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3万冊って、こんなに空虚なのか……

入場料のある本屋「文喫」で、手に取りたくなる本に出会えないのは、きっと本屋のせいじゃない

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喫茶室の一角

「どれが、おすすめの料理ですか」

 そう尋ねると、ショートヘアのウエイトレスが、困ったように笑うので、ぼくはいささかドキッとしてしまった。

「私は……個人的には、エビのドリアが……」

「じゃあ、それにしましょう」

 きれいな女性が勧めるのだから、きっと間違いはない。そう思いながら、バイブレーション機能のついた番号札を受け取った。昼時だけども、番号札は1番だった。

 先週、場所は六本木の以前は青山ブックセンターがあった建物にオープンした「文喫」は、これまでにない、入場料を取る本屋。選書は、出版取次最大手・日本出版販売(日販)のYOURS BOOK STORE。運営は、その日販子会社であるリブロや、あゆみBOOKSを経営しているリブロプラス。本屋が次々と消えている時代に現れたニュースタイルの店舗は、もう、あちこちで話題になっている。

 3万冊の品揃えとか、喫茶室で出される食事のこととかで。さまざまな意見をネットで見るのは簡単だけど、まずは行ってみなければわからない。だって、本屋なのだから。そう思って、ぼくも足を運んだわけだ。

 平日の昼間だというのに、店内はそこそこの客がいる。何冊か本を重ねて、静かに読んでいる人。黙々と、スパゲッティを食べている人。それに、しゃがんでスマートフォンで、何度も画面を睨みながら写真を撮影している人。

 冬の陽の光が大きな窓から差し込む店内は明るい。店内で目立つのは、打ちっ放しのコンクリートの柱。そして、開店前から盛んに宣伝されていた、コンセプトである本との偶然の出会いを目的に、雑然と本が面陳・平積みされた棚や平台。雑然と置かれた様が、そのままアートか何かのようで、どことなく手を伸ばしにくい。

 雑然とはしているけれど、ジャンルはきちんと分かれている。旅行とか、海外文学、哲学、そしてコミックも。ふと、海外文学の棚を見てみると、目立つのはハヤカワ文庫のフィリップ・K・ディックの著作。その合間に、ウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』(同)。それにカート・ヴォネガット・ジュニアの『スローターハウス5』(同)を見つける。はて、読書に親しんでいるような人は、今さらこれらの本を、手に取るのだろうか。あるいは、ずうっと前に読んだ本を、もう一度読んではいかが……という狙いの選書か。

 さまざまな疑問が浮かびながら、売り物の本が並ぶフロアをぐるっと一周。瞬く間に、ぐるっと一周。3万冊の本というのは、膨大な数。一生の間、たくさん本を読んだとしても、3万冊も読める人はそうそういない。でも、3万冊の中に自分にとって価値があるものが、どれだけあるだろう。ふと、ここには、そんな価値との偶然の出会いがないような気がした。

 何か残念な気持ちが芽生えた瞬間、右手に持っていた番号札が、静かに震える。カウンターにいくと、ウェイトレスが笑顔でエビのドリアを渡してくれる。

「コーヒーをください」

「ホットとアイスとどちら……」

 そうそう、入場料1,500円。いや、消費税もコミで1,620円を取るんだから、サービスはある。お茶とコーヒーはおかわり自由。月に一度は、慌てた客が売り物にぶっかけてしまうんじゃないかと心配になる。そんなとき、申し訳なさそうにコーヒーの染みこんだ本をカウンターに持って客に向かって、このウェイトレスの可愛い笑顔は、どんなふうになるんだろうか。

 硬めの椅子に腰掛けて、アイスコーヒーを一口。窓際のソファ席は、いっそう明るく見える。でも、その数はわずか。あそこに座れば、また違う風景も見えるかもしれない。でも、そこに座るための競争は、とてつもなく激しそうだ。そんなことを考えながら、ドリアを一口。チーズのたっぷりかかったドリアは、淡い旨み。そう、ちょうど目の前の冬の陽射しのように。うまいのか、そうではないのか。ぼくには、まったくわからない。でも、美人がおいしいというのなら、きっと、そうに違いない。

