フジテレビによる定型謝罪は、メディアの差別問題を放置するのと同じ。とんねるず「保毛尾田保毛男」が不快だからダメなわけじゃないということ
9月28日に放送された『とんねるずのみなさんのおかげでした 30周年記念SP【タモリたけし&みやぞん】』(フジテレビ系)で、28年ぶりにとんねるず・石橋貴明ふんする「保毛尾田保毛男(ほもおだほもお)」を復活させたことに対し批判が殺到した件は、フジテレビ・宮内正喜社長による迅速な謝罪によって、事態は収束しつつあるように見える。
本件については各種媒体で取り上げられた。wezzyでも「とんねるず“保毛尾田保毛男”が深刻な差別を孕んでいると気付かないフジテレビの愚行」を放送翌日に掲載している。
以前「出川哲朗が『最も辛かった』と振り返る20年前のゲイ差別ロケを、いまだ笑い話にする日本テレビの変わらなさ」という記事で、1995年に放送された『解禁テレビ』(日本テレビ系)でゲイへの偏見を助長する差別的な番組企画が取り上げられ、抗議が起きていたことを紹介した。日本テレビ側は、抗議を行ってきた団体に対して、放送からおよそ3カ月後に事実上の謝罪をしている。そのことを考えると、フジテレビの対応は驚くほど迅速だったといえる。なお『とんねるずのみなさんのおかげでした』のFacebookやInstagramでは、本件について何の言及もされていない。
しかし単純に「20年の間にこれだけの進歩があったのだ」と言えるようなものではない。20年の間に進歩したのは、「迅速な謝罪」という火消し対応マニュアルでしかなかったのではないか。
他誌報道によれば、宮内社長は定例会見において以下のように発言をしていたそうだ。
「30周年スペシャルということで、30年間のキャラクターに(ビート)たけしさんが加わって展開した。もしこの時代と違っていて、見た人が不快な面をお持ちであれば、テレビ局として大変遺憾でおわびしなければならない」
またフジテレビの広報が「差別の意図はなかった」とも回答したという報道もある。
「時代と違っていて」「不快な面をお持ちであれば」「差別の意図はない」といった言葉は、企業が読者や消費者、視聴者に対して謝罪を行う際に頻出する言葉だ。これらは近年使われるようになった言葉ではない。先に紹介した『解禁テレビ』の事例でも、まさに「不安感を与えた」「配慮が欠けていた」「差別の意図はなかった」と言葉を入り混ぜながら謝罪を行っている。
「時代が違う」と言うが、いまようやく長い間声をあげ続けてきた人びとの声に社会が耳を傾けるようになってきたのであって、当時もこうしたキャラクターに傷ついてきた人がいた。「昔はよかったけれど、今はダメ」ではなく、「今も昔もダメ」なのだ。そもそも「時代は違う」と認識しているはずなのに、差別的な企画は様々な番組で流されているのはどういうことなのだろう。
改ページ
フジテレビはスタートラインにも立っていない
また差別は「意図の有無」が問題ではない。どちらであっても差別は差別に変わりないのだ。フジテレビが行うべきは「意図が無かった」ことで弁明をするのではなく、批判されている企画が差別的であったかどうか、そしてなぜ差別であるのか、意図しない差別を行ってしまった原因を検証することだ。
そして差別を「快/不快」の問題に矮小化させてはいけない。多くの人にとって「快」であったら問題ない、誰か一人でも「不快」にさせてしまったから問題という話ではないのだ。
フジテレビがいう「不快な思い」の先には、差別があり、そして差別による排除や不当な扱いが存在する。快/不快を超えた、ときに直接的に生存に関わる重大な問題になり得るのだ。お決まりの定型文で謝罪をすることで済ませられるような話ではない(企業の「不快な思い」という言葉を使った謝罪については、ライター・マサキチトセ氏の記事「『不快な思い』とは何か 日本マクドナルドの対応から考えるメディアと差別の関係」を参照されたい)。
フジテレビ報道局社員で元アナウンサー・阿部知代は、ツイッターにて以下のように発言している(阿部は、フジテレビの社屋をレインボーカラー照らす企画を行った『ホウドウキョク』に出演している)。
社長が謝罪して終わりではない。これをきっかけにもっと学び声を上げてゆかなければ。社内のアライを増やさなければ。同じことを繰り返さないために。
迅速に連携し抗議文を送ってくださったみなさまに感謝します。
何より、傷つけてしまった方、不愉快な思いをされた方すべてに心からお詫びします。
— Chiyo Abe (@abechiyo_Ho) 2017年9月30日
定型文の謝罪を行うことで「手打ち」とされてしまえば、今後も類似の企画が行われ続けることになるだろう。また「なぜ問題なのか」を検証することなく、「口うるさく批判されるから」を理由に企画が行われなくなることは、差別問題が解決することにもならない。問題を解決するためのスタートラインにすら立てていないのが現状なのではないだろうか。
レインボーカラーを掲げるだけなら、口だけの謝罪を行うだけなら、誰にだってできる。「今後の番組作りに生かしていく」と回答しているフジテレビは、どのように生かしていこうと考えているのだろう。問題が起きるたびに、批判が殺到し、迅速な謝罪が行われるという段階からいい加減抜け出さなければならない。
(wezzy編集部:カネコアキラ)
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