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想定外を想定した、落ちても安全な"新しい天井"づくりへ

日本科学未来館に聞く、3.11の教訓とこれからの科学

miraikan00.jpg天井が一部落下した未来館のエントランス。
(写真提供=日本科学未来館/以下同)

 東日本大震災の影響で、首都圏の大型施設でも天井が落下し犠牲者が出るなど大きな被害が出た。閉館を余儀なくされたり補修工事が急ピッチで行われている施設が多い中、同様の被害があった日本科学未来館では少し変わったプロジェクトが始まっている。それは、発想を転換させた”新しい天井”づくり。「絶対に落ちない天井はあり得ない」という考えの下、「たとえ落ちても大事に至らない天井」に作り替えているというが、果たしてこの新しい天井は、日本の建築常識をひっくり返す起爆剤となり得るのか。同館の運営事業部部長代理・栄井隆典氏と科学コミュニケーター【註】・大西将徳氏に話を聞いた。

――そもそも震災前から、日本科学未来館(以下、未来館)の建物全体や天井の耐震性について何らかの懸念はあったのでしょうか?

栄井隆典氏(以下、栄井) 未来館は2001年に開館して今年で10年目を迎えますが、建物自体は震度7規模の地震まで耐えられる構造となっており、耐震性は保障されています。今回は大きな揺れが長い時間続いた影響で、エントランスの吹き抜け天井の一部のボードが落ちるという事故が発生しました。幸い、来館者やスタッフにケガ人は1人も出ませんでした。

――復旧に当たり、崩落部分を張り直し補強を行うという選択肢もあったかと思いますが、今回は東京大学生産技術研究所・川口健一教授のアドバイスを受け、あえて発想を転換した”新しい天井”を採用することになりました。教授は以前から、天井の崩落被害に問題意識を持っていらっしゃったのでしょうか。

mirauian.jpg大西将徳氏(左)と栄井隆典氏(右)。

大西将徳氏(以下、大西) 川口教授はもともと建築物の構造がご専門で、1995年の阪神・淡路大震災が大きな契機となったそうです。現地に入って大型施設の被害状況を100件以上調査されたのですが、直下型の地震といっても建物の骨格はそれほど壊れていなかったそうです。一方で、3分の1ほどの施設で、上からの落下物の被害があり、そのうちの7割は天井の落下だったということに衝撃を受けられた。「わたしたちが日ごろ安全だと思っているものとは一体なんだったのか」ということで、天井の被害についても考えなければならないと思い立ったそうです。阪神大震災が起こったのは朝の5時46分だったので、教授が調査された大型施設で天井が落ちてケガをされた方はいらっしゃいませんでした。しかしその後、大型施設は避難所として利用されたわけですが、天井が落ちたことで避難所として使えなかったり、天井が落ちかかっていてもそのまま避難所として使わなければならなかったという状況を目の当たりにされて、「命が助かればそれでいいのではなく、もっと安心な建物を日本は目指さなければならない」と思われたそうです。それで、安心な建物とは何かといえば、「大地震が来ても次の日からそれまで通りの日常が送れる建物」だと。例えば、会社に勤めている方の場合、会社の建物自体に被害がなくても、地震ですごく揺れて怖い思いをすると、次の日から会社に行こうしてもそれがトラウマになって不安になってしまいますよね。そのように、次の日からいつもの日常が送れなくなってしまうのではダメだと。