 ゆっくりと器を空にして、またフロアを歩く。たくさんの人が並んでいるのは、電源のある席。幾人もがノートパソコンやタブレットをカタカタと使っている。最近じゃ、あちこちにコワーキングスペースができた。飲み物もついて時間制。そうしたところで、仕事に励んでいる人は多い。でも、時間制だから長く使えば、それだけお金もかかってしまう。それに比べれば、Wi-Fiも完備していて、時間無制限のここは、とても便利な店。気分転換に、本も読めるしね。

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閲覧室

 そしてまた、店内を回る。早々と店を訪れた人たちが絶賛していたのは、入場料を払うカウンターの前に設置されている雑誌の棚。フラップ棚の中には、雑誌のテーマに関連した単行本が、詰められているという仕掛けである。ふと見つけた『東京人』(都市出版)の棚を開けてみる。中には、東京の街歩きとかのテーマの本がぎっしりと。下をみると専門誌の『考古学ジャーナル』(ニュー・サイエンス社)が。こちらは、驚いた。中に入っているのは、たった1冊。ほかもあちこち開けてみる。ぎっしりと詰まっているところもあるかと思えば、たった1冊しか入っていない棚も、あちこちに。一生かけても読めない3万冊。でも、3万冊とは、いかに少ない数字なのか。

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展示室

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 寂しさを感じながら、もう一度、本の並ぶ棚の中へ。いくら歩いても、はっと手を伸ばしたくなることはない。それぞれが、読んで価値のある本かもしれないのに、わざとそうしているかのように、そこにはなんの匂いもなかった。

 選書した担当者が勧めたいものなのか、表紙をこちらに向けた本が目に入る。

 望月衣塑子の『新聞記者』(角川新書)とか、栗原康の『何ものにも縛られないための政治学 権力の脱構成』(KADOKAWA)とか。コミックと表示された棚に行けば、白田秀彰『性表現規制の文化史』(亜紀書房)がね……。どれも、最近評判の書き手の思想や生き様がわかる「良書」なのは、間違いない。でも、ぼくは思ったのだ。なぜ、選書する時に、この本を選んで、これを客の目に入りやすい形で並べようと考えたのか、と。

 わかったような口を聞く人たちは、大衆を批判する。「反知性主義」とか「ポピュリズムの蔓延」なんて借りてきたような言葉を使ってね。そうした人たちは「正しい言葉」を重ねている自分たちの正義を疑わない。それらを積み重ねている自分たちこそ、真に大衆のことを考えているのだと信じて。「意識高い系」なんかじゃない。人の心を動かすものが、義理人情と関係性。そこに、金と権力と性が入り交じったものだということには、気づきもしない。あるいは、気づいているのに見えないふりをする。浮ついた言葉の羅列が、いくばくか歓迎される中で、文化も国力も、衰えていく。

 もう帰ろうと、トイレに寄った。引き戸を開いて、あれっと思った。引き戸になったトイレは広くて、車椅子でも入れるつくりになっていた。でも、店内のあちこちには、段差がある。どこか裏口でもあるのかと、思った。カウンターで「この店は、車椅子は?」と尋ねた。

「難しいですね……」

 この刹那の会話に、さまざま話題な新しい試みと評される書店のすべてが見えた気になった。

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 いまや寂れきって、人も少ない芋洗坂を歩いた。麻布十番の石畳を歩くと、浪花屋のたい焼きが思い浮かんだが、どうしてもその気にはならなかった。冬枯れの街に、消え入りそうな文化の冬が重なって、涙がとめどもなくこぼれた。
(取材・文=昼間たかし)

最終更新:2018/12/20 23:00
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