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川崎で「中1男子殺害事件」が起きたのは必然か? 石井光太と磯部涼が見た地元の「不良カースト」

 2015年2月20日、神奈川県川崎市の多摩川河川敷で、中学1年生の少年の全裸遺体が発見された。カッターによる裂傷は43カ所に及ぶ。事件から1週間後、3人の少年が殺人の疑いで逮捕されたーー。

 いわゆる「川崎市中1男子生徒殺害事件」は、「川崎」という街を象徴する事件として、瞬く間に日本中に広まった。そこには、川崎が、そして日本が抱えるさまざまな問題が凝縮されていた。昨年12月、そんな事件の背景に迫った2冊のルポーー石井光太『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』(双葉社)、磯部涼『ルポ 川崎』(サイゾー)ーーが奇しくも同日に発売され、話題となっている。これらの著者たちが、現地で取材を重ねる中で見たものとは?

川崎は日本の未来の姿なのか?

『ルポ 川崎』より。2015年2月、中学1年生の少年が殺害され、遺体を遺棄された川崎区の多摩川河川敷。(写真/細倉真弓)

ーー今回、お2人は、偶然にも同じタイミングで「川崎」を舞台にした本を上梓されたわけですが、そこで大きな軸となっているのが「川崎中1男子生徒殺害事件」(以下、「中1男子殺害事件」「事件」など)です。取材と執筆を重ねる中で、事件や川崎という街について、どのようなものが見えてきたのか、お話を伺えればと思います。

磯部 石井さんの『43回の殺意』は、中1男子殺害事件を徹底的に掘り下げていましたが、僕の書いた『ルポ 川崎』は、事件はあくまで取っかかりであって、主題はその背景である川崎……中でも川崎区という街であり、そこで生きてきた人々の姿です。

石井 本の元になった「サイゾー」での連載は、やはり事件がきっかけで始められたのですか?

磯部 もちろん、大きなきっかけでしたが、簡易宿泊所火災事件や、老人ホーム連続殺人事件など、その後、同地で陰惨な事件が立て続けに起こったということに触発されたようなところがありました。

『ルポ 川崎』より。“ドヤ街”として知られる川崎区日進町の簡易宿泊所。(写真/細倉真弓)

ーー磯部さんは本の中で、川崎で中1男子殺害事件をはじめ「現在の日本が抱える問題を象徴していると思える事件が立て続けに起こった」と書かれています。川崎を、「日本の縮図」のようなものとしてご覧になられていたのでしょうか?

磯部 そうですね。あるいは、同時に「日本の未来」としても見ています。中1男子殺害事件は、犯人グループにフィリピンにルーツを持つ少年がいたことが排外主義を煽り、外国人市民の集住地域である川崎区桜本を狙ったヘイト・デモが繰り返されるようになりました。ただ、その桜本に代表されるように、川崎区には多文化共生の長い歴史があり、市民からデモへの抗議が起こったことを受けて、行政も全国に先駆けてヘイト・デモに対する事前規制ガイドラインを策定しました。日本は実質的には移民社会になっているわけですが、川崎区は様々な意味でモデルケースだといえます。だからこそ、川崎区について考えることは日本の未来について考えることにもつながるのではないかと。

石井 僕も川崎区を「近未来都市的なもの」として見ています。これから在日外国人が増え、格差が広がると、今の川崎区と同じような問題を抱える街がもっと増えていくことが予想されます。川崎区を、そうした「都市の未来予想図」として捉えることで、日本の未来を考えることにもつながるのではないか、そうした予感もありました。

『ルポ 川崎』より。川崎区池上町の路上で談笑するラップ・グループBAD HOPのメンバーたち。(写真/細倉真弓)

