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“伝説の女優”故・原節子さんの慎ましい晩年「外出は、いつも裏口から……」

harasetuko1127『あの頃映画 誘惑』(松竹)

 伝説の女優、原節子さんが今年9月、肺炎により95歳で亡くなっていたことが伝えられた。神奈川県鎌倉市内の住宅地でひっそりと暮らしていたところ、8月に猛暑で体調を崩して入院。そのまま親族に看取られて息を引き取ったというが、本人の意向で死は公表されていなかった。

 一昨年、原さんのインタビューを「音声だけでも」と試みた取材班がいた。NHKのドキュメント番組を下請けしている制作会社のスタッフで、「本人に会うことすらできずに断念した」という。

「原さんは、公の場には出ないことで有名でしたが、かつて一緒に仕事をした古い映画関係者を通じてなら対応も違ってくるんじゃないかと、複数の窓口からアプローチを試みたんですが、『1分だけでも……』という話でもダメでした。ある映画関係者は『国が定める名誉ある賞の受賞すら断ったほどだから』と言っていました」(取材班のディレクター)

 原さんは10代で銀幕デビュー後、数々の名作に出演して、巨匠・小津安二郎監督の『晩春』や『東京物語』で大人気となったが、その小津監督が1963年に亡くなるや、葬儀に姿を見せたのを最後に公の場から姿を消した。生涯独身だった小津監督も鎌倉在住で、原さんとは自宅が徒歩圏内。亡くなるまで付き合いがあったといわれるが、築地本願寺で監督の遺体を見送った喪服姿の原さんは号泣。それがマスコミにとって、最後の公式取材となった。

 その後、78年に「週刊文春」(文藝春秋)が原さんの私生活を隠し撮りしたことなどはあったが、取材に応じたことは一度もなかった。『肉体と悪魔』や『アンナ・クリスティ』のヒットで知られながら、35歳で電撃引退して公の場から身を隠したハリウッド女優、グレタ・ガルボの日本版だともいわれた原さんだが、それでも80代の頃までは散歩が趣味で、鎌倉市内で見かけられたこともあったようだ。

 90歳になった5年前、入院情報をキャッチしたことがある。

 これは遠い親族からの話だったが、病名は不明。原さん本人が「ちょっと疲れが出たという程度で、詳しく明かさなかったから」だという。その後、退院が伝えられた際に自宅周辺をうかがってみたが、表からは屋内にいるかどうかもわからない状況だった。散歩姿が見られなくなったのは、この頃からだったようだ。

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