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 >  >   > いとうあさこ 悲観なき自虐を操る「アラフォー女性のしたたかなリアル」
お笑い評論家・ラリー遠田の【この芸人を見よ!】第68回

いとうあさこ 悲観なき自虐を操る「アラフォー女性のしたたかなリアル」

itoasako_tenshinranman.jpgいとうあさこ「天真爛漫~一度おさわがせします~」
ジェネオン・ユニバーサル

 年齢。それは、女性にとってのタブーである。もちろん、お笑いの世界を生きる女性芸人にとっても事情は同じだ。女性芸人は、世間では女を逸脱した存在と見なされることも多いが、それでも年齢を大っぴらに公言したり、積極的に口にしたりすることはそれほど多くはない。それは、見る側に年齢を意識されてしまうことが、笑いをとる上でプラスに働く場面が少ないためだと思われる。世の中と同じように、お笑い業界でも、女性の年齢というのはかなりデリケートな話題に属しているのだ。

 そんな中で、1人の女性芸人が注目を集めている。「浅倉南、39歳!」と、ネタの冒頭で自分の年齢を声高に名乗り上げ、レオタード姿で新体操の演技に乗せて、日常の悲哀を明るく披露するアラフォー芸人。今年の「R-1ぐらんぷり」でも決勝進出を果たし、目下ブレイク中の彼女の名は、いとうあさこ。

 一般に、女性芸人の演じる自虐ネタは、暗くて生々しいものになりがちだ。本人が実生活で抱えている深い苦悩が少しでも見えてしまったら、見る者は気楽に笑うことはできなくなる。ただ、実感のこもらない現実離れしたことを言っても、それはそれで薄っぺらく見えてしまうのがオチだ。女性芸人の自虐ネタは、その種のバランスが非常に難しいのである。

 その点、いとうあさこの芸には、不思議と嫌な感じがしない。39歳で独身。婚期を逃し、体力も衰え、将来への不安を抱える彼女の自虐ネタは、なぜか底抜けに明るく、痛々しさがほとんど感じられないのだ。これはかなり珍しいケースである。

 彼女のこれまでの半生も、経歴だけを見れば決して順風満帆とは言いがたい。裕福な家庭に生まれ、お嬢様学校の名門として知られる雙葉高校を卒業後、女優を志して家を飛び出す。その後、夢を抱えながらも男性と同棲生活を始める。付き合った男たちは皆、しっかり者の彼女に一方的に甘えて自堕落な生活を送るようになる。そして、20代の間、3人の男に計1200万円を貢いでいた。白馬の王子様に憧れていた彼女は、いつのまにか自分が馬車馬のように働いて男に貢ぐ日々を歩んでいたのだ。

 その一方で、女優からお笑いへと将来の方向性を転換するも、芸人としては鳴かず飛ばず。2003年には組んでいたコンビも解散。その後、ピン芸人としても不遇の時期が長く続いた。

 ただ、バラエティー番組などで、そんな怒濤の半生を振り返って話をする彼女は、生き生きとしていて少しも悲惨そうには見えない。貢ぎ倒した過去についても、後悔したり相手を責めたりするようなそぶりはなく、非常に前向きに捉えているのがうかがえる。

 また、良家の子女として育った彼女は、テレビに映るアイドル、俳優、ミュージシャンなどの80年代のスターたちにピュアな憧れを抱き、それを育んできた。いわば、彼女の目線は常に上に向いていたのだ。

 いとうは、初めからお笑いの道を志していたわけではないので、良い意味でそこに縛られていない部分がある。例えば、「女としてのコンプレックスを克服するためにお笑いを始めた」などというのが、女性芸人には比較的よくあるパターンなのだが、それは彼女には当てはまらない。彼女は、ジャンルを問わず、常に芸能界の高みを目指して憧れを抱き、たまたまお笑いに流れ着いただけなので、お笑い芸人特有のコンプレックスや問題意識を引きずらなくて済んだのである。

 3月5日、いとうあさこは『笑っていいとも!』のテレフォンショッキングに出演を果たした。ここでも、謙虚ではあるが卑屈になりすぎない彼女の品のあるキャラクターが、観客の心をつかんでいた。

 いとうあさこのネタは、他の多くの芸人がやっているような、コンプレックスを原動力とする形の自虐ネタではない。それを乗り越えた器の大きさを持つ人間だけが演じられる「強者の自虐」なのだ。運動神経と気品を兼ね備えて、前向きな思考で自虐ネタをきらびやかに彩る彼女は、アラフォー世代に勇気を与えるお笑い界の天使である。
(文=お笑い評論家・ラリー遠田)

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日刊サイゾーで連載されている、お笑い評論家・ラリー遠田の「この芸人を見よ!」が書籍化されました。ビートたけし、明石家さんま、タモリら大御所から、オードリー、はんにゃ、ジャルジャルなどの超若手まで、鋭い批評眼と深すぎる”お笑い愛”で綴られたコラムを全編加筆修正。さらに、「ゼロ年代のお笑い史」を総決算や「M-1グランプリ」の進化を徹底分析など、盛りだくさんの内容です。手元に置いておくだけで、お笑いを見るのがもっと楽しくなる。そして、お笑い芸人を通して現代が見えてくる。そんな新時代の”お笑い批評”をお楽しみください。
ラリー遠田×担当編集S「お笑いを楽しむための”ツールとしての批評”でありたい」

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●連載「この芸人を見よ!」INDEX
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