ーー『ルポ 川崎』は、事件が起点になりながらも、カルチャー方面からのアプローチを取っていることも特徴ですね。

磯部 昨今のラップ・ブームの火付け役となった「高校生RAP選手権」というテレビ番組の企画があるんですが、2012年7月の第1回大会の決勝戦が、T-PablowとLIL MANという川崎区出身の、当時15、6歳の若いラッパーの対決でした。その後、T-Pablowが率いるグループ「BAD HOP」は地元で人気になり、彼らにあこがれて小中高生がどっとラップを始めます。中1男子殺害事件発生当時、被害者の同級生がラップで追悼をする映像も話題になりました。BAD HOPは川崎区の荒れた環境で育ち、ラップによってそこから抜け出そうと、あるいは同じような環境にいる子どもたちの模範になろうとしていました。連発した事件の背景となるのが川崎の闇だとして、彼らをそこに灯った光だと捉えるというのが、取材開始当初に考えていた構想です。

石井 ということは、もともと土地勘もあったのですね。

磯崎 いえ、川崎駅前にある〈クラブチッタ〉というライヴ・ホールは日本のラップ・ミュージックにおける重要な場所で、高校生の頃から通っていましたが、その先は未知の世界でした。僕がBAD HOPを初めて取材したのが2014年5月。事件を挟んで2015年夏頃から彼らを水先人として、桜本や池上町のような多文化地区に足を運ぶようになります。そして、そこで出会った人々にまた案内してもらうということを繰り返して、土地の独自性みたいなものが見えるようになっていったんです。

不良コミュニティからはじかれた、不良的ないじめられっ子

ーー石井さんは、事件の報道を受けて、最初どのように感じましたか?

石井 事件の事実自体にさほど特徴がないのに、人々がものすごく注目するのが不思議でした。騒がれる少年事件というのは、「神戸連続児童殺傷事件」などのように、猟奇的な殺人というケースが多い。そして、そのことのインパクトが報道を加熱させるわけですが、今回の場合は、少年殺人事件としては決して珍しくない部類に入る事件だったにもかかわらず、なぜか多くの人の関心を集めました。そこに対する「なぜ?」が、最初の出発点だった。それと、犯人も被害者も、いわゆる「不良」ではなく、また加害者が「いじめられっ子」だったところにも関心を抱きました。

磯部 石井さんも『ルポ 川崎』から引用してくださっていましたが、BAD HOPのメンバーは主犯格について、「変わってるヤツという印象」「不良にあこがれがあるけど、輪には入ってこられない」「同い年にも不良がいるけど、そいつらには太刀打ちができないから、もっと下の子を引き連れるっていう」「事件のときも、暴力に慣れてないから、止めどころがわからなかったんだと思う」「あれは川崎の不良が起こした事件ではなくて、そこからはみだした子が起こした事件ですね」と語っていました。

石井 これが、いわゆる不良の起こした事件だったら、僕は普通に納得できたと思うんです。しかし、不登校で行き場のない子どもたちがイトーヨーカドーのゲームセンターでたまっているうちに知り合って、寂しさを紛らわせているうちに、誤解から暴走して起こした事件だった。

磯部 石井さんは少年事件の取材を数多くされていますが、今回の事件は特殊なケースなのでしょうか? あるいは、似たケースも多いのでしょうか?

石井 少年刑務所などで殺人事件を起こした子どもたちに会ったりしますが、彼らは重い罪を犯しながらも、筋金入りの不良というのが割合的に少ないんです。むしろ、虐待で人格が破壊されていたり、それに知的・精神的な部分で問題が重なっていたりするケースが非常に多い。感情的な部分や、コミュニケーション能力が欠損している子です。

磯部 まさに、今回の事件の加害少年たちもそうですね。

石井 特に感情が未分化な少年が多いですね。例えば、何か腹の立つことがあったりするとするじゃないですか。僕たちは普段、ムカつくにしてもいろいろな段階があって、グラデーションになっています。つまり、単に不愉快なのか、無視できるレベルなのか、それともブン殴らないと気が済まないレベルなのか……と、怒りの状態を分割することができる。人間は、さまざまなコミュニケーションを取る中で、感情を分化させることを覚えていくものなのですが、幼年期に虐待やネグレクトにさらされたことで、それができなくなってしまうケースがある。つまり、「ちょっと不愉快」と「殺したいほどムカついた」との境界がなくなってしまうわけです。

