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企業に就職せず、自転車で世界一周!『僕たちのバイシクル・ロード』

bokuby.jpg『僕たちのバイシクルロード』ポニーキャニオン

 20代の若者2人がわずかな所持金だけを持って、自転車で世界一周旅行に出掛ける。大学を卒業して、そのまま企業に就職し、一生を過ごすことに抵抗を感じたからだ。2011年に日本公開された映画『僕たちのバイシクル・ロード 7大陸900日』は、イギリスで暮らす白人青年2人が軽装で自転車旅行におもむき、お互いの姿をデジカメで記録したセルフドキュメンタリー。仲の良い従兄弟同士であるベンとジェイミーが決めた旅のルールは至極簡単。ガイドブックは持たず、思い付きのまま自転車を走らせる。疲れたときは鉄道やバスも利用するけど、飛行機には乗らない。ドーバー海峡を渡って、ヨーロッパ、アジア、オセアニア、南北アメリカ、アフリカ、それに可能なら南極まで。世界の7大陸を自分たちの自転車で走ってみよう。この自転車旅行を完遂することで、2人は『モーターサイクル・ダイアリーズ』(03)の若き日のチェ・ゲバラのように革命に目覚めるわけではない。『進め!電波少年』(日本テレビ系)でユーラシア大陸横断ヒッチハイクに成功した猿岩石のように一躍人気スターになるわけでもない。ただ、社会のシステムに取り込まれてしまう前に、自分たちの五感で地球の大きさを体感してみたかっただけ。ベンとジェイミーは、意気揚々と自転車のペダルを漕ぎ始める。

 フランス、ベルギー、ドイツ……とヨーロッパの国々は、ベンの自転車がやたらとパンクすることを除けば、さほど苦労なく走り抜ける。だが、ユーロ圏を出ると、ずいぶんと様子が変わってくる。ベラルーシ共和国に入ると、うっそうとした森と川が広がる。近くでチェルノブイリ事故が起きたことなど感じさせない、手つかずの大自然が美しい。いよいよ本格的な冒険旅行へ突入する。ロシアの国境に入り、2人は初めて恐怖を感じる。ロシアではトラックが自転車のことなどおかまいなしでびゅんびゅんと通り抜けていく。邪魔者はどけと言わんばかりだ。ヨーロッパ人と違って、ロシア人は表情が少なく、何を考えているのか分からないと2人は顔をしかめる。モスクワに到着した一行はここからシベリア鉄道に乗って、一気にモンゴルへ。見渡す限り何もないゴビ砂漠のパノラマ風景を堪能した後、中国の北京から西安へと自転車で南下。中国人たちは英語が全然通じないものの、人なつこい笑顔で集まり、2人を取り囲む。残念なことに、西安に向かうルートは大気汚染が酷く、自転車で走っているだけで全身がすぐに真っ黒状態。「中国人は人はいいが、環境はサイアク」というのが2人の中国観だ。東南アジアをグルッと回った2人はシンガポールに到着。だが、ここで所持金が尽きてしまう。虫のいい2人はタダでオーストラリアまで連れて行ってくれる船がないか、港に停泊中の船に片っ端から頼み込む。「俺も若い頃は冒険したもんさ」とある船のオーナーが理解を示し、2人を無賃乗船させる。

 ベンとジェイミーは、いわゆるイケメンの白人青年。陽気で人当たりのよいジェイミーとマジメそうな二枚目タイプのベン。好青年2人がビンボー旅行をしているということで、旅先の人々はだいたい彼らを温かく迎え入れる。手持ちの金がないままオーストラリアに渡った2人は、メルボルンでこれまでの旅の画像と日記をミニコミ誌として1冊にまとめて路上で販売。これが意外と売れて、旅の継続資金が貯まる。さらには、またまた好意の持ち主のお陰で南極に渡る幸運に恵まれる。念願の南極大陸では、ペンギンと自転車で競争。若き日のチェ・ゲバラのように貧困層の惨状にショックを受けることもなく、お騒がせタレントのサシャ・バロン・コーエン主演作『ブルーノ』(09)みたいに中東の危険エリアに足を踏み入れて命からがら逃げ出す事態にも陥らない。政治や宗教の問題はとりあえず置いといて、2人は気ままに、眺めのいい土地を自転車で存分に走り、その土地の風を肌に感じる。

 育ちのいい白人青年2人のお気楽な遊興旅とクサすこともできるが、スケジュールの決まっていないビンボー旅行はやはりどこか人を惹き付けるものがある。自転車と映画は形状だけでなく、ゆったりとした時間が過ぎていくという点でも似ており、相性がいいのだろう。イタリア映画『ライフ・イズ・ビューティフル』(98)、キリギスタン映画『あの娘と自転車に乗って』(98)、冨樫森監督の『ごめん』(02)、シルヴァン・ショメ監督のアニメ『ベルヴィル・ランデブー』(02)など自転車が登場する映画は秀作が多い。近年の作品でも、平野勝之監督の極私的ドキュメンタリー『監督失格』(11)や脱北者の過酷な収容所生活を描いた『クロッシング』(08)での自転車シーンが甘美な陶酔感をもたらした。自転車は映画を観る者を少年時代に帰らせるタイムマシーンなのかもしれない。

 引きこもりとは逆に、自国を飛び出して海外でまったりと暮らす若者たちのことを“外こもり”と呼ぶそうだ。割のいい短期バイトなどで手っ取り早く稼いで、食費や居住費の安いタイのバンコクあたりで過ごす日本人は1万人前後になるらしい。本作のベンとジェイミー同様に、閉鎖的な社会で暮らし続けることに疑問を持つ人々だ。海外での生活は新鮮だし、自宅に引きこもるよりも行動範囲はずいぶんと広がる。ただし、その国に永住できるわけではなく、生活費が尽きると自国に戻って再びバイト生活を繰り返さなくてはならない。その点、ベンとジェイミーが賢明だったのは、“所持金ゼロ=旅の終わり”とせず、世界7大陸走破という大きなゴールを設定していたことだろう。オーストラリアを後にした2人は南北アメリカ大陸を縦断し、最後のアフリカ大陸を目指す。すでにスタートから2年以上の歳月が経っていた。2人は自分たちの旅の終わりが近づいていることを自覚する。もともと仲の良かったベンとジェイミーだが、それまでは適度に距離を置くことで親友として付き合っていたが、旅の間ずっと一緒に自転車を漕ぎ続けてきたことで一心同体になったような境地に至ったと話す。

 イギリスに帰国した2人は、結局は企業に就職するという選択を選ばない。ジェイミーはフリーランスのデザイナーとなり、メルボルンでミニコミ誌を買ってくれた女性と結婚した。ベンは映像製作会社を立ち上げた。サンダル履きの気ままな旅を経験した2人は、それぞれ家庭と会社という、小さいながらも責任を負う立ち場に就いた。2人の選んだ選択が正しかったかどうか分かるのは、ずっと先のことだ。ベンとジェイミーの冒険は、イギリスに戻ってからもまだ続いているらしい。
(文=長野辰次)

『僕たちのバイシクル・ロード 7大陸900日』
監督・撮影・出演/ベン・ウィルソン、ジェイミー・マッケンジー ナレーション/ピーター・コヨーテ 発売元・販売元/ポニーキャニオン 3月21日よりDVDリリース中 http://bicycleroad.jp
(c)2010 THE END PRODUCTION Ltd.

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最終更新:2013/09/19 17:57
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