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 >   > 小栗旬の「労働組合」は、業界を変えることができるのか
【messy】

小栗旬の「労働組合」は、業界を変えることができるのか

俳優の小栗旬氏が俳優のための労働組合を立ち上げようとしているとのニュースがありました。ハリウッドのSAG-AFTRAをモデルとした組合にしようとしているそうです。以前の記事でも何度か触れたことがありますが、そもそも労働組合の意味や役割がアメリカと日本では大きく異なる現状において、俳優のための労働組合がどのように機能するのか、興味深く見守っていきたい話題です。

折しも、今月はまさに春闘まっただなか。労働組合の活動が最も活発になる時期です。

春闘は、毎年2月から4月にかけて、企業、業界ごとに行われる賃上げや労働条件の改善を求める労働運動です。特に春闘がその目的として大きく掲げるのが「ベア」ですが、これは賃金の底上げを求める「ベースアップ」という意味です。基本給が上がれば、それに紐づいて算出されるボーナスや残業代なども総じて上がるため、少しでも基本給を上げることは、労働者にとって非常に重要なことなのです。

しかし、春闘には大きな問題があります。それは、非正規雇用者は参加できない、また非正規雇用者には「何の関係もない」ということです。

以前お話したように、日本の労働組合というのは、正社員による、正社員のための「企業内従業員組合」です。日本の労働組合は、企業の成長を第一としたうえで、可能な範囲で賃金や労働条件の改善を求めるという妥協的な姿勢をとっています。したがって、日本の労働組合でブルーカラー労働者が求めるのは、同一企業内の「正社員」として、賃金や労働条件を雇用主に対して交渉していくことが前提となります。日本の労働組合は、ブルーカラーもホワイトカラーも全社員一丸となって企業の経営目的を達成するための「企業内従業員組合」なのです。そして、このような形態の労働組合に、非正規雇用者が参入する余地はありませんし、直接雇用されているのではない派遣労働者などには基本給アップなど関係のない話です。

欧米の労働組合が、同業種に従事するブルーカラー労働者の権利を守るための横のつながりによる業界内組織であるのに対し、日本の労働組合が「正社員」のための組織となっているのは、第二次世界大戦中の翼賛体制までさかのぼります。

戦時中、企業とは「高度国防国家の建設」に貢献する「生産人」の共同体であり、すべての国民は生産者でした。どのように国家目的達成のための生産活動に貢献するかによって区別はされても、全国民は勤労者であり、生産活動における「正規構成員」そのものでした。事実、徴用を中心とする労働義務制、賃金統制、給与体系の規定、就業規則の規制などを通じて、企業が「軍隊化」するとともに、すべての国民が生産活動に組み込まれていきました。勤労という概念は、国家目的達成のために、全国民が等しく生産活動に従事し、等しく貧困を分け合うことに正当性を与えるマジックワードでした。

戦後、企業経営の目的が国家目的の達成から、企業の収益アップを通じた成長へとシフトしても、企業の組織体制は国家によって管理されていた当時のシステムを引きずっています。日本企業の多くが垂直的なピラミッド型の序列構造を持つのも、違法な長時間労働さえもいとわない「滅私奉公」のサービス残業がはびこるのも、正規構成員どうし「我慢しあう」「助け合う」ことが美徳であり、「勤労奉仕は国家に対する責務」であった時代の負の遺産なのです。

一方の欧米では、企業の「軍隊化」や構成員たる労働者の「正規構成員」化は日本ほどには進みませんでした。日本は短期間で近代化、工業化を成し遂げ、国民一人一人が滅私奉公で無理をすることで欧米に追い付くしかありませんでしたが、時間をかけて近代化を達成していた欧米では、一人一人が日本ほど無理をする必要が無かったからです。ある程度余力がある中で戦争をしていたので、日本のように国内の全企業、全国民が挙国一致で戦争するという体制にする必要がなかったのです。

日本では戦後、農業従事者や地方出身者が大挙して都市部に流入し、ブルーカラー労働者として製造業に従事するようになるという大規模な社会移動が起こりました。これによって、大多数の国民が、同じような企業で、同じような職業につき、同じような賃金で働くという状況がしばらく続きました。「一億総中流」社会が誕生したのです。

