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【messy】

ユナイテッド航空:在米日本人の「もやもや感」~アジア人流血事件は人種差別か否か

日本でも繰り返し報じられている米国ユナイテッド航空のアジア人男性引き摺り下ろし事件。今回はこの件を通してアメリカに暮らすアジア人としての「差別」に関する体験や心情を書いてみたい。

All angles of Doctor dragged from United Airlines flight

◎事件の概要とタイムライン

4月9日(日)
イリノイ州のシカゴ・オヘア空港からケンタッキー州ルイヴィルに向うユナイテッド航空機内で「オーバーブッキング」により、4人の乗客がすでに搭乗済みの飛行機から降りて別便に振り替えるよう、ユナイテッド側から要請される。4人のうちのひとり、デイヴィッド・ダオ氏(69歳)が拒否し、最終的に3人の空港警察官により座席から無理矢理に引っ張り出され、そのまま通路を引き摺られていく。周辺の乗客が撮影したビデオを観ると、ダオ氏は大声で叫び、顔から流血していた。ビデオがネットにアップされ、ユナイテッドへの激しい非難が起こる。

4月10日(月)
ユナイテッドのCEOオスカー・ムニョスが事件の概要を記したEメールをユナイテッドの従業員に送付。その内容が公開され、スタッフ擁護であり、暴力行使や負傷したダオ氏への謝罪がないとして、さらなる批判が起こる。

4月11日(火)
前日のEメール批判を受け、ムニョスCEOが謝罪文を発表。文中、ダオ氏は氏名ではなく「強制的に排除された乗客」とのみ記される。

4月12日(水)
事件後に入院していたダオ氏が退院。

4月13日(木)
ダオ氏の弁護士と娘が記者会見。ダオ氏は引き摺り出された際に座席の肘掛けで頭部を打ち、脳震盪、鼻の骨折、前歯2本の欠損を起こしており、手術が必要であること、ユナイテッド航空を訴えることを発表。ユナイテッド側は11日の謝罪文に続き、さらなる謝罪声明を発表。文中でダオ氏は「ドクター・ダオ」と記されている(医師を含め博士号を持つ人物の敬称はMs./Miss/Mrs./Mr.ではなく、Dr.となる)。

◎人種差別?

 ショッキングなビデオが出回った後、ダオ氏がアジア系であったために「これは人種差別だ!」という声が多く聞かれた。「振替搭乗する乗客4人をコンピュータでランダムに選んだ結果、全員がアジア系だった」とユナイテッド側からの発表が報じられると、アメリカにおけるアジア系の人口比率は5.6%であることから「そんなはずはないだろう」と疑いの声が上がり、「人種差別」という批判はさらに高まった。

 SNSにはユナイテッド利用客による客室常務員への不満が多数書き込まれた。日本人を含むアジア系からは「アジア系の客には特に態度が酷い」の投稿があった。併せて「ユナイテッドには二度と乗らない」と宣言する声も多く見られた。CEOが最初の謝罪文を発表したのはこれが理由と思われる。2度目の謝罪は弁護士による記者会見および訴訟に備えてのものだろう。

 さらに、当初は乗客の急なキャンセルによる空席を防ぐためのオーバーブッキングと報じられたが、実はユナイテッドの乗務員4名を翌日の勤務のためにシカゴからルイヴィルに移動させる必要があってのことと分かり、これも批判された。

 「警察官はやり過ぎだが、協力しないタオ氏も悪い」という声も一部にはあった。件のフライトは日曜午後の便だったが振替便のフライトは月曜午後だった。そのためユナイテッドは、当日夜のホテル代とユナイテッドのみに使えるクーポン券400ドル分(1年間有効)で振替客を募ったが誰も名乗り出なかった。その後、クーポンを800ドルに増やしたが、やはり希望者は出なかった。そこでコンピュータ抽選で4人の乗客が選ばれ、そのうち3人は振替に同意したがダオ氏のみ拒否したため、最終的に警察官による強制排除となった。一連の騒動で便の出発は3時間遅れた。

 当初、ダオ氏は中国系と報じられたが、のちにベトナム出身と訂正された。ベトナム戦争によって1975年にボートでベトナムから米国に、同じく医師である妻と共に亡命。アメリカで5人の子をもうけ、うち4人が医師となっている。ダオ氏は引き摺り出される前に「私は医師だ。明日、仕事があるので飛行機から降りない」と言っており、「アジア系だと医者でもこの扱いか」という声もあった。

 当初はこのようにアジア系への差別であることが盛んに問われたが、やがて報道のポイントは暴力による強制排除の是非へと移った。アメリカは国土の広さから航空便の利用率が高く、オーバーブッキングも頻繁に起こる。現在は「今後、振替拒否者にどう対処するか」に関心が集まっている。

◎在米アジア人の「悶々」

 この件の数日前にはカリフォルニア州でAirBnBのアジア人拒絶事件があった。部屋をすでに予約済みだったアジア系アメリカ人の女性が現地到着寸前に部屋のオーナーから「アジア人である」ことを理由に部屋の貸し出しを拒否されていたのだ。こちらは女性とオーナーがやりとりしたテキスト・メッセージが残っており、アジア系への人種差別と断定され、オーナーはAirBnBから契約解除された。

Trump Supporter Cancels Asian Woman’s Airbnb Stay

 しかしユナイテッドの件がアジア系への差別行為であったか否かは誰にも証明できない。少なくとも筆者自身はビデオを観た瞬間に「アジア系以外なら、ここまではされないだろう」と思った。他の多くの在米アジア人も同様にそう思った。

