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百戦錬磨のジャーナリストは、なぜ“あえて”タブーを犯したのか?

橋下・朝日騒動、筆者佐野眞一を暴走させた“良心”とカラクリ

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橋下・朝日騒動、筆者佐野眞一を暴走させた“良心”とカラクリ – Business Journal(11月22日)

「週刊朝日」(朝日新聞出版社
/10月26日号)

 衆議院が解散され、橋下徹大阪市長率いる「日本維新の会」に、石原慎太郎前東京都知事が急造で立ち上げた「太陽の党」が合流して、「第3極」を呼号する新党ができた。世間の注目は、この新党が果たして政界にどれくらいの勢力を築くことができるかに移った。

 一時は暴言もあるがメリハリある発言で期待を集めた橋下氏だが、学校教育問題や職員のイレズミ問題など、保守的で強引な施策や発言が重なるにつけ人気離散。その焦りが、原発政策をはじめとする諸政策で少なからず乖離する石原氏と合流させたとの見方が広がっており、野合批判もあって、このままでは第3極は名前だけのものに終わるとの見方も浮上してきている。

 その、あえて言えば“落ち目”の橋下氏を一時的にしろ同情の対象にしてしまったのが、「週刊朝日」(10月26日号)の『ハシシタ 奴の本性』とタイトル付けられた、ノンフィクション作家・佐野眞一氏の手になる緊急連載記事の第一回だった。

 いささか十日の菊になるが、記事を少しトレースしてみると、「日本維新の会」旗揚げパーティの描写から入り、壇上に立った橋下氏の挨拶振りを「テキヤの口上」と揶揄し、そのうえで女性占い師細木数子氏を引き合いに出し「田舎じみた登場の仕方といい、聴衆の関心を引きつける香具師まがいの身振りといい、橋下と細木の雰囲気はよく似ている」と書く。もちろん細木氏を引き合いに出すのはネガティブな意味合い以外何物でもない。他にも「この男は裏に回るとどういうことでもやるに違いない」「橋下の言動を動かしているのは、その場の人気取りだけが目的の動物的衝動である」云々と各所で酷評する。

 橋下氏嫌いには溜飲の下がる記事だったかもしれないが、読んだ人の多くがそう感じたに違いないと思われたのは、いささか橋下氏攻撃の意図があからさまに出すぎていて、そのあとに続く記事も含めて、客観性に欠けるのではないかということだった。週刊誌という媒体特性があるにしてもだ。記事構成もいささか単調にすぎる。冗長と感じるほど複線的重層的な書き方が佐野氏の特徴だから、ちょっと違うなという感じもした。

●佐野氏らしくない書き方

 雑誌編集者時代、筆者は何度か佐野氏と仕事をしたことがある。例えば、佐野氏の代表作の1つである『遠い山びこー無着成恭と教え子たちの四十年』(新潮社)の巻末にはこの本の端緒を作った人間として名が載っているのだが、今回の朝日の記事のようなバランスの欠けた性急な書き方も、佐野氏らしくないと率直に思ったものだ。今回も「60人近い人々に取材した」と報じられているが、馬に食わせるほど材料を集め、取材し、そこから書くべきことをじっくり拾い上げていくのが佐野氏流だからである。

 また雑誌編集者は多かれ少なかれ部落問題に関する扱いの難しさを経験あるいは教えられており、今回のこうした書き方は大丈夫かなというより、佐野氏を知る者として問題が起きないといいがなあと思ったのも事実である。

 よく「部落(あるいは開放同盟)がうるさいから、差別に関わる記事は避ける」という言い方をする人がいるが、筆者はそうではなく、部落問題を扱う際の出版コードとでも言うべきものは、メディアと差別される側の人たちとの長い遣り取りの中で構築された慣習法のようなものであり、それはやはり守るべきだし、その上できちんと書くべきことは書くということが重要だと考えている。

 例えば、今回の記事で最も問題になった町名や地番をストレートに書き、同和地区を特定できるような表現は、そのコードにまったく反する行為だと言っていい。だから、記事を読んで「編集者は何をしていたのだろうか」とも思ったものだった。さらには花田紀凱氏や元木昌彦氏らも指摘しているように、なぜメディアの世界において百戦錬磨の佐野氏が、その点に十分に留意しなかったのかという点も大いに疑問とするところだった。

 結果はご存知の通り。連載は中止になり、11月12日、出版元である朝日新聞出版は、橋下市長連載記事に関する第三者委員会の見解を踏まえ、この記事が「(橋下市長の)出自を根拠に人格を否定するという誤った考えを基調にして」おり、また記事の中心をなすインタビュー部分も「噂話の域を出ておらず、(その一部は)信憑性がないことは明白」と断じ、社長が引責辞任、編集長が停職3カ月及び降格などと発表したのである。

 同時に、篠崎充社長代行が、記事掲載・事後対応の経緯報告書と再発防止策などに関する文書を携えて大阪市役所に橋下市長を訪ねて陳謝した。この間、橋下市長の、親会社である朝日新聞に対する取材ボイコット発言などもあったが、形の上では朝日新聞出版側の全面敗北で事は終わったわけである。

●避けるべき表現

 それにしても、なぜこうした記事が出てしまったのだろうか?

