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昼間たかしの100人にしかわからない本千冊 40冊目

そりゃ、目の前にあれば飲むだろう……宮島英紀『伝説の「どりこの」 一本の飲み物が日本人を熱狂させた』

『伝説の「どりこの」 一本の飲み物が日本人を熱狂させた』(角川書店)

 我々が生きている現在は、過去の歴史の結果として存在している。小学校から大学まで続く教育システムの中で、歴史教育は、そういう精神を教えているはずなのだが、どうだろう。結局のところ、我々が知っているのは過去のほんの一握りの部分に過ぎない。多くの出来事は、忘れ去られて埋もれていく。もはや、20世紀に起こったさまざまな事件も、再び掘り返すことは困難になりつつある。

 まだ、さほど遠い過去ではない1970年代のことでも、事実を探ろうとすれば、複数の当事者の証言を集めて蓋然性のある結果を導くのは一苦労である。しかも、そうした成果はなかなか報われるものではない。

「若者論」とか、さまざまな切り口で、今まさに起こっている事象を「批評」とか「評論」という立ち位置で語ることを好む人は数多い。書店の新書コーナーに行けば、扇情的なタイトルで挑発する「現代社会の問題を語る」類の書籍でお腹がいっぱいだ。にもかかわらず、ちょっと前の過去を調べたり、考察を加えたりすることは、あまり評価を得ているとは言い難い。

 こうした、近代と現代の狭間ともいうべき「近過去」の失われつつある資料や証言を集めたり、考察した書籍はいくつも存在するにもかかわらず、である。御厨貴氏(東京大学先端科学技術研究センター客員教授)は『オーラル・ヒストリー』(中公新書)において、現代史の歴史的証言を当事者から聞き出し、学問として活用する方法論を提唱している。また、吉見俊哉氏(東京大学大学院情報学環教授)の『ポスト戦後社会』(岩波新書)は、現代へとつながる戦後社会を考察することの意義を、極めて魅力的に伝えてくれる。

 だが、そうした時代の出来事、あるいは文化を調べ、考察する人々は少ない。足を使って証言を聞き出し、図書館にこもって文献をあさる。そうした地道な作業は、軽んじられて正当な評価を受けづらくなっている。そう考えるのは筆者だけだろうか。

 本書、宮島英紀『伝説の「どりこの」 一本の飲み物が日本人を熱狂させた』(角川書店)は、そうした誰でもすぐに調べられて批評でも評論でも、インスタントに論者を創りあげる現代社会に背を向けて「これでもか」というほど徹底的に調べ上げた熱血の書である。いや、熱血というよりは「知りたがり」の筆者の本領発揮ともいえるかもしれない。

 かつて、出版社・講談社が大々的に販売していた飲料水「どりこの」。その開発者の屋敷があった田園調布には、今でも「どりこの坂」という地名が残る。たまたま別の取材で通りがかった著者は、さっそく近所の家のインターフォンを鳴らして地名の由来を聞き出そうとするのだ。

 そこから、「どりこの」を求める著者の行脚が始まった。国会図書館で過去の新聞をあさって、講談社がいかに大々的に売り出していたかを調べ上げる。そして、本書の前半では早くも講談社に資料として保管されていた中身の詰まった3本の「どりこの」の瓶に巡り会う。「どりこの」の瓶を手に感慨に浸る著者。しかし、彼は見逃さなかった。「うち一本は、すでにキャップシールが劣化脱落して内容物が漏れてしまっていることを発見した。これはチャンスである」と著者は記す。

 保存されていたのは昭和15年1月に製造されたものだ。蓋を開けた時の、発酵したアルコール臭に躊躇しながらも、著者は飲んだ。どれだけ感動的だったのか、その匂い、味に関する記述は3ページあまりにもわたって繰り広げられる。「いい気になって飲みまくる著者」とキャプションの入った写真もつけて、である。単に歴史的事実を資料で調べて、現物にもたどり着いて納得するだけではない著者を奇人変人の類と思うか、自ら身体を張るルポライターの鏡と見るかで、本書の感想は、180度異なるだろう。

 さて、本書によれば「どりこの」は滋養強壮を謳った飲料水。臨終の病人に飲ませたところ、たちどころに生気が戻ったという感激の体験談も紹介されている。著者も「どりこの」を飲んで身体に力がみなぎったのか、取材はさらに加熱していく。講談社の社長だった野間清治が、「どりこの」を大々的に販売するに至った経緯、歌手に女優までを使った大々的なキャンペーンを語り尽くす。取材当時の講談社の社長だった野間佐和子氏にも、取材する。現在も「どりこの饅頭」を販売する店を訪れる。発明者、高橋孝太郎氏の来歴も取材し尽くす。

 読めば読むほど一度「どりこの」を飲んでみたくなるばかり。だが、最終章「“どりこの”は二度とつくれない」が読者の希望を打ち砕く。戦争による経済統制によって「贅沢品」と見なされ「どりこの」は姿を消した。原料の砂糖が入手難になったことが、大きな理由のようだ。戦後の昭和29年から生産は再開されたが、講談社が再び販売に加わることはなく年間4~5万本程度が販売されたという。それも、高橋氏が亡くなった翌年の昭和46年には製造が打ち切られる。

 唯一、製造法を知っていたのは、高橋氏の甥の庸祐氏だけ。庸祐氏が昭和54年に三越百貨店から依頼されて製造したのが、最後の花道であった。著者は読者以上に「飲んでみたい」という思いが強かったはず。取材当時まだ存命だった庸祐氏に製造法を聞き出すべく何度も食い下がったが「体で覚えるものであって、紙に書いて伝えられるようなものではない」と断られ、修行すら志願するも断られている。それでも、著者は諦めない。特許庁で高橋氏の出願した特許内容を探しだし、製造法を調べ上げる。さらに、当時の成分分析結果が記された書類も専門家に見てもらう。それでも、明確な実態はわからない。「正体は、結局ただの“砂糖水”ということになってしまうのではないだろうか?」という一文からは著者の無念が伝わってくる。

 失われてしまった味を自ら体験し、執拗なまでに追い続ける、とどまることを知らない著者の取材力。これほど楽しい作業はないはずだ。
(文=昼間たかし)

最終更新:2019/11/07 18:37

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