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北芝健の「いわんや悪人においてをや」vol.10

裁判員制度が導入された今こそ、殺意なき幼児虐待を殺人罪として問え!

kitashiba10_friday.jpg『FRIDAY』9月4日号(講談社)

「犯罪者である彼あるいは彼女にも我々同様に人生があり、そして罪を犯した理由が必ずある。その理由を解明することはまた、被害者のためにもなるのでは?」こんな考えを胸に、犯罪学者で元警視庁刑事・北芝健が、現代日本の犯罪と、それを取り巻く社会の関係を鋭く考察!

 昨今、親による子どもの虐待死事件が後を絶たない。そんな報道を見聞きすると、やりきれない気持ちになるのは私だけではないだろう。親が子どもを虐待するということは決して許されないことだ。しかし、そんな幼児虐待が殺人罪ではなく、なんとも腑に落ちない罪状で起訴されている場合があるのだ。

 今年4月、大阪市西淀川区で9歳の少女が、母親の松本美奈被告とその内縁の夫・小林康浩被告に衰弱状態で放置され死亡し、遺体を遺棄された事件。死体遺棄の共犯として起訴された杉本充弘被告(小林被告の勤務先の同僚)の初公判が今月14日、大阪地裁で行われ、同被告は起訴事実を認めた。杉本被告の供述調書によると、被害者が死亡する以前から虐待があったことを知っていたようである。しかし、杉本被告は小林被告が暴力団員だと思い込んでおり、虐待の事実を知りながらも報復を恐れて何の対応もできず、死体遺棄にまで手を貸してしまった。

 この事件は当初、美奈被告と小林被告による殺人の容疑で捜査が進められたが、殺意の立証が困難とされ、両被告は死体遺棄罪のほか裁判員裁判の対象となる保護責任者遺棄致死罪でも起訴されている。私は、この事件で注目している点が2つある。1つは、なぜ殺意の立証ができなかったのかということ。そしてもう1つが、裁判員裁判において、立証されなかった殺意はどのような影響をもたらすかということだ。

 虐待と死亡の因果関係というものを、物的証拠をもって証明するのは難しいことである。よって、これを証明するには被疑者の自白が必要になる。しかし、この事件において自白はない。これは、捜査側の取調べが、いかように行われたのかと考えてしまうのは私だけではないのではなかろうか。「死ぬかもしれないと思いましたが……」と被告が明確な殺意に言及しなくとも、その一言さえ取れれば「未必の故意」による殺人罪が成立する。ところが、その一言が取れなかったために最低5年以上の懲役である殺人罪が、保護責任者遺棄致死罪になってしまうのである。もし、捜査側の残念な力不足によって自白が取れなかったのならば、被害者が報われない。そのような事態をなくすためにも、今後は虐待死など社会問題にもなっている案件に関しては、虐待を始めた時点で殺意があったとして扱うというような枠組みを、社会的なコンセンサスとして作り上げていく必要があるのではないだろうか。殺意が立証できないがために、殺人罪として起訴できないということになると、今後も同様のケースが続く可能性がある。

 一方では殺意の立証はおろか犯罪自体の証明もされていないのに、最高裁で死刑判決が出た和歌山毒物カレー事件のような例もある。これは反対に、林真須美被告が犯人であるという世間におけるコンセンサスが出来上がってしまったゆえになされた判決であろう。ファンタジーは私の得意分野であるが、司法の最高機関である最高裁でこのようなある種ファンタジックな判決がなされたのは大問題である。

 このように、社会の感情や意見によって黒白が時に変わるような重大な問題を抱える日本司法のなかで、一般市民が裁判に参加する裁判員制度は始まったわけである。そして今後、西淀川における虐待事件も裁判員裁判によって審議される。この公判では、審議する点を明確にして裁判を迅速に行うための公判前整理手続が適応されている。つまり、裁判官と検察官、そして弁護人とで事前に証拠を開示の上で協議され、争点をあらかじめ決めておくのである。私は、この手続にも問題がないとは言えないと思う。

 特別な法律の知識があるわけでもない裁判員が参加する公判において、争点があらかじめ決まっていれば、たしかに裁判はスムーズに行えるだろう。しかし私は、事件の前提や全貌を知らなければ罪を裁くということはできないと考えている。非公開で行われる公判前整理手続において、どのように公判の道筋が作られているのか判らないまま、裁判員はその道筋に沿った上でしか判断を下せないのならば、市民感覚を裁判に持ち込むために裁判員を置くという裁判員制度本来の意義が達成されているのかも疑問だ。そして、本当にこの裁判に市民感覚を反映させるならば、殺意なき虐待というものが本当にあるのか。そのことも、この裁判の一つの争点になってしかるべきなのではないかと思うのである。

 この事件の裁判は保護責任者遺棄致死の罪を問うものだから、恐らく加害者側の殺意が再び追求されることはないのだろう。たしかに、立証されていない殺意なんてファンタジーでしかないのだろう。しかし、せっかく市民の意見が反映されるのだから、”殺意なき”幼児虐待を殺人罪として問う足がかりを作る、そんな裁判になってほしいと私は願っている。
(談・北芝健/構成・テルイコウスケ)
※09年8月25日19時50分修正

shibakenprf.jpg●きたしば・けん
犯罪学者として教壇に立つ傍ら、「学術社団日本安全保障・危機管理学会」顧問として活動。1990年に得度し、密教僧侶の資格を獲得。資格のある僧侶として、葬式を仕切った経験もある。早稲田大学卒。元警視庁刑事。伝統空手六段。近著に、『続・警察裏物語』(バジリコ)などがある。

ルポ 児童虐待

1週間に1人の割合で子どもが虐待死する現代。

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最終更新:2009/08/25 19:51
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