ーーちょっとした怒りが、すぐに殺意に直結してしまうようなことが起こり得る、と。

石井 これはあくまで一因ですが、彼らは自分たちでもなぜそんなことをしてしまったのかがわからないんです。だから、自分のしたことを説明できない。証言も二転三転してしまう。「ムカついたから殺した。でも殺したくなかった。なんで殺したかわからない」みたいな。一方、いわゆる筋金入りの不良は、彼らのようにはなることはありません。不良は上下関係を重んじるので、コミュニケーション・スキルが求められます。つまり、彼らにとって、相手への想像力は不可欠なんです。だからこそ、ラップや歌といった芸術表現をすることもできる。しかし、事件の犯人たちのようないじめられっ子は、日常的に虐げられていく中で、そうした回路がどんどん閉じていってしまうこともある。そうした不幸が、殺人にまで発展してしまったひとつの例として、この事件は位置づけられるのではないでしょうか。

「繋がる」ツールとしてのゲームと、その脆弱性

磯部 とはいえ、被害者と犯人グループがゲームセンターにたまって遊んでいたように、彼らの中でもコミュニケーションはあったわけですよね。

石井 いわゆるスクールカーストの底辺にいたり、行き場のなかったりする子たちが、そこに中学校を横断する形で集まってきて、複数のグループを形成しているんですよね。彼らの世界では、ゲームみたいなものが、人とつながるための重要なツールになっているという側面があります。今回取材した少年たちが共通して持っていたのが、「別に話はしたくないけど、ゲームをやるなら一緒にいてもいい」みたいな感覚です。それで、ひとつのグループがつくれてしまう。

磯部 一方、BAD HOPのメンバーたちはそのゲームセンターに行ったことがないと言っていたんですよ。彼らはもっと刺激的な遊びを知っていたからだろうし、そういった不良エリートが来ないからこそ、犯人グループみたいな子どもたちのたまり場として機能したんでしょうね。

石井 それなりに居心地もいいですしね。で、同じような境遇の子たちが集まってくる。誤解を招きたくないので詳しいことは『43回の殺意』を読んでいただきたいのですが、今回の犯人たちの間にはゲームやアニメでつながっていただけで、人間的なつながりがなかったので、ちょっとしたことでも仲間内で際限のない暴力沙汰になってしまったりしました。その延長線上で起きたのが今回の事件なんです。

ーー不良少年たちのコミュニティのあり方が、今と昔では、かなり変わってきているのでしょうか。

石井 昔の不良ーー例えば暴走族なら、ひとつの大きなピラミッドが形成され、仮に小さなコミュニティが生まれても、同じ地域であれば必ずその中に組み込まれていきました。一方、今のコミュニティはどんどん個別化し、それらがお互いにくっつくことがありません。規模が小さく、自閉していくので、援助する側もどこでどのような支援をすべきかが、すごくわかりにくくなっている。また、そうしたカーストからはじかれた者たちのグループ内で、また新たなカーストができ上がっていることも、問題を複雑にしている要因ではないでしょうか。

ーーこうした流れは、川崎という土地独自のものだと思いますか?

磯部 むしろ、川崎区には旧来的な、大きなピラミッド型の不良コミュニティが残っているという意味で独特かもしれません。『ルポ 川崎』にも、BAD HOPの「川崎の個性っていうのは、例えば、東京はいっぱいありますよね……不良の勢力みたいなものが。それが、川崎の場合はひとつしかなくて。東京は各々の先輩がいると思うんですけど、川崎は上下関係を辿っていけば、たったひとつの団体に行き着く」という発言がありましたが、実際、街を押さえる役割はI会系の団体が一手に引き受けています。だから、ある意味で平和なんですよね。大きな抗争がないので。ただ、ピラミッド型のコミュニティが強固だということは、そこから弾かれるとキツいということでもある。

『ルポ 川崎』より。川崎区の仲見世通にあるバーで挑発的に踊るゴーゴー・ダンサーたち。(写真/細倉真弓)

分裂する「多様性の街」

ーーそんな川崎の筋金入りの不良たちは、今回の事件をどのように見ていたのでしょうか?

