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開港150周年を機に振り返る横浜の闇と伝説『消えた横浜娼婦たち』

dambara01.jpg著者・檀原照和氏。メリーさんゆかりの地である、福富町「GMビル」にて撮影

 今年開港150周年を迎えた港町・横浜。異国情緒あふれる街並み、波止場のロマンティックな夜景など、デートスポットとしての人気も高い。しかし、そんな横浜のイメージを覆す本『消えた横浜娼婦たち──港のマリーの時代を巡って』(データハウス)が発売された。横浜で活躍した「ヨコハマメリー(メリーさん)」ら伝説の娼婦たちのエピソードを軸に、戦前から現在までの横浜”裏面史”を描いたこのノンフィクション。はたして、「語られてこなかった歴史」とはどのようなものなのだろうか? 著者である、横浜在住の檀原照和さんに話を聞いた。

──檀原さんは横浜に住んでどれくらいですか?

「14年住んでます。横浜のことを何も知らない状態で引っ越してきたので、最初は歴史の話はおろか、外人墓地や馬車道さえもどこにあるかわからないような状態でした」

──『消えた横浜娼婦たち』に描かれているような、横浜の裏面史を調べはじめた経緯を教えてください。

「横浜って昔の日活映画とか刑事ドラマとかでロケ地になっていて、映画の中では怪しいイメージが広がっていますよね。そういう世界が本当にあるのか疑問に思って調べていたら、ある人に『メリーさんの話は絶対に面白い』と言われて。『メリーさん』を入口にして調べていったという感じですね」

 「メリーさん」とは、かつて横浜にいた娼婦だ。全身に白塗りを施し、衣服に至るまで全て純白に統一することにこだわった彼女。老婆になっても1人街角に立ち続けながら客を穫っていたというこの娼婦は、ドキュメンタリー映画の題材や、故・中島らもの小説「白いメリーさん」のモチーフになるなど、その存在はすでに伝説のものになっている。

──カルトな人物として一部では有名なメリーさんですが、横浜の人には広く知られているんでしょうか?

「他の土地から移ってきた人でなければ、だいたい3世代くらいで知られています。ただ、イメージは世代によって少し違っていて、年配の方は比較的若い頃のマダムの雰囲気を漂わせていたメリーさん、30代から40代くらいの人はしわくちゃの腰の曲がった正体不明のおばあさん、もっと若い人だと映画や本の中に登場する都市伝説の人物という感じです」

──メリーさんのような人間が存在しているのも「横浜」という街の懐の深さなのかなと思うんですが。

「戦前から横浜には変な人が多かったんですよ。80年代には電車の中でオペラを歌う『オペラおじさん』や『ポンポンおじさん』などがいました。今でも横浜スタジアムの前で扇形に並べた旅行パンフレットの中心で演歌を熱唱しているおじさんがいたり。そういう人が何人もいたからメリーさんも特別な人だと思われなかったんでしょうね」

──『消えた横浜娼婦たち』を読んでいて不思議だったのは、娼婦でありながら、メリーさんと寝たという男が出てこないですよね。

「不思議なんですね。僕もそういう人が見つかればいいなと思いつつ取材をしていたんですが、全くいないんです。そもそも『波止場で外国人と別れている場面を見た』という人がいるくらいで、男と一緒に歩いていたという目撃情報もありません」

──そんな謎を残すところが「伝説」を生み出すゆえんなのでしょうか?

「19世紀のドイツにカスパル・ハウザーという謎の野生児がいました。高貴な生まれらしいんですが、一切の教育を受けていなかったため言葉も話せず、正常と異常の狭間の状態。出自も不明です。メリ-さんもやはり正体不明で、頭がおかしいのでは、と思われていたようです。そういう人物は人を惹きつけ、伝説になります。

 もし『メリーさんとヤッた』という人がごろごろ出てきてしまったら、ちょっと違うものになってしまうと思います。メリーさん伝説にとっては、メリーさんの実像よりも、街の人たちがいかにメリーさんを造形してきたかが重要なんじゃないでしょうか」

──メリーさんのお墓にも行かれたんですよね。

「場所が分からなかったので、(メリーさんの実家がある)岡山の山村を半日歩き回って自力で見つけて。斜面の中腹に一族の墓が並んでいて、その隅の方に葬られていました。お花も供えられていたんで手入れをされているんだなという印象でしたね」

「ヨコハマメリー」という伝説の娼婦を輩出した街、横浜。かつてはなんと海賊も出現し、麻薬地帯の汚名を着せられた地域さえもあった。しかし現在では不穏な地区も変わりつつある。

──特に中田市長になってから、横浜はクリーンな街を目指しているようですね。

「そうですね。横浜に寿町というスラムがあるんですが、周りがマンションで取り囲まれています。『臭い者に蓋』で隠された状態です」

──そういった意味では、徐々に昔の横浜の記憶は忘れられてしまっているんでしょうか?

「横浜にはかつて『港町』というアイデンティティがあったんですが、東京港が国際港になってから横浜港の存在意義が薄れてしまったんです。さらに飛行機の時代になって成田空港ができてからは、それが決定的になってしまった。だから、何か違うアイデンティティが必要だということで、『クリエイティブシティ』というキーワードを掲げているんですが……どうでしょうね」

──横浜以外の人から見れば、「横浜」といえばオシャレな街というイメージが根強いと思うんですが。

「いや、迷走中の街じゃないですかね? 横浜って微妙な所だと思いますね。例えば、僕の知ってる限り横浜には2軒メイド喫茶があるんですが、あまり流行っていないようなんです。東京まですぐだから、みんな秋葉原に行っちゃうんですね。『本場のメイドさんに会える東京に行けばいいじゃん』っていう考えだから、空洞化して独自のシーンが育たないんですよ。東京と近すぎるのは問題です」

──そういう意味では郊外の一つになってしまったんでしょうか?

「横浜発祥として紹介されているものってみんな輸入してきたものじゃないですか。外国からやってきたものを加工してるだけ。横浜で新しい文化が生み出された例はほとんどありません。センスはあると思うんですが、『クリエイティブシティ』って向いてない。国内で向いている街があるとしたら、大阪くらいかな」

──この先メリーさんのような伝説の娼婦が横浜から出現することはあると思いますか?

「それは絶対ないでしょう」

──それも寂しいですね

「健全になったとも言えますが、時代の流れでしょうね」
(取材・文=萩原雄太[かもめマシーン])

消えた横浜娼婦たち 港のマリーの時代を巡って

時代に取り残された女たちの系譜。

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●だんばら・てるかず
東京生まれ。法政大学法学部卒業。1995年から横浜に在住し、土地にまつわる習俗について調べ始める。2006年『ヴードゥー大全』(夏目書房)を出版。近年は地元横浜のみならず、東京湾岸一帯の知られざる歴史や文化についても調査中。

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最終更新:2009/07/06 13:25
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