 これはアメリカに住むアジア系としての体験からくる心情だ。アメリカ生まれのアジア系アメリカ人であろうが、アジア諸国から移民としてやってきた者であろうが、アメリカでは人種的マイノリティだ。かつ、出身国の違いも関係なく「アジア人」で十把一絡げにされる。極東内では複雑な関係にある日中韓もアメリカでは見分けられず、違いを主張すれば “whatever” (何であれ一緒だ)と言われてしまう。

 筆者はニューヨークというリベラルな多民族都市に暮していることもあり、直接的な差別――アジア人であるという理由で暴力を振るわれたり、アジア人を意味する蔑称を投げ付けられたり――といった経験はない。しかし日常生活の中で「もしかすると、今のは差別?」と思える体験には遭遇してしまう。そんなとき、人種差別と証明のしようはなく、「偶然の出来事かも……」と自分の中でうやむやに終らせざるを得ず、しかし、それは徐々に心の中に積もる。今では「私はこの国ではマイノリティなのだ」という断定がなされ、自身のアイデンティティの一部となっている。

 例えばドラッグストアやスーパーのレジ係が自分の前の客とは談笑していたのに自分には笑顔ひとつ見せない無愛想な態度であった場合。筆者は「私がアジア人だから?」と思ってしまう。同時に「いやいや、前の客とは顔見知りだったのかも」「そもそも、この人は基本的には無愛想な人なのかもしれないし」など、あれこれ考えを巡らせてしまう。レストランのウエイターがなかなか注文を取りにこない時も同様に「私たちがアジア人だから?」と思う一方、「忙しいだけかも……」と悶々とする。

 もう少し強烈な「もやもや」体験もある。以前、筆者がYMCAに勤めていた時のことだ。その日は誰も使っていなかったコンピュータ教室で一人で仕事をしていたところへ、他州からニューヨークの大学見学ツアーにやってきた高校生たちがオリエンテーションのためにドヤドヤと入ってきた。ツアーの担当者は筆者に「そのまま仕事を続けていいよ」と言った。

 高校生たちは席に着いたが、一人の白人の女子高生がつかつかと筆者に近づいた。筆者は空いていたイスを自分の真横に引き寄せて資料を積んでいたのだが、女子高生はまったくの無言で資料をイスから机に移し、イスを押して仲間のところへ戻った。彼女の分だけイスが足りなかったのだ。とっさのことで女子高生の行動の意味が分からず目を白黒させたのだが、後に考えついた可能性は3つ。女子高生が「アジア人を見下していた」「アジア系のいない地域に住んでおり、アジア人への対応が分からなかった」「アジア人が英語を話せるか分からなかった」。

 仮にアジア人に不慣れでも、もしくはこちらの英語に問題があったとしても、「イスを借りるね」とひとこと言えば済むことであり、女子高生には差別意識があったことを今なら断言できる。

◎アジア系へのステレオタイプ

 こうした差別行為は「アジア系は大人しい」「何をしても文句を言わない」というステレオタイプに基づいている。それは同時に「アジア系は犯罪を犯さない」という思い込みにも繋がる。以下はそれを物語る筆者の体験談だ。

 ある小さな店で買物をした際、筆者がまだレジ前にいるにもかかわらず、店員の女性がレジの中の大量の紙幣を取り出して数え始めた。カウンター越しに引ったくることが出来る距離だった。筆者がアジア系の女性でなければ(逆に言えば黒人男性であれば)、絶対に行わない行為だ。

 筆者が住むハーレムは黒人地区だが、タクシーの運転手は強盗を懸念して若い黒人男性客を避けたがる。代わりに筆者が歩道を歩いているだけで頻繁にクラクションを鳴らす。キャットコーリング(女性への冷やかし)ではなく、「タクシー強盗などやらない、安全な」アジア系女性に乗って欲しいのだ。

 他にもあるがこの辺で止めておこう。アメリカではそれぞれの人種にステレオタイプがあり、日常生活に反映される。

 念のため書き加えておくと、「人種差別の対象となっているマイノリティは差別を行わない」という理論は正しくない。差別意識は誰もが持つものであり、どのグループも差別意識を他のグループに対して抱く。例えば黒人は白人からの差別の対象ではあるが「アメリカ人」としてのアイデンティティを強く持ち、したがって移民であるヒスパニックやアジア系は下位に属すると考える者がいる。逆に社会的・経済的に成功した移民の中には「長年アメリカにいながら未だに成功できないのはなぜだ」と黒人を誹る者がいる。こうした差別意識とステレオタイプを防ぐのは子供の頃からの教育以外にないと筆者は考える。

 ちなみに事件当初はダオ氏をまったく擁護せず、謝罪もしなかったユナイテッドCEOのムニョスはメキシコからの移民夫婦のもと、9人兄弟のひとりとしてカリフォルニア州で生まれている。たとえ優秀であってもメキシコ移民の息子が航空会社のCEOに登り詰めるまでには相当な人種差別を体験しているはずだ。それでもムニョスは大企業CEOとしてマジョリティ側の視点で振る舞った。ムニョスCEOが今回の件を個人的にどう考えているかは不明だが、マイノリティも社会的立場が変われば行動も変わることの例である。

 ダオ氏を引き摺り出した3人の空港警察官は全員がラティーノもしくは黒人に見える。彼らは上からの指示に従って、単にダオ氏を「強制排除」しただけなのか。その際、ダオ氏がアジア系であったために「強制」の度合いが上がってしまったのか否か。イエスの場合、それは意識的だったのか、それとも無意識下だったのか。もしくは今回の件、人種差別の要素は全く無く、すべては偶然が悪いほうにのみ傾いてしまった結果だったのか。いずれにせよ、3人の警察官はすでに停職処分となっている。

 人種差別はかくも複雑、かつ根深い問題なのである。

(堂本かおる)

最終更新:2017/04/21 07:10
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