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小説『神様のカルテ』作者 現役医師・夏川草介が語る地方医療の現在

 古くは『白い巨塔』(新潮社)、近年では『チーム・バチスタの栄光』(宝島社)など、医療現場を描いた傑作小説は数多い。今回紹介する『神様のカルテ』(小学館)もそのような医療小説の系譜に名を連ねるであろう名作だ。

 小学館文庫小説賞を受賞したこの作品は、リアルな医療現場を描きながらも、「悲しむことが苦手」という主人公の医師・栗原一止や、彼を支えるパートナーであるハルさんのあどけない魅力など、登場人物のキャラクターがはっきりとしていて誰もが楽しむことができる。

 この作品の作者であり、長野県で現役の医師を務める夏川草介さんに訊いた。

──夏川さん自身が現役のお医者さんということですが、小説を書き始めたきっかけを教えてください。

夏川 書くこと自体は学生の頃から少し行ってはいたんですが、医者になると書く時間なんてなく、以前勤務していた病院ではほとんど泊まり込みの生活でした。その病院から別の病院へ移り、環境が変わったことをきっかけに、ふいにまた書きたいという思いが戻ってきたので。

──小説に書かれているような激務は日常茶飯事だったんでしょうか?

夏川 前の病院はかなり大変で、土日も関係なく働き続け、一番ひどいときは700日連続勤務でしたね。2日に1回くらいは夜中にも呼び出しを受けるような生活でした。

──地方の医療現場ではそれが当たり前なんでしょうか?

夏川 どこでもそうというわけじゃないと思いますが、僕がいた病院がこれから頑張っていこうという方針を出したばかりで、医者の数も足りない状況でもあったので。

──夏川さんの中で医者と小説家の共通点はあるんでしょうか?

夏川 いや、医療と小説とを比べてどうっていうのはないですね。自分の本分は医者だと思っているので。その中で自分の思ったことや感じたことを表現する、残しておきたい物語を形にするのが小説。だから共通点があって手を伸ばしたということではありません。

──むしろ真逆だからできる?

夏川 そうですね。医療の現場で感じたことを医療とはぜんぜん違う形で表現できるのが小説です。

──小説中に登場する安曇さんのエピソードは、特定のモデルがあるというよりも夏川さんの理想を描いているんでしょうか?

夏川 そうですね。重症の患者さんや亡くなる方の多い病院だったので、こういう時間の過ごし方はほとんどできませんでした。こういう過ごし方ができればという思いがありながら、亡くなりそうな患者さんと話をしてるのに別の患者さんのことで呼ばれたり。別の急変に対応しなきゃならなかったりっていうことばかりだったので。ここまでできれば理想的なんですが。

──実際は難しいですか?

夏川 同業者から実際こんなことはできねえだろと言われます。それは当然できるはずはないんですが、今後変わっていけばいいですね。

──長野をはじめとする地方医療の現状はどのようなものになっているのでしょうか。

夏川 この小説を出版してから、『やっぱり大学の医局はダメで地方の病院が頑張っているんですね』という感想をいただくことがあるんですが、僕が言いたいのは全くそんなことじゃないんですね。大学医局のシステムがあるから地方の医療はかろうじて成り立っている面が多分にあります。医局は必要なんです。

──「医局」というとネガティブなものに捉えられがちですよね。

夏川 現場の医師にとっては、大学医局と地域病院の役割分担は明確にあるんですが、それが患者さんには明確になっていないのが問題点なんじゃないかと思うんですね。それぞれの役割が、患者さんには見えにくいんだと思うんです。医師の側から一人ひとりの患者さんに説明できれば良いのですが、大学医局の医師にも地域の病院の医師にも、そういう時間を取るだけのゆとりがない点では同じです。

──大学医局や地方医療などに対するメッセージは小説を執筆する上で意図していたことでしょうか?

夏川 この小説は、医療の問題を全面に訴えるための小説じゃないので、それがメッセージの主体ではないですね。だから本の中でもできるだけ病院以外の話を入れました。医療だけの問題ではなく、病院を囲む他のドラマ要素も書いた。いわゆる医療小説という分野に固まらないようには気をつけました。

──夏川さん自身は、この先東京の病院に移ったりすることは考えているんでしょうか?

夏川 僕は基本的に長野が好きなので、全然考えてないですね。あと都会が苦手なんで。だから、より田舎の病院に行くことはあっても都会はないですね。むしろ山奥とか離島とかに行くんじゃないでしょうか。

──都会のほうが医者の数も多く仕事がしやすいんじゃないかと思うんですが。

夏川 むしろそういう問題ではないと思います。人の数が多ければ、それだけ問題も多様化し複雑化します。単純に条件がよくなるという訳ではないと思うんですよね。ただ自分の場合、どっちでより活躍できるかと考えればやっぱり長野かなと感じる程度です。

──本の帯やポスターには全国の書店員さんから絶賛のメッセージが寄せられていますが、お医者さんからの感想はどのようなものがあるんでしょうか?

夏川 自分のことを知ってるお医者さんからは「こんなに理想的にはいかないだろう」と言われますね。

──(笑)

夏川 ただ、全く僕のことを知らないお医者さんから「すごく勇気を貰った」とか「大変だけどまた頑張っていきたい」みたいな感想をいただいたりしてます。同業者の方からそういう感想をいただくと励みになりますね。自分も頑張らなきゃなって。

──そういう感想を聞くと長時間の勤務にも耐えられますか?

夏川 また一晩寝なくても頑張れます(笑)。
(取材・文=萩原雄太[かもめマシーン])

なつかわ・そうすけ
1978年大阪府生まれ。信州大学医学部卒。長野県の病院にて地域医療に従事。『神様のカルテ』で第十回小学館文庫小説賞を受賞し、デビュー。

神様のカルテ

神の手を持つ医者がいなくとも…

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最終更新:2010/12/20 17:30
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