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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】特別編

上映反対で揺れる問題作『ザ・コーヴ』”渦中の人”リック・オバリー氏の主張

cove0622.jpgアカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞した『ザ・コーヴ』で、
イルカをめぐる巨大ビジネスの実態を明かす”元イルカ調教師”リック・オバリー氏。
(c)OCEANIC PRESERVATION SOCIETY.ALL RIGHTS RESERVED.

 米国のドキュメンタリー映画『ザ・コーヴ』の日本での公開が大きく揺れている。和歌山県太地町でのイルカの追い込み漁の実態をカメラが捉えたものだが、隠し撮りという手法を使って一方的に取材している点、太地町でのイルカの捕獲数やイルカ肉に含まれる残留水銀の含有率などの信憑性が問題視されている。日本の保守系市民グループは『ザ・コーヴ』を”反日””虐日”と糾弾し、配給会社や公開を予定していた劇場への抗議活動を展開していた。当初は6月26日からの公開が予定されていたが、6月4日に都内の2館、大阪の1館が上映中止を決定。街宣予告を受けた劇場側が上映を自粛した形となった。6月21日になってようやく都内を含む全国の上映館が確定したが、作品内容をめぐってさらに波紋は広がっていくと思われる。

 上映に反対する市民グループは、『ザ・コーヴ』を”反日プロパガンダ映画”としている。しかし、問題作だから上映してはいけない、みんな観るべきではないという考えは、それこそ一方的というもの。問題作だからこそ、刮目するべきではないのか。どのシーンがどのように問題なのか、どこが虚偽で何が真実なのか。メディアリテラシーが求められる現代において、自分の目で見極めるべき作品だろう。

 『ザ・コーヴ』はイルカの保護・解放を訴える米国人リック・オバリー氏が主人公として登場する。オバリー氏は1960年代に人気を博したテレビドラマ『わんぱくフリッパー』でイルカの調教師兼俳優として活躍し、巨額の報酬を得ていた。しかし、番組終了後、知能が高く、感受性豊かなイルカたちを自分が苦しめていたことに気づき、世界各地で解放運動を開始する。水族館で飼育されているイルカの檻を破るなどの活動を続けたため、逮捕歴は数えきれない。毎年9月に太地町で行なわれる大規模なイルカ漁を阻止しようと、ルイ・シホヨス監督ら撮影クルーを現地で迎え入れる。撮影クルーは隠しカメラなどを駆使して、イルカの群れが捕殺される入り江(ザ・コーヴ)の様子を撮影。イルカの血で入り江全体が赤く染まる衝撃的なシーンが、本作のハイライトとなっている。

 都内で予定されていたメーン館での公開自粛が報じられ、明治大学で予定されていた上映会&シンポジウムが中止になるなどの騒ぎが続いた状況の中、6月8日に”渦中の人”リック・オバリー氏が来日。6月15日、15分間という限られた時間ながら、コメントをもらう機会があった。

──『わんぱくフリッパー』を子どもの頃に観ていただけに、映画の内容には驚きました。日本での上映中止の騒ぎは予測していましたか?

オバリー いえ、予測できませんでした。非常に驚いています。北朝鮮やキューバ、中国といった国なら、このような事態になることこは予測できたかもしれません。でも、まさか日本でこのようなことになるとは思いもしませんでした。これは民主主義への攻撃ではないでしょうか? 一般の人が映画を観る機会を奪われるわけですから。通常、若い人たちに「こういう映画を観ちゃダメだ」と禁じると、逆に「観たい」と思うのではないですか。ぜひ、一般の人たちで劇場のオーナーたちに激励のメールや声を送ってほしいと思います。

cove0622_02.jpg来日中のリック・オバリー氏。数えき
れないほど逮捕されているが、「いわ
ゆる市民的不服従です。逮捕され
たほうがアピールできるときだけ、
逮捕されているのです」と涼しげに語る。

──前半、米軍が飼育しているイルカをオバリー氏が逃がす映像も盛り込まれています。あのイルカは、米軍が軍事トレーニングしていたものですか?

オバリー そうです。米国海軍はイルカを軍事利用のために飼育しているのです。米国海軍が飼育しているイルカは、イルカとは呼ばれずに”端的生物兵器システム”と呼ばれています。米国海軍によって100頭ほどのイルカたちが飼育されているんです。米軍だけでなく、旧ソ連、ロシアも軍事目的で500頭飼っていました。映画の中で伝えられているイルカたちの悲劇は、ごく一部にしか過ぎないのです。

──デンマーク領のフェロー諸島、オセアニアのソロモン諸島でもイルカ漁は行なわれています。製作スタッフの間で、「日本以外のイルカ漁についても取り上げよう」という声はなかったのでしょうか?

