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妖怪小説家・田辺青蛙の「妖しき本棚」第7回

後味の悪さが尾を引く、究極のマゾヒズム世界『劇画 家畜人ヤプー』

yapu.jpg『劇画家畜人ヤプー【復刻版】』ポット出版

「日本ホラー大賞短編賞」受賞の小説家・田辺青蛙によるオススメブックレビュー。

『家畜人ヤプー』という本の存在を知ったのはどこだろう。帯には「あるマゾヒストが夢想した もうひとつの日本、邪蛮。約40年前に描かれた禁断の書、復刊」とある。

 日刊サイゾーの編集者さんから、この本のレビューを頼まれたとき、正直言ってちょっと戸惑いがあった。自分が自分でない異形のものになってしまう……。誰かの日常品に作り変えられてしまうとしたら。身の回りの物がもし、意思を持つ”人”に似た生き物だったとしたら……。

 白人女性をフィアンセに持つ日本人の青年が、未来に連れて行かれる。そこで日本人は酷い扱いを受けていた。未来では白人は神、黒人は奴隷、日本人は家畜や道具同然だったのだ。家具や便器も異形の姿となった日本人であり、ペットも奇形として生み出された日本人。そんな世界を白人たちは自由気ままに生きている。やがて日本人の青年もフィアンセの心変わりによって、肉体改造を受けた後にその一員に加えられてしまう。作者が匿名で複数いると言われていたが、作者だと名乗り出た人物がいる。

 僕がこの本について知っていることはおおよそこんなところだった。どこでヤプーのあらすじを知ったのかは分からない。ただ、恐ろしく奇妙で物凄く危ない本のような予感がして、興味はあったが長いこと手に取ることはなかった。江川達也によって漫画化されたことも、石ノ森章太郎によって漫画化されたことも何故かいつの間にか知っていた。きっと認めたくないながらも、本書を強く意識していたからだろう。

 劇画版とはいえ、内容はかなり原作に忠実であるという話を聞き、おそるおそるページを捲った。すると『サイボーグ009』や『HOTEL』で見知った石ノ森章太郎の絵で、ギリシャと思わしき場所に円盤が飛んでいる図が見開きで描かれていた。いきなり最初からグロテスクな絵で始まらなかったことに、ホッと胸を撫で下ろしつつ読み進めていったのだが、中盤以降に差し掛かると胃にグッと負荷がかかったような嫌な気分に襲われてしまった。

 とにかく凄い内容なのだ。醜い形に変えられて、白人の汚物を受け取ることだけを喜びとする日本人だった者たち……。ありとあらゆる手管で、日本人(ヤプー)は最終的には白人に服従せざるをえないように、意識を変えられてしまう。

 あるマゾヒストが書いた手記と描かれているが、いやはや、これは単なるSF・SM小説では片付けられそうにない気がする。平穏や常識が覆されてしまった時、人はどうなってしまうのだろう。白人が神のように君臨し、日本人(ヤプー)は奴隷以下の世界に、とあるアクシデントによって未来人のポーリーンにフィアンセのクララ(白人でドイツ人)と共に連れてこられてしまった燐一郎(日本人)。この本を単なるマゾヒストの願望か、エログロナンセンス小説と言って片付けてしまうか、ホラーと思うか。色んな読み方が可能な奇書だと思う。

 絶望しきっても、薬で死ぬ意思さえ奪われた燐一郎。僕がもし、彼の立場だったら……。

 本書の中で繰り返して出てくる重要な言葉「彼は何になるのだろう?」(ヴアス・ヴィルド アオス・イーム?)燐一郎のフィアンセ、クララは特にサディストでもなく、大学時代からの同級生であり、永遠の愛を誓い合った相手であったはずだ。燐一郎は精神を歪められ、体を変えられた。だが、その原因を作ったクララは何が変わってしまったのだろうか。彼女はいったい何になったのだ?

 独特の可愛らしささえ感じられる、石ノ森章太郎の絵で表現ざれた遠くない歪んだ未来。本を閉じた後も、まだ軽い眩暈が抜けない。

 ちなみに本書の解説を丸尾末広が書いている。そちらを読んで、丸尾末広が描いた『家畜人ヤプー』はどんな風だろうかと考えてしまった。ともかく、僕にとっては刺激が強すぎる一冊だったが、原作にもチャレンジしてみようかと思う。得体の知れない本書を、そのままにしておくのも、『劇画版家畜人ヤプー』を読んだのを切っ掛けにこれで仕舞いにしよう。『家畜人ヤプー』のタイトルを一度でも目にしたことがある人は、切っ掛けや入門書として本書を手にとってみるといいかも知れない。そんなわけで、僕はさっき原作本を注文してしまった。届くまでも、届いた後もしばらくは落ち着かないなんともいえない気分を抱いたまま過ごす事になりそうだ。
(文=田辺青蛙)

劇画家畜人ヤプー【復刻版】

眠りから覚めた”禁断の書”。

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「妖しき本棚」INDEX
【第6回】妖怪並みの衝撃! 変態おじさんとの思い出がフラッシュバックする『バカ男子』 
【第5回】「げに美しき血と汚物と拷問の世界に溺れる『ダイナー』
【第4回】「グッチャネでシコッてくれ」 河童に脳みそをかき回される『粘膜人間』
【第3回】なつかしく、おそろしく、死と欲望の詰まった”岡山”を読む『魔羅節』
【第2回】“大熊、人を喰ふ”史上最悪の熊害を描き出すドキュメンタリー『羆嵐』
【第1回】3本指、片輪車……封印された甘美なる”タブー”の世界『封印漫画大全』

最終更新:2010/04/08 21:10
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