欧米ではこうした産業の変化による社会移動や階層意識の変遷も、日本よりも長い時間をかけて変化していきました。日本では「お父さんは地方の農家の息子だったが、1960年代前半に高卒で東京に出てきて製造業に就職。高卒で事務職をしていたお母さんに出会って結婚し、子ども3人に恵まれた。長男は高卒で大手自動車会社に就職。長女は短大卒業後に就職したが結婚を期に退職。次男は大卒でバブル末期に銀行に就職し、同僚の女性と結婚」というのも珍しい話ではありません。

日本では、父である1世代目で大きな社会移動が起こり、2世代目では同一家庭内にブルーカラーもホワイトカラーも混在しているという状況も珍しくはありませんが、欧米ではこうした大規模な社会移動も3世代以上かけて、ゆっくりと達成していきました。

一つの家庭内であれば、こうした階層の違いは「中流意識」のもと黙認されますが、3世代目、4世代目ともなれば、それぞれ全く違う階層に属する状況が固定化し、階層意識の分断も進みます。著しい経済成長が終わり、社会移動が見込まれなくなった社会では、3世代目がブルーカラーならば、4世代目もブルーカラーとなり、3世代目がホワイトカラーならば4世代目もホワイトカラーとなります。欧米社会で日本よりも明確な階層の分断が見られるのは、階層意識も日本よりも時間をかけて形成され、強固に踏み固められてきたからです。そして、日本もこの状況に近づいていますが、日本の労働組合はその変化にキャッチアップできていません。

日本の労働組合は、80年代中盤までの製造業における「ブルーカラーもホワイトカラーも関係なく、正社員を中心とした企業形態」が基本系です。90年代以降に急増し続けているサービス業やIT業界、非正規雇用の急増といった状況に対応できていないのです。

階層の分断が明確な欧米では、労働組合の役割というのは「正社員」にこだわるのではなく、あくまでも「労働者階級」のための階級闘争的側面の強い、社会運動です。しかし、一企業内の「正社員」を基準にした日本の「企業組織」は、階級闘争としての社会運動としては弱く、「正社員」の枠組みの外でさらに苦しんでいる労働者を救うような社会運動としても弱いのです。

翻って、小栗旬氏の「俳優労働組合」について考えてみましょう。アメリカの「SAG-AFTRA」という組織は俳優、アナウンサー、脚本家、演出家など、エンターテイメント業界のあらゆる職種の人が加盟しています。

アメリカの俳優というのは、自分でエージェントを探し、自分で仕事を見つける完全なる「自営業」です。しかし、日本の俳優の場合、事務所に所属し、事務所が仕事を見つけ、事務所から給料をもらうという「正社員」と同様の形式になっています。もちろん、雇用契約自体は事務所と「自営主」という関係かもしれませんが、「自営業」といえるほどの自由度はありません。

SAG-AFTRAはエンタメ業界で働くすべての労働者が、賃金や労働環境の改善を求めて団結して戦うための組織です。そこには、アメリカという階層分断の強い社会で、業界内のすべての労働者が横の団結である労働組合を通じて階級闘争、社会運動を行ってきた歴史が反映されています。

アメリカで「エンタメ業界労働者のための労働組合」が誕生したのに、日本ではそうした労働組合が誕生しなかったのも無理はありません。階層分断があいまいに見過ごされ、労働組合が職種に関係なく正社員のための「企業内従業員組合」である日本で、「業界内のすべての労働者、ブルーカラー階級のための社会運動」としての労働組合は盛り上がりようがないのです。

もはや日本社会の階層分断はごまかしようもなく、「目に見える」格差です。労働者の半数が非正規社員で、正社員のためだけの交渉を行う労働組合など、労働者のための組織ではありません。仕事内容そのものや生活水準の違いに目を向け、業界全体や労働者どうしの横のつながりによって団結し、賃金や労働環境の改善を求めていくことこそ、日本の労働者に必要なことです。労働者が一人で経営者に対して待遇改善を求めることは不可能です。労働組合には、一人ではできないことでも、団体交渉を通じて達成するための力があります。その力を、「企業内従業員組合」としてではなく、社会運動として生かしてほしいと思います。


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