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お笑い評論家・ラリー遠田の【この芸人を見よ!】第21回

孤高の家元・立川談志が歩み続ける「死にぞこないの夢」の中

danshidanshun.jpg『立川談志 立川談春 親子会 in 歌舞伎座
~伝承というドキュメンタリー~』/竹書房

 また、死にそこねた。これが、DVD『立川談志 立川談春 親子会 in 歌舞伎座』を見終えて私がいちばん最初に思ったことだった。このDVDには、2008年6月28日に歌舞伎座で行われた立川談志・談春の親子会の模様が収められている。

 72歳(当時)の談志は、本番数日前に風邪でダウンして、一時は出演も危ぶまれていた。何とか会場入りを果たすものの、声の調子は最悪。周囲が心配する中で、予定を変更して得意の「やかん」を一席演って高座を下りていった。

 肝心の落語の出来は、「稀代の天才落語家」と謳われた談志にしては満足のいくものではなかった。おぼつかない足取りで歌舞伎座の花道を歩いて登場し、「俺たちは花道から出てくるような芸人じゃないね」と一言。枕で雑談をする余裕もなく、体調不良を詫びて手持ちのジョークを何本か披露すると、そのまますぐに咄に入った。

「やかん」という咄は、自分は何でも知っていると豪語する隠居が、八五郎という男から次々繰り出される質問にいかにももっともらしく答えていく、というもの。談志の「やかん」は本来なら、屁理屈とナンセンスと批評精神に満ちた談志落語の代名詞とも言える傑作である。だが、この日の談志は声が枯れていて、なかなか観客をつかみきれない。毒気混じりで世相に斬り込み、悪態をつき、最後は圧倒的な話芸の力で観客をねじ伏せるいつもの談志の姿はそこにはなかった。

 談志の「やかん」の中で、隠居は「努力とは何か」と聞かれて「馬鹿に与えた夢」と答える。普段なら天才肌の談志がこれを言うから皮肉に聞こえるのだが、この日の談志は文字通り、精一杯の気力を振り絞って「馬鹿に与えられた夢」に必死にしがみついているようにも見えた。

 立川談志は今、死に場所を探している。テレビで、高座で、いたるところで、冗談とも本気ともつかぬ口調で「死にたい」と口にしてはばからない。「落語とは人間の業の肯定である」と語る談志は、自らの「業」をさらけ出し、もがき苦しんでいるのだ。

 立川談志が背負っている「業」は生半可なものではない。爆笑問題の太田光が畏敬の念を込めて「超人」と呼ぶ「天才落語家としての談志像」や、弟子の談春が著書『赤めだか』で明らかにした格好良く頼もしい「師匠としての談志像」を含めて、世間が描く「立川談志」のイメージを彼は丸ごと引き受けて、そのまま生き抜いてみせようとしている。

 自分で過激なことは言えないが、談志の毒舌を聞いて笑うのは許される。自分の人生では無茶はできないが、談志なら何かやってくれるんじゃないか。……など、大衆の下世話な期待にも逐一応じながら、落語の内外で「立川談志」を演じ続けている。大衆を軽蔑するそぶりを見せながらも、談志はどこまでも大衆的な芸人であろうとする男だ。

 並みの芸人なら直視もできないような「人間の業」という厄介な代物を、他人の分も含めてまとめて肯定する。誰よりも繊細で寛大な人間にだけ許された細い道を、談志はひとり黙々と歩んでいる。
(お笑い評論家/ラリー遠田)

●「この芸人を見よ!」書籍化のお知らせ

日刊サイゾーで連載されている、お笑い評論家・ラリー遠田の「この芸人を見よ!」が本になります。ビートたけし、明石家さんま、タモリら大御所から、オリエンタル・ラジオ、はんにゃ、ジャルジャルなどの超若手まで、鋭い批評眼と深すぎる”お笑い愛”で綴られたコラムを全編加筆修正。さらに、「ゼロ年代のお笑い史」を総決算したり、今年で9回目を迎える「M-1グランプリ」の進化を徹底的に分析したりと、盛りだくさんの内容になります。発売は2009年11月下旬予定。ご期待ください。

立川談志 立川談春 親子会 in 歌舞伎座

その姿も、焼き付けておく。

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●連載「この芸人を見よ!」INDEX
【第20回】バカリズム 業界内も絶賛する「フォーマット」としての革新性
【第19回】劇団ひとり 結婚会見に垣間見た芸人の「フェイクとリアル」
【第18回】オードリー 挫折の末に磨き上げた「春日」その比類なき存在
【第17回】千原兄弟 東京進出13年目 「真のブレイク」とは
【第16回】狩野英孝 「レッドカーペットの申し子」の進化するスベリキャラ
【第15回】サンドウィッチマン 「ドラマとしてのM-1」を体現した前王者
【第14回】小島よしお 「キング・オブ・一発屋」のキャラクター戦略
【第13回】U字工事 M-1決勝出場「北関東の星」が急成長を遂げた理由
【第12回】江頭2:50 空気を読んで無茶をやる「笑いの求道者」
【第11回】バナナマン 実力派を変革に導いた「ブサイク顔面芸」の衝撃
【第10回】山本高広 「偶像は死んだ」ものまね芸人の破壊力
【第09回】東京03 三者三様のキャラクターが描き出す「日常のリアル」
【第08回】ジャルジャル 「コント冬の時代」に生れ落ちた寵児
【第07回】爆笑問題・太田光 誤解を恐れない「なんちゃってインテリ」
【第06回】世界のナベアツ 「アホを突き詰める」究極のオリジナリティ
【第05回】伊集院光 ラジオキングが磨き上げた「空気を形にする力」
【第04回】鳥居みゆき 強靭な妄想キャラを支える「比類なき覚悟」
【第03回】くりぃむしちゅー有田哲平 が見せる「引き芸の境地」
【第02回】オリエンタルラジオ 「華やかな挫折の先に」
【第01回】有吉弘行 が手にした「毒舌の免罪符」

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最終更新:2013/02/07 13:00
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