磯部 先ほど挙げた、BAD HOPの「あれは川崎の不良が起こした事件ではなくて、そこからはみだした子が起こした事件ですね」という発言と同じようなことを言う若者は少なくなかったです。あるいは、「もはや、懐かしいな」「ああいう事件も川崎ではよく起こるから」「そもそも、あの河川敷はリンチをやるときの定番の場所で。今までだって死んだヤツはいるし」「それより、この前、もっとヤバいことがあって――」みたいな感じで、事件を凡庸化するというか。もちろん、中1男子殺害事件は本当にひどい事件であって、決して忘れてはならないと思いますが、それすら「よく起こる」と言わしめてしまう川崎区という街の環境こそが、あの事件を読み解く鍵であるように考えています。

石井 川崎という街にはいくつかの顔があって、まず大きく言うと、東京のベッドタウンですね。比較的豊かな人たちの街という顔です。一方で工業地帯ですから、工場の幹部もいれば、期間工みたいな人たちもいる。それぞれかなり生活様式は違ってきます。また、高齢化も目立ちます。

ーー分裂している、と。

石井 また、川崎にはもともと朝鮮人部落と呼ばれていた地区があったことによって、外国人を受け入れる土壌や文化があった。そのことで、さらに違った生活様式の家庭が混在することになりました。ちゃんと言っておきたいのは、僕としては、川崎の中でもそれが「多様性の街」としてプラスの形で回っている部分はたくさんあると思っています。街としてはすごく豊かな文化を持っていますから。

磯部 川崎区の中でも特に桜本では多文化共生が進んでいて、同地で行われるその名も「日本のまつり」という、神輿も出ればプンムルノリのパレードもあり、フィリピン料理やペルー料理の屋台が並ぶ地域の祭は象徴的です。

『ルポ 川崎』より。池上町で生まれ育ったBAD HOPのBark。(写真/細倉真弓)
『ルポ 川崎』より。川崎区桜本で行われた「日本のまつり」には南米系の住民も参加。(写真/細倉真弓)

石井 しかし、同時に一部のコミュニティでは、それが貧困問題などと合わさって悪い方向に作用しているところもあります。うまくいかないコミュニティは、うまくいっているコミュニティからは分裂してしまう。それで孤立してますます悪い方向へ物事が進んでしまうケースがあるんです。事件の少年たちのコミュニティがそのひとつであることは確かでしょう。

磯部 地域コミュニティがしっかりしているというのは、良い面もあれば悪い面もあるんですよね。地元の人に話を聞いていても、みんな、「川崎は暖かい」と口を揃えて言う一方で、「しがらみがある」「成功すると足を引っ張られる」みたいな意見もよく耳にしました。

石井 そうした街のあり方が、そのまま子どもたちの世界にも連綿と続いてしまっているようにも見えますね。

*後編につづく

(取材・構成/辻本力)

石井光太(いしい・こうた)
1977年、東京都生まれ。国内外の貧困、災害、事件などをテーマに取材、執筆活動を行う。著書に『神の棄てた裸体』『絶対貧困』『遺体』『浮浪児1945-』(新潮文庫)、『感染宣告』(講談社文庫)、『物乞う仏陀』『アジアにこぼれた涙』(文春文庫)など多数。事件ルポとして虐待事件を扱った『「鬼畜」の家 わが子を殺す親たち』(新潮社)がある。昨年12月に新著『43回の殺意 川崎中1男子殺害事件の深層』を発表。

磯部涼(いそべ・りょう)
1978年生まれ。音楽ライター。主にマイナー音楽やそれらと社会との関わりについて執筆。著書に『ヒーローはいつだって君をがっかりさせる』(太田出版)、『音楽が終わって、人生が始まる』(アスペクト)、共著に九龍ジョーとの『遊びつかれた朝に』(Pヴァイン)、大田和俊之、吉田雅史との『ラップは何を映しているのか』(毎日新聞出版)、編著に『踊ってはいけない国、日本』『踊ってはいけない国で、踊り続けるために』(共に河出書房新社)などがある。昨年12月に新著『ルポ 川崎』を刊行。

最終更新:2018/02/24 20:00
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