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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.332

食料が尽きたはずの戦場で食べた奇妙な肉とは? 嘔吐感に見舞われる戦慄のグルメ映画『野火』

nobi01.jpg戦場で味わった不思議な食材を題材にした『野火』。本作を観た後で『マタンゴ』(63)を見直すと、これまでと違った後味を感じるだろう。

 戦場で飢餓状態に陥った田村は、朦朧とする意識の中で戦友から不思議な肉を与えられる。この肉のお陰で田村は命拾いするが、それはこれまで一度も口にしたことがない奇妙な味の肉だった。戦友は「ジャングルで捕まえた猿の肉を干したものだ」と笑って説明するが、田村はジャングルで猿を見かけたことがない。その代わり、戦場には日本兵の死体があちこちに散乱していた。田村は自分が口にした肉の正体に気づき、また自分もやがて戦友の食料にされてしまうのではないかという激しい恐怖感に襲われる。大岡昇平原作、塚本晋也監督&主演作『野火』は、世にも恐ろしい禁断のグルメ映画だ。

 原一男監督の『ゆきゆきて、神軍』(87)や松林要樹監督の『花と兵隊』(09)などのドキュメンタリー映画と同じく、『野火』は戦場におけるカニバリズムを題材にしている。第二次世界大戦末期のフィリピン・レイテ島。田村一等兵(塚本晋也)は結核を患っていたことから、分隊長(山本浩司)から病院行きを命じられる。わずかばかりの芋を持たされた田村は野戦病院に向かうが、病院はすでに負傷兵でいっぱい。診察費代わりに芋を巻き上げられた上に、「肺病ごときで入院しようと思うな」と病院から追い出されてしまう。部隊にすごすご戻れば、また分隊長にぶん殴られる。何度も部隊と病院を往復するが、田村はどこにも自分の居場所を見つけられず、ジャングルを彷徨うことになる。そうしているうちに戦況はますます悪化。米軍の砲撃と照りつける陽射しの中、食べるものはまったくなく、野草を口に入れて飢えに耐えていた田村は、目の前にゴロンと千切れて転がっている死んだ日本兵の足や腕に齧りつきたいという欲望に駆られていく。痩せ細った田村が狂気に取り憑かれていく様子を、塚本晋也監督自身が鬼気迫る表情で演じている。

 塚本晋也監督といえば、製作・監督・脚本・美術・撮影・照明・出演・編集を兼任したインディペンデント映画『鉄男』シリーズで世界的に知られている存在。タランティーノやダーレン・アロノフスキーたちからもリスペクトされている。ブレイク作『鉄男』(89)は、都会で暮らす平凡なサラリーマンの身体が金属に侵蝕されていくという不条理なSFスリラーだった。息が詰まるような閉塞的な社会で、追い詰められた現代人が別の生命体へ痛みを伴って変貌していく姿を、塚本監督は度々描いてきた。『六月の蛇』(02)ではセックスレスの人妻(黒沢あすか)が、『KOTOKO』(12)では育児に悩むシングルマザー(Cocco)が精神と肉体のバランスを崩し、別人格が暴走を始める。ごく平凡な人間が社会状況に過剰に反応して、モンスター化してしまう恐ろしさが塚本作品には常に漂う。フィリピン戦線を経験した大岡昇平の原作小説を、塚本監督は高校時代に読んだそうだ。戦場という極限状態の中で平凡な男たちが餓鬼化していく『野火』は、塚本ワールドの原風景なのかもしれない。

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