 経緯報告書によれば『ハシシタ 奴の本性』というタイトルは担当デスクの提案で、以前「週刊ポスト」に連載され、書籍化され小学館から刊行された『あんぽん 孫正義伝』に影響されたという。このタイトルを聞いた佐野氏が、いかつい顔を獲物を見つけた猟師のようにほころばせた様が筆者には想像された。

 しかしそうであっても、佐野氏がこのタイトル案を聞いたとき、「これは仮タイトルならいいが、本タイトルだとするには無理がある」と編集サイドに釘を刺さなかったということが疑問なのである。「ハシシタ」「奴」「本性」といった言葉は、売らんかなの週刊誌であるにしても、いささか乱暴で侮蔑的な言葉遣いである。私自身の感覚で言うと、ソフトバンクグループの総帥である孫氏は確かに公人ではあるが、それでも「あんぽん」というタイトルは氏にとって侮蔑的で差別的なものだし、やはり避けるべきだったろうと思うのである。最近の学校現場におけるイジメと同様、思いやる心のなさや鈍感さなどと通低する問題意識の欠如が、そこにはあるように思われてならない。

 筆者の印象では、佐野氏は面白がる人である。ノンフィクションを書くエネルギーは、やはりテーマが書き手の意欲を掻きたてるかどうかにある。佐野氏も同様にテーマに面白さを求める。面白さというのは、単なるエンターテインメント的なそれを言うのではないことはもちろんである。佐野氏は橋下氏という格好の材料を、タイトルが意図する書き方で料理することができることに、大いに興趣が湧いたのであろう。もちろん編集部サイドも面白がり、熱が上がり、相乗効果でつっ走ってしまった…。佐野氏自身は率直な意見を喜ぶ人だが、ノンフィクション界に佇立する大家と言ってもいい氏が機関車のように動き出せば、若い編集者、デスクは遠慮もあり、止めることができなかったという事態も想像できる。

 ここ数年、佐野氏は健康に不安があり、まだ老け込む年ではないが、持ち前の性急さがさらに性急になったのかとも思った。これはあくまでも、筆者の危惧でしかないのだが。

 記事を読む限り、佐野氏の橋下氏嫌いは徹底しているようだ。それ以上に橋下氏の登場を促した日本政治の今日的状況に、危機感を抱いているということのほうが正確かもしれない。いずれにしろそうしたことから、橋下氏の本性を徹底的に描き出してやろうと考えたに違いない。あわせて紙背からは、かつて漫才師横山ノック氏を大阪府知事に据え、今また橋下氏を日本政治の救世主扱いするような大阪的ポピュリズムに一泡吹かせてやりたいという意欲も満々に見えた。佐野氏のその強い意欲が、差別や人権問題などに関しては瞬時、何も見えなくしたのかもしれない。

●表現と報道の自由への強い意欲

 もうひとつ、こういうことも考えられる。先ほど部落問題に関するコードの話をしたが、一時期、部落問題に絡んで差別的言辞を弄したメディアや関係者が糾弾されたり、吊るし上げられたりすることが頻繁にあった。一方で部落問題に絡んで怪しげな利権の話がずいぶん流れたこともご存知の通りである。しかし、それらのことを含めて部落問題を扱うことはタブー視され、メディアの多くが触らぬ神にたたりなし的に扱ってきたことも否定できない事実である。

 佐野氏がこの記事を書くに当たって考えたもうひとつのこととは、部落問題を含めてメディアにはタブーがあってはならないということではなかったかと思う。橋下氏という公人を題材とすることでそのタブーを打ち破り、報道と表現の自由をあらためて確認したいという強い意欲が佐野氏にあったのではないか? 佐野氏が「言論の自由と表現の自由」に強い危機感を抱いていることは、多くの人の知るところだからである。そのことが今回の遠因であるようにも思う。

 さらにもうひとつ挙げるとすると、佐野氏は『私の体験的ノンフィクション術』(集英社)という著書にも記しているし、朝日新聞出版が今回の一連の事件を総括した際に出した「見解とお詫び」にも書いているように、「生まれ育った環境や、文化的歴史的な背景を取材し、その成果を書き込まなくては当該の人物を等身大に描いたとは言えず、ひいては読者の理解を得ることもできない」として、このことを、評伝を書く上の鉄則としているという点である。確かに正力松太郎を描いた『巨魁伝』(文藝春秋)にしても、中内功を取り上げた『カリスマ』(新潮社)にしても、この鉄則が貫かれている。

