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スタンダップコメディを通して見えてくるアメリカの社会【8】

【ネットフリックス】“俺たちの”ジョージ・ロペスかく語りき! ヒスパニックを排除するアメリカもうひとつの人種差別

【ネットフリックス】俺たちのジョージ・ロペスかく語りき! ヒスパニックを排除するアメリカもうひとつの人種差別の画像1
ガチョーン。(写真/Rick Diamond 「GettyImages」より)

「時代を代弁する”俺たちの”コメディアンの登場だ!」というMCのアナウンスの中、熱気に満ちた会場の大声援を受けジョージ・ロペスは舞台に上がった。

 ジョージ・ロペス、彼は全米で最初に認知されたヒスパニック系のコメディアンであろう。
 そのキャリアは実に華々しい。メキシコ系移民の息子としてロサンゼルスに生まれた彼は高校卒業後、地元のクラブでスタンダップコメディアンとして舞台に立ち始めるのだが、女優のサンドラ・ブロックに見出され、自身の名前を冠したシットコムの主演に抜擢されると一気にスターダムを駆け上がる。

 その後もトークショーの司会や映画に出演するなど活躍の場を広げ、30年以上にわたり”ヒスパニックの象徴”としてトップに君臨し続けてきたベテランだ。意外にもネットフリックスでの自身の1時間のスペシャルは今回が初めてで、2019年末にサンフランシスコで収録された本作は期待に胸を膨らませた超満員の観客が彼の登場を出迎えた。

 おそらく観客の多くはアメリカ生まれのヒスパニック系。その証拠にジョージのスペイン語を織り交ぜたジョークに大きな笑い声を上げていた。

 彼のネタの特徴はシンプルな「ラテンあるある」で、序盤でも「”ローマは一日にしてならず“ということわざがあるが、皇帝は雇う奴を間違ったみたいだな。メキシコ人を雇っていたら一日で完成したに違いない」と笑いを誘う。これはアメリカにおいて、工事現場などの肉体労働に従事するメキシコ人が非常に多いことを皮肉にしたジョークであり観客も頷きながら笑っていたのが印象的だ。

 このようないわゆる「王道」のネタで勝負するため、現地の新聞などの作品評では「何のひねりもない古臭いジョーク」や「30年間同じネタで進歩が見られない」などと酷評が続く。しかし私はそこにこそ彼の真意と狙いがあるのではないかと感じる。

 2016年にトランプ政権が誕生して以来、アメリカの対ラテン政策は厳しさを増している。もともと移民の流入に否定的だったトランプはまずオバマ政権が行ってきたDACA(若年移民による国外強制退去の延期措置)の撤廃を宣言。

 つまり、生まれて間もない頃に不法移民として親とともにアメリカに渡った子どもたち(ドリーマー)をいきなり国外退去にしてはあまりにも酷だから就労許可を限定的に与えるという措置を、治安維持とアメリカ人の職を確保するためという理由で廃止に持ち込もうとしたのだ。

 それにより多くのヒスパニック系の人々が国外強制退去の危機にさらされた。20年6月18日には連邦最高裁判所が「専断的で根拠を欠く」としDACA撤廃を棄却したが、それ以外にも度重なる不当な逮捕や、ラテン系退役軍人の国外退去命令など、彼らにとって安らぐことのできない状況が続いてきた。

 こうした中でジョージ・ロペスはその度に”ヒスパニック代表“として「声」を上げ続けてきた。それも単なる彼自身の出自の”メキシコ“の代表でなく”パン・ラテン“の代表として。

 本作でもステージ上で語気を強める。

「本来はこの国はもっといい国のはずだ。いて欲しくない奴がいて欲しくない場所にいる、それだけの理由で警察を呼ぶ奴がいる。他人事に首をつっこむのはもうやめにしよう。みんなが自由にしていればいいじゃないか!」

 ”自由“を求め、移民としてやってきたはずのアメリカ。それが今、これほどまでに住みづらくなってしまったことを彼は心底憂いている。黒人ジョージ・フロイドがミネアポリスで警官に殺害されるよりも以前から、ヒスパニックも不当に逮捕される不安と隣り合わせで生きてきた。

 そして最後に客席をじっと見回し、眼光鋭くこう締めくくった。

「いいか!ブリトーの豆のたったひと粒でもむげにすると、ブリトー全体を敵に回すことになる」

 アメリカ国内においてヒスパニック文化を象徴する食べ物、ブリトー。そのレシピはアメリカ国内で独自の発展を遂げてきた。米や肉、野菜や豆などの多くの具材がそれぞれのよさを引き立て合いひとつの料理として今日まで愛されている。

 ”ヒスパニック“とひとくちに言っても多くの人種が混ざり合いそれぞれが個性を織りなしながらアメリカという大きな国で生活している。現政権の行うヒスパニック排除は全世界のラテンコミュニティを敵に回すという警鐘にも聞こえる。

 ヒスパニックという「ブリトー」に団結を促すジョージ・ロペスの言葉には独特の重みと力がある。

 アメリカでは2045年にはヒスパニック系の人口は白人に取って代わりマジョリティになると予測されている。

<ジョージ・ロペス>
1961年ロサンゼルス生まれ。メキシコ系移民の両親を持ち自身のエスニシティをネタにしたスタンダップコメディで人気を博すと、2002年に放送の開始された自身の名前を冠したABCのシットコムで一躍スターに。他にもTBSのトークショーの司会や多くの映画にも出演する。

<We’ll Do It For Half” 『お安い御用』(2020)>
ジョージ・ロペス待望のNetflixデビュー作。移民問題やラテン系の歴史に切り込み、アメリカ社会での対話について説く60分。持ち前のヒスパニックジョーク満載のこれぞジョージ・ロペス、という一本。

Saku Yanagawa(コメディアン)

アメリカ、シカゴを拠点に活動するスタンダップコメディアン。これまでヨーロッパ、アフリカなど10カ国以上で公演を行う。シアトルやボストン、ロサンゼルスのコメディ大会に出場し、日本人初の入賞を果たしたほか、全米でヘッドライナーとしてツアー公演。日本ではフジロックにも出演。2021年フォーブス・アジアの選ぶ「世界を変える30歳以下の30人」に選出。アメリカの新聞で“Rising Star of Comedy”と称される。大阪大学文学部、演劇学・音楽学専修卒業。自著『Get Up Stand Up! たたかうために立ち上がれ!』(産業編集センター)が発売中。

Instagram:@saku_yanagawa

【Saku YanagawaのYouTubeチャンネル】

さくやながわ

最終更新:2023/02/08 13:21
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