■構想15年 教授が出した答えは「膜天井」

――そもそも、なぜ天井は落ちるのでしょうか。

miraikan03.jpg天井は薄い金属板で支えられている。

大西 天井は屋根とは違い、屋根裏や上の階の床の裏側を見せないよう、部屋の上部に設置するものです。近年の日本の天井の多くは上から金属の棒で吊り下げられる構造をしており、その空間には電気ケーブルなどが収納されています。つまり、天井は建物の構造を保つためではなく、見栄えをよくするインテリアと同じ役割なんです。天井が落ちる被害は地震以外にもあって、例えば屋内プールでは、湿気で部品が錆びて劣化してしまうなど、さまざまな要因で起こります。天井落下への対策としては、例えば01年の芸予地震の後に国土交通省が、”天井パネルに対して斜め材を入れて、地震が来ても吊り下げた天井が落下しにくくなるように補強しなさい”というような技術的助言を出しています。ただ、斜め材に限って言えば、地震には効果があるけれども、すべての天井落下の被害に対する解決になっていないという面もあります。川口教授は、そもそも重たい物・大きな物が頭上にあるということが問題で、建物の用途や構造に合わせた根本的な解決方法を考えなければならないと指摘しています。

――こういった天井崩落の被害に対し、教授が最初に考えたのが、落下防止ネットだったそうですが。

大西 はい。でも、落下防止ネットは見た目があまり美しくないので採用されないのではないかということで悩まれていました。それであるときひらめいたのが、軽くて柔らかい膜で天井を張るという「膜天井」でした。膜だったら軽量なので上から落ちてきても大丈夫だろうと。さらに、上にある機材を受け止めてくれたり、落下防止ネットとしての役割も果たす。地震の揺れに対するねじれにも強い膜天井ならば、より安心・安全な天井がつくれるのではないかと考えられたわけです。そういう経緯もあり、震災直後の3月13日に教授から「天井を調査させてほしい」というご連絡をいただき、その調査結果をもとに議論を重ねた結果、未来館では膜天井を採用することになったわけです。いわゆるドームや駅など、膜そのものを外装材として使うということは昔からありましたが、これまでに膜天井が地震後の修復として利用されたのは、2003年の十勝沖地震の際に天井が崩落した釧路空港だけです。教授が正式に監修されたのは未来館が初めてということになります。

miraikan01.jpg天井の張り替えのため剥がした石膏ボード。

――「たとえ落ちても大事に至らない天井」、「安全だけでなく安心が伴う建築」というのは今後、日本においてスタンダードとなり得るのでしょうか。また、今回の未来館の動きはそのきっかけとなるとお考えですか。

大西 難しいところではありますが、まさにきっかけになることが未来館の役割だと思っています。未来館は、みんなが未来をどうつくっていくのか議論する場でありたいと考えています。そのために、わたしたち科学コミュニケーターが日本や世界にどれくらい新しいことを提示していけるか、もしかしたらそれは2、3年たってそれほど正しい判断ではなかったとしても、未来に向かって議論する場をつくることがわたしたちのミッションだと思っています。今回の膜天井は、川口教授をはじめ、わたしたちがいろいろ考えた上で今できる最良の回答だと思って出していますが、それ以上にそれを見た来館者やみなさん一人ひとりがそこに目を向け、これからどういう未来を自分たちが選択していくかという議論のひとつのタネになったり、みんなが前に進んでいく活力になることを目指しています。ですから、もちろん「これが正解です」と胸を張って言いたいところではありますが、もっと広い目で見て、もっといい新しい天井が数年後にできている未来の方が理想かもしれません。

miraikan02.jpg地上25メートルの作業現場。

栄井 未来館は先端の科学技術を伝えるミュージアムですから、今回の新しい天井もひとつの展示物だと考えていただければと思います。いま、工事の様子を段階的にレポートにまとめて公式サイトにアップしていますが、いろいろな方から心配の声と期待の声をいただいているので、新しい、安全性の向上した未来館をぜひご覧いただきたいですね。

■”科学”を判断するのも取り扱うのも人間

――科学には「より便利な生活を実現させるための技術」という面と、「正体が分からないものの存在を明らかにし、人を安心させる」という2つの側面があると思います。しかし、今回の原発事故のように、より便利な生活を求め科学技術を発達させていった結果、逆にそれがわたしたちの生活を脅かすものになってしまったという意見も一部ではあります。3.11後の社会において、科学が担う役割とはどのようなものになっていくのでしょうか。