オバリー 私は映画製作者ではなく、あくまでも取材される側でした。もちろん、シホヨス監督には世界中でイルカたちがどういう目に遭っているのかは話しました。でも、撮影地をどうするかまでは、私にはコントロールできません。実は今回、日本に来る直前、ソロモン諸島に滞在していました。ソロモン諸島でも毎年2,000頭ほどのイルカが殺され、それが400年にわたって続いていたんです。しかし、今年の4月になって、ソロモン諸島ではこの行為を今後やめることをようやく決めました。イルカ漁をやめることをソロモン諸島は宣言したのです。フェロー諸島でも確かにイルカ漁は行なわれています。しかし、フェロー諸島でもイルカ肉に含まれる水銀は人体に有害であると問題になり、イルカ漁をやめようという動きに向かっています。そうなれば、イルカ漁を大々的に行っているのは世界中で日本だけになります。

──『ザ・コーヴ』は日本のイルカ漁だけを取り上げたことから、”ジャパン・バッシング”だと言われています。その点はどう思いますか?

オバリー いえ、ジャパン・バッシングだとは思いません。イルカ漁が行なわれていたのが、たまたま日本の太地町だったので、太地町で撮影をしたのです。他国でもイルカ漁は行なわれていると指摘されましたが、あれほど大規模にイルカが殺されているのは太地町だけなんです。もし、イタリアやフランスで行なわれていたら、私たちはそちらでカメラを回していたはずです。この映画はジャパン・バッシングを目的としたものではありません。

──シー・シェパード代表のポール・ワトソン船長もコメンテーターとして出演しています。オバリー氏はシー・シェパードの活動をどう見ていますか?

オバリー シー・シェパードに関して、私は思うところは全くありません。シー・シェパードともグリンピースとも、私は関係ありません。私は自分の活動に専念しています。残念ながら、日本のメディアは似たような活動をしている人たちを一緒にしています。しかし、それは正しくありません。シー・シェパードが設立されるよりもずっと前から、私は活動を続けています。彼らは日本に対してボイコット運動をしようと唱えていますが、私と私の所属するアース・アイランド研究所は「ボイコットはよくない」と反対しています。日本の人たちと協力し合って、問題を解決したいと強く願っています。私は日本が大好きなんです。

──映画が国内で公開されることで、太地町はさらに大きく揺れると思います。太地町がどうなるのか見届けるつもりですか?

オバリー もちろんです。太地町でこれから何が起きるのか、ずっと見続けるつもりです。私は太地町が大好きです。太地町には約3,400人の住人がいますが、実際にイルカ漁に関わっているのは非常に少数の人たちです。太地町の人たちとは話し合いの場を持ちたいと願っています。イルカ漁が再開される9月1日には、再び太地町を訪問する予定です。家族や友達を伴って1,000人ほどで太地町を訪ねるつもりです。でも、それは抗議活動のためではありません。みんなで太地町を観光し、レストランなどで食事を楽しみたいと考えています。たくさんお金を使って、日本や太地町の経済に役立ちたいのです。太地町は観光名所として、新しい時代を迎えてほしい。太地町の素晴らしい点に、もっとスポットが当たることを願っています。

──オバリー氏の最終的な目標を教えてください。

オバリー 世界中の困っているイルカたちのところへ行って、手助けすることです。私は日本だけに注目しているわけではないのです。率直に言えば、私が活動する必要のない世界になることが最終的に望んでいることです。私がもうやることがなくなり、家族と過ごす時間が増えればと思います。これまで長い間、私は私のことを嫌いだという人、私のことを殺したいと思っている人たちと共に過ごしてきました。そろそろ、違う人生を送りたいと思っています。

 * * *

 取材続きのためか、この日のオバリー氏はいくらか疲れた表情を見せていたが、背筋をピンと伸ばした立ち姿は70歳という年齢を感じさせない。取材の終わりには、携帯電話の待ち受け画面にしている家族のスナップ写真を笑顔で見せ、「家族には心配をかけている」とこぼした。マイホームに戻れば、良き家庭人らしい。

 映画のタイトルとなっている”ザ・コーヴ(入り江)”は、ふだんは自分たちが見逃している、もしくは気がつかないふりをしている人間社会のブラックボックスでもある。そのブラックボックスは、足を踏み入れた人間にいろんなものを見せる。地元の漁師にとっては他所ものによって侵されることの許されない聖域であり、上映に反対する市民グループにとっては人種ハラスメントが凝縮されたシーンであり、宗教家にとっては他の動物を殺生して生きながらえる人間の業を象徴する場である。そして、野心的なドキュメンタリー監督にとっては格好の被写体だった。映画を観るか観ないかは、個人の意思に委ねられる問題だろう。ただ、現代社会にはイルカ漁だけでなく、実に多くのブラックボックスが横たわっていることは認識しておいたほうがよさそうだ。
(文=長野辰次)

cove0622_03.jpg
『ザ・コーヴ』
監督/ルイ・シホヨス 出演/リック・オバリー、ルイ・シホヨス、サイモン・ハッチンズ、チャールズ・ハンブルトン、ジョー・チズルム、マンディ=レイ・クルークシャンク、カーク・クラック、ジョゼフ・チズルム、C.スコット・ベイカー、ブルック・エイトキン、ハーディー・ジョーンズ、マイケル・イリフ、イアン・キャンベル、ポール・ワトソン 
提供/メダリオンメディア 配給/アンプラグド 
7月3日(土)より全国順次ロードショー PG12 <http://thecove-2010.com>

靖国 YASUKUNI

『靖国』並みに、揺れてます。

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最終更新:2010/06/23 08:00
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