自分の電話番号を伝えて電話を切った。このまま広報から連絡を待ってもよかったが、広報対応の早い大企業などないことはこれまでの経験でも明らかだ。

 こちらから東北電力の広報・地域交流部(報道グループ)に電話をかけた。そこでの担当者の対応は至って丁寧で、大企業にありがちな上からの物言いもなかった。だが、明らかに困惑している様子が伝わってきた。

「現地に確認を取るのでしばらく時間をください」

 現地の営業所から紹介されたので確認はどうかとも思うが、「時間をください」が本音なのだろう。私は了承の旨を伝えて電話を切った。

 次に福島県の水・大気環境課に連絡を入れた。保留になっていた行政としての対策を確認しておくためだ。

 水・大気環境課の担当者は、「汚染の被害実態を探る環境モニタリング調査で、原発近海に加えて火力発電所周辺も対象とするよう環境省に申請しました」と、あくまでこれからの問題として対応するとの回答だった。

 本丸の東北電力から回答があったのは、それから2日後のことだった。前日にこちらから電話していたものの「まだ確認中なので、もう少し時間をください」と言われてしまっていた。再び私が電話を入れると、初日に対応した人とは別の広報担当者に代わり、落ち着いたトーンでこちらの質問に次々と答えていった。

 まず、前提となる事実確認として、破損したのは2つのタンクであり、震災発生直後に1万3,500キロリットルの原油が貯蔵されていた。すべての原油が海中に流れ出たとは考えられないが、一部の原油が海に流れた「可能性は否定できない」とのことだった。

 私は今後の対応策について県が環境モニタリング調査をしようとしていることを申し添えた上で、「可能性の話かもしれませんが、もし環境に影響があった場合にはどうされるのか、その対応策をお聞かせください」と問いただした。

「現在、県が行っている環境モニタリング調査の結果を待って、仮に周辺環境や漁業への悪影響があった場合には相応の対処を検討したいと思います」

 電力会社としての補償の可能性を示唆する回答だった。淡々とした口調ではあったが、最終的に聞きたいことを引き出すことができた。これが、私が一連の調査を通じて得た結末だ。それがどれだけの意味を持つのか、現時点では不確定だ。だが、その被害は無視できるものではない。

 海洋研究をしている独立行政法人・水産総合研究センターによると、原油が海中に流れ込むと最悪の場合、動きのない海藻類や貝類、移動速度の遅いウニやプランクトン・魚の稚魚などが原油による被害を受ける可能性もあるという(水産総合研究センターは、生物に対する影響を推測するためには、海水中の油分濃度が時間的、空間的にどうなるか状況 を把握する必要があるとしている)。

 原油は色やにおいがあるため、それがなくなれば被害を受けた意識が人々から薄れていく可能性もある。一方で放射能同様に、原油はそう簡単に消滅するものではない。

 今回の原油流出を福島第一原発事故が周辺地域にもたらした被害と単純に比較することはできない。しかし、どちらも「今」ではなく「これから」の問題という点では共通している。震災被害は目に見えているものだけがすべてではない。そのことを、震災の記憶ともども忘れてはならない。
(取材・文=丸山ゴンザレス/http://ameblo.jp/maruyamagonzaresu/

海の色が語る地球環境

助けて、さかなクン。

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最終更新:2013/09/12 21:43
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