大西 狭い意味での科学というものは、自然現象に対して、それがどうなっているのか仮説を立ていろいろ実験しながら客観的に調べていく行為と、そこから出てきた知の集合という類のものだと思うんです。そういう意味では、おそらくいま、人間が科学というものを過信しすぎているのではないかと思います。変な言い方ですが、幻想を抱いているところがあるのかもしれない。あくまでも科学というのは、ある切り取り方によって自然を見たときに「こういうものですよ」というだけのものであって、それが「安全です」とか「安心です」という判断とはまったく別の場所にあると思うんですよ。例えば、放射線の量を計るのは科学だけど、それを見て安全かどうかというのは科学が判断してくれるのではなくて、人間が判断するものですから。

 そこがいま、あまりにも科学が発達して一般の人から遠くなっていることで見えにくくなっている。うまくいっているときには、科学とは良いものでそれに任せておけば未来はどんどん良くなっていくと漠然と思えるんですが、それが今回の原発事故のように一つでも良くないことが起こると、これまで信じていたものに対する不信感というか不安ばかりが大きくなってしまう。でも、科学の根本的なスタンスというのは変わっていなくて、淡々と世の中はこういうものですよ、ということを解き明かしてくれるだけのものだと思うんです。そういう科学や科学技術に対して、わたしたちの中の、それを判断する頭であったり、取り扱う心が、少し追い付いていなかったのではないかと思う部分もあります。原子力というのは、本来は人間が扱えるものではないくらいとても大きなエネルギーを持ったものです。それを使ってあの建物の中で発電している、すごいことが起こっているという実感が、わたしたちにはなくなってしまっているんですね。もちろん、すべての人が科学の深いところまで知っていなければいけないわけではないですが、ある一定レベルの”科学リテラシー”が必要とされているのだと思います。科学というのは、自然を解き明かすひとつの手段でしかなくて、それを扱うのも判断するのも人間なんです。

pptgazou.jpg膜天井エントランスホールの完成イメージ。

 今回の原発事故では「想定外」という言葉がよく出ましたが、実際に「想定外」だったかどうかは別にして、それを安全だと判断したのは人間だったということを忘れてはいけないと思うんです。震度7を大きく超える地震は来ないだろうとか、原発がこれで安心だと判断したのは人だったということを再認識しなければならない。それが今回の震災や原発事故で浮き彫りになったことだと思います。

――そういった”科学リテラシー”を普及させていくことが、科学コミュニケーターのひとつの役割である。

大西 いまの社会では、科学技術とわたしたちの生活は不可分です。どういうものの上に自分たちの生活が成り立っているのかということを、まずはみなさん一人ひとりに知っていただくことが大事なのかもしれないですね。震災があったということもありますが、わたしたちがどういう社会、未来を選択していくかという時に、そもそも自分たちがどういう場所にいるか分からないと、これからどこを目指せばいいのかなんて分からないですよね。わたしたち科学コミュニケーターはまず、自分たちがいる場所を支えている科学というものを伝え、みなさんと一緒に議論したり、ひも解いていくことができればと思います。
(取材・文=編集部)

【註】科学コミュニケーター
科学者・技術者と一般社会・市民とをつなげる役割を担う仕事。先端の科学技術研究の動向を調査し、研究者の中にある情報をさまざまな形で分かりやすく伝える。日本科学未来館のほかにも、北海道大・東京大・早稲田大などで人材養成が行われている。未来館には現在、約40名の科学コミュニケーターが在籍。展示フロアでの解説や実演、展示物やイベント、メディアの企画・制作などを行っている。

●日本科学未来館
現在、東日本大震災の影響で臨時休館中だが、6月11日(土)10:00より開館予定。延期となっていた企画展「メイキング・オブ・東京スカイツリ®―ようこそ、天空の建設現場へ―」が開催されるほか(10月2日まで)、新しい天井も公開。天井下では科学コミュニケーターによる実演も行われる。詳しくはHPにて。
< http://www.miraikan.jst.go.jp/>

大人の科学マガジン Vol.30 (テオ・ヤンセンのミニビースト)

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最終更新:2013/09/13 13:51
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