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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.204

陶酔と記憶の向こう岸にある世界に3Dで迫る! 松江哲明監督の『フラッシュバックメモリーズ』

ディジュリドゥ奏者・GOMA氏のエネルギッシュな
ライブ演奏が臨場感たっぷりな3Dカメラ&5.1チャンネルで再現される。

 2013年、最注目の映画を紹介したい。松江哲明監督の『フラッシュバックメモリーズ3D』だ。料金を割増しにするために3Dメガネを押し付けるようなあこぎな3D作品がはびこる中、本作はインディペンデント映画ながら3D作品としての特性を存分に楽しませてくれる。日本屈指のディジュリドゥ奏者であるGOMA氏率いるGOMA&The Jungle Rhythm Sectionのライブドキュメンタリーなのだが、このディジュリドゥの音色がかなりヤバい。ディジュリドゥとはオーストラリ大陸の先住民アボリジニーに伝わる民族楽器であり、シロアリに喰われて空洞化したユーカリの木を使った世界最古の管楽器。アボリジニーは精霊たちと交信するための聖なる儀式の場で、伝統あるこの管楽器を演奏してきた。GOMA氏が息を吹き込むディジュリドゥから出てくるプリミティブな音色は、空気を地面を、そして観客の体ごと揺さぶる。さらにトランス状態に陥った観客に対し、3D映画ならではの趣向が次々と飛び出し、観客をスクリーンの中へと引きずり込んでしまうのだ。

 ロングホーン状のディジュリドゥが、まずスクリーンから大きく飛び出す。観客の頭にディジュリドゥが突き刺さりそうなほどだ。古代インカ帝国で行なわれていたというトレパネーション(頭部穿孔)手術を受けたかのような陶酔感を覚える。ディジュリドゥの筒を通して、スクリーンの中で一心不乱にディジュリドゥに息を吹き込むGOMA氏の意識と同化していく。そして我々観客はGOMA氏がこの数年間の間に味わった不思議な体験を、GOMA氏と一心同体となったことで追体験することになる。

 ノンアボリジニーながらディジュリドゥ・マスターとなったGOMA氏。世界を放浪してディジュリドゥの腕を磨いていく一方、妻すみえさんと結婚し、愛娘にも恵まれる。幸せで温かさに満ちた日々。だが、その大切な思い出が根こそぎ奪われる恐怖に襲われる。2009年11月、高速道路を走行中だったGOMA氏は追突事故に遭い、“高次脳機能障害”を負ってしまう。外見は変わらないが、脳の一部を損傷し、自分がミュージシャンであること、ディジュリドゥが楽器であることすら分からなくなってしまった。家族のことは覚えているものの、ここ10年前後の記憶が消え去ってしまい、今も記憶を定着されることがなかなかできない状態にある。

 つい数日前のことさえ忘れてしまうというGOMA氏だが、事故当日のことだけは鮮明に覚えている。娘を連れて車に乗ろうとすると、どこからか「一緒に連れてっていいのかい?」という声がしたと言う。気になったGOMA氏は娘を自宅に残して出掛けたところ、交通事故に遭遇。いつの間にかGOMA氏は空に浮かび、雲に向かって飛んでいたという。いわゆる“臨死体験”だ。雲の上にいる人たちが楽しそうにしているので、そちらに向かおうとしたところ、強烈な光に引き寄せられ、気が付いたら現実世界に戻っていた。記憶を失ったGOMA氏には妻と娘、そしてディジュリドゥと呼ばれる楽器が残されていた。脳に刻まれた記憶は失われていたが、体がディジュリドゥを吹くことを覚えていた。エネルギッシュなライブ演奏が続く中、写真、ビデオ、アニメーション、日記として綴られたGOMA氏の過去が次々とライブスタジオの後ろにセッティングされたブルーバックに映し出されていく。それこそ走馬灯のように。ひとつのスクリーンの中に過去と現在が並走する形で、GOMA氏の演奏は熱気を帯びていく。

 臨死体験に加え、さらにGOMA氏は不思議な体験をしている。事故から数日後、それまで絵をまともに描いたことのなかったGOMA氏だが、娘の持っていた絵の具を使って猛烈な勢いで何かを描き始めた。アボリジニーアートを思わせる、極彩色のデザイン画だ。事故に遭ってからのGOMA氏が心の目で見つめると、世界はこのように映るらしい。ステージ上でのライブパフォーマンスが絶頂に達するのに合わせるように、GOMA氏が描いたカラフルなデザイン画がスクリーン上で踊り始める。何とも心地よいトリップ感だ。観客である自分を縛り付けている常識や平常心といったものは、このシーンに至ってすべて溶解していく。

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