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香港製のもうひとつの『チェイサー』 哀しき追跡『ビースト・ストーカー/証人』

bsshonin01.jpg(c)2008 Emperor Classic Films Company Limited All Rights Reserved.

 デリヘル経営者と連続猟奇殺人鬼との息づまる追跡の行方を描いた韓国映画『チェイサー』(08)のヒットによって、犯罪サスペンス映画のハードルは一気に跳ね上がった。ハンパな捜査ものでは、映画ファンはもう満足できなくなってしまった。演出力ではジョニー・トーを超え香港映画界随一! との評判のダンテ・ラム監督による香港映画『ビースト・ストーカー/証人』は、奇しくも『チェイサー』と同じ2008年に製作された作品。追う側と追われる側との手に汗握る攻防が繰り広げられる。カーアクション&格闘シーンの迫力も、各登場キャラクターの人物造型も申し分なし。やりすぎ捜査のために周囲に多大な犠牲を強いてしまったトラウマを抱える刑事に『孫文の義士団』(09)のニコラス・ツェー、愛する妻の治療費を稼ぐために犯罪に手を染める隻眼の男に『エグザイル/絆』(06)をはじめジョニー・トー監督作品の常連ニック・チョン。夜の香港を舞台に、男泣きバトルが展開される。

 重犯罪者を追う刑事トン(ニコラス・ツェー)は3か月前に、取り返しのつかない大失態をやらかしてしまった。逃走する犯罪者の車を、ベテラン刑事の新(リウ・カイチー)と共に追っていたが、交差点で突っ込んできた一般車と激突し、3台とも大破。この事故により相棒の新は後遺症をわずらう痛々しい体となり、刑事職から離れることに。さらにトンが犯罪者の逃走車両に撃ち込んだ銃弾のせいで、女検事アン(チャン・ジンチュー)の幼い娘が死亡。犯罪者を検挙するためなら、同僚を平気でなじり、無茶な捜査を重ねてきたトン刑事は、あまりにも大きな代償を払うはめとなった。

 犯罪組織の幹部の裁判を進めていたアン検事には、もうひとり双子の娘リンがいた。残されたリンに母親として精いっぱいの愛情を注ぐアンだったが、犯罪組織の依頼を受けた隻眼の男にリンを誘拐されてしまう。アンを脅して、裁判を左右する重要証拠を消滅してしまおうという企みだ。隻眼の男は元ボクサーのホン(ニック・チョン)。ホンは重度の障害を持つ妻の治療費を稼ぐために、犯罪組織に雇われる身となっていた。アン検事に負い目を感じるトン刑事は、リンを救出するため単身でホンを追い詰めていく。ホンもまた、寝たきり状態の妻を守るために捨て身で立ち塞がる。ちなみに本作の演技により、ニック・チョンは香港電影金像賞(香港版アカデミー賞) 主演男優賞を受賞している。文句なしの受賞だろう。それぐらいの演技だ。

bsshonin02.jpg(c)2008 Emperor Classic Films Company Limited All Rights Reserved.

 本作で重要な鍵となるのが、序盤で起きるカークラッシュシーン。CG全盛の時代によくぞ撮りましたと感心してしまうほどのガチンコな迫力。自動車教習所で本作を上映したら、運転免許の取得を辞退する者が続出するんじゃないかと余計な心配をしてしまうほどの出来映えだ。交通事故が原因で、登場キャラクターそれぞれの人生が大きく歪んでしまうストーリーが生々しい。ジョニー・トー監督の『ザ・ミッション 非情の掟』(00)やイー・トンシン監督の『ワンナイト・イン・モンコック』(04)といった香港ノワールの世界に、事故がきっかけで哀しい人間ドラマが交差するアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督の『アモーレス・ペロス』(98)ばりの緻密なシナリオが巧みに融合しているのが本作の魅力だろう。なんといっても、映画の最後の最後、この緻密さの真骨頂が炸裂している。見事という他ないし、ため息を禁じえない。チラシに「香港ノワール屈指の“終幕”」とあるが、看板に偽りなし、だ。

 ここで、ちょっと映画の本題から外れるが、お許しのほどを。テレビ番組に出演するグルメレポーターにとって「美味しい」というフレーズは禁句だそうだ。テレビ番組のグルメコーナーで紹介される料理は、美味しいのが当たり前。ゆえに「美味しい」という言葉以外のボキャブラリーと臨場感溢れるリアクションが、プロのレポーターには求められる。同じように、ハードボイルドな犯罪ドラマの主人公も、安易に“泣く”ことは許されない。辛くて哀しいときに、泣くのは陳腐すぎるからだ。では、ニコラス・ツェー演じるトン刑事は辛すぎてやりきれないとき、どんな表情を見せるのか?

 同僚を閑職に追いやり、罪のない少女の命を奪ってしまったトン刑事にさめざめと泣くことは許されない。トン刑事は涙を流す換わりに、自分自身への激しい憤怒でドス黒い鼻血をドクドクと垂れ流す。“鼻血デカ”、ここに誕生。かつてはイケメンぶりで人気だったニコラス・ツェーだが、30歳となりこういう汚れた顔がよく似合うようになってきた。ニコラス・ツェー自身も今回の役に手応えを感じたらしく、ダンテ・ラム監督と組んで、『密告・者』(10・5/9 DVD/Blu-ray発売)、『逆戦 The Viral Factor』(11・日本未公開)と3作続けて主演し、どれも高い評価を受けている。

 人一倍、血の気の多い“鼻血デカ”が情の厚い愛妻家のヒットマンを追い掛けて、香港の街を駆け巡る。『ビースト・ストーカー/証人』は香港で生まれた、もうひとつの『チェイサー』といっていいだろう。

『ビースト・ストーカー/証人』
監督・脚本/ダンテ・ラム アクション指導/トン・ワイ カーアクション指導/ブルース・ロウ 出演/ニコラス・ツェー、ニック・チョン、チャン・ジンチュー、リウ・カイチー、シャーマン・チョン、ミャオ・プー 配給/ブロードメディア・スタジオ 4月7日(土)より新宿シネマスクエアとうきゅうほか全国ロードショー
提供/キングレコード 配給/ブロードメディア・スタジオ
http://beaststalker.net

最終更新:2013/09/19 17:59
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