 ただそこに落とし穴があったと言うべきだろう。「見解とお詫び」にいみじくも佐野氏自身が書いているように、取材態度としてそうであり、また事実その点まで徹底して取材の網を広げたとしても、「取材で得た事実をすべて書くわけではありません」ということはノンフィクションといえども普通のことである。少しテクニカルな話になるが、とすれば部落問題の複雑性にかんがみ、佐野氏は、橋下氏の出自はともかく、氏の父親の出身地を特定できるような書き方は避けるべきではなかったかと思われるのだが、どうだろうか? 佐野氏は自らの鉄則、それはこれまで成功してきた方法論に他ならないのだが、それに自縄自縛になってしまっていたように思えてならない。

 いずれにしろメディアにはタブーがあってはならない、橋下氏は公人中の公人である。だから佐野氏は自らの鉄則に従い、橋下氏の出身地をあからさまに書いた。ただその際、のちに自らが反省しているように、現実にそこに住んでいる差別される側の人たちに対する温かい配慮が抜け落ちていたということでもあろう。

 それにしても、いまやノンフィクション界の巨人とも言うべき佐野氏は面倒な問題に絡め取られ、しばらくは表立った動きがしづらい位置に立つことになったようだ。この間、東電OL殺人事件の犯人とされたネパール人のゴビンダ・プラサド・マイナリ氏の無罪が確定したが、同名のノンフィクションで氏の無罪を早くから訴え、当然、多くのメディアにコメントを求められてしかるべき佐野氏だったが、私の知る限りまったく露出がなかった。

 であるにしても、タフな佐野氏のことである。不死鳥のように、新たなテーマでメディアに再登場するにちがいない。多くのファンがそれを待ち望んでいるし、古い知人の1人として筆者自身そのことを疑っていない。

 また今回の一件に関しても、朝日側の経緯と検証だけでなく、佐野氏自身の経緯と検証を明らかにしてほしいものだとも思う。いかに苦しい作業であるとしても、佐野氏が言う「言論と表現の自由」のためには、それは欠かせないと考える。

●猪瀬東京都副知事の振る舞い

 最後に、この一件を機に佐野氏の剽窃事件なるものが、一部メディアで話題になっている。契機となったのは、東京都副知事の猪瀬直樹氏のツイッターでの指摘である。猪瀬氏がなぜこの時期、その話を持ち出したのか、その真意はわからないが、少なからぬ人が想像したのは、橋下氏と前都知事で猪瀬氏の後見人ともいうべき石原氏が盟友であり、その橋下氏を攻撃する佐野氏は許しがたかったからだろうということである。さらに佐野氏が『てっぺん野郎』(講談社)で石原氏の本質をかなり辛らつに描き出していることもあり、親分に代わって子分の俺が敵をとってやろうと思ったのかもしれない。ノンフィクション畑の出である猪瀬氏は政治の世界に絡め取られ、いまやノンフィクション界での評価では佐野氏と雲泥の差がついた。その焼餅の裏返しだろうと類推するマスコミ関係者もいる。

 先に挙げた佐野氏の『遠い山びこ』は、出版した年の大宅壮一ノンフィクション賞の最有力候補だったが、深田祐介氏の作品と内容構成が近似した作品が過去にあったとの理由から受賞は見送られた。これは事実である。私は多少の関係もあり、とても残念に思ったことを記憶している。しかしその後、佐野氏は深田氏に説明陳謝し、この問題は和解落着したと文藝春秋関係者から聞いている。それゆえに、1997年には『旅する巨人』(文藝春秋)で大宅賞を受賞できたのである。しかもその後の佐野氏の活躍は多くの人がご存知の通りだし、もちろん盗用と誤解されるような原稿など一切ない。

 佐野氏はもちろん犯罪者ではないが、仮に更生した人が何年も何十年も前の犯罪で糾弾されるようなことがあっていいものだろうか? そうした類の正義派ぶった人間が少なくない、社会のゆがみ、非寛容さが、犯罪者の更生をしづらくしているのではないか?

 仮に都知事選挙にも立候補しようとする人物が、そうした行動に出るのは、余りにも狭量で温かみに欠けると思うがいかがだろうか。所詮その程度の品性の人間だと言えばそうのなのだろうが。加えてそれを面白がって追従し、「佐野氏のパクリ」などと書くメディアもメディアであると、筆者はその貧困さを憐れむばかりである。
(文=清丸恵三郎)

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最終更新:2012/